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故郷 佐原編

バイト仲間の女子大生と三人組の男

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 父方祖父の話を、佐内一葉さないかずはには聞かせずに終わった。
 言っても仕方のないことだと火花ほのかは思う。誰かに喋った方が胸がすっきりする気もするが、その相手を誰にするか頭に浮かばなかった。
 少なくともそれは同級生ではない。担任の芦崎の顔が浮かんだものの、保留とした。蒔苗まかないは実母の教え子だと主張するが、今一つ信用できない。やはりひとり自分の胸のうちで消化するしかないのだろう。
 その日は何となく虚ろな気分で火花は悪ダチと戯れた。  

 数日過ごすうちに徐々にふだんの調子に戻った。
 父方祖父にはいずれ会うだろうが、多分それで終わるだろう。血はつながっていても他人と同じだ。事業を手伝うなど思いもよらない。
 いつものように夕方からのバイトをしていた。厨房で調理補助をしていたら給仕担当の学生アルバイト三森菜実みもりなみに声をかけられた。
「最近おとなしかったね、今日は普通になったみたいだけど」
 ここにも気づく人間がいることが驚きだった。
「思春期はいろいろあるんだよ」火花は大学生相手でもタメ口を利く。
「恋の悩みかな?」三森菜実は笑った。
「それもあるかな」
「お姉さんに話してみな」
「そんな時間あるかな」
「時間はつくるものだよ」
「たしかに」
 忙しいから短い会話しかできない。しかしその日は三森菜実と何度もやりとりをした。なぜかと思っていたら帰り際に三森菜実に呼び止められた。
「鮎沢くん、悪いんだけど一緒に帰ってくれない?」
「何かあるの?」
「今日、うざいくらいしつこい客がいて、外にいないか不安なのよ」
「ああ、なるほど」
 店長も話を聞いていて、後片付けは良いから三森と一緒に帰れと火花に言った。
「わかりました」しかし三森は自転車、火花はバイクなのだ。
 店の近くの駐輪場で三森が少し恥ずかしそうに言った。
「後ろにのせてくれたりするのかな?」
「そうしたいのはやまやまだけど、免許とって一年たたないと乗せられないんだよな」
「そっか」
「てか、その格好でバイクは無理じゃね?」三森菜実は長めのスカートだった。「自転車も危ないくらいだよ」
「ゆるゆる走ってるから大丈夫」
「じゃあさ、俺、バイクをおいていくからその自転車で帰ろ」
「え?」
「後ろに横向いて乗りな」
「でも二人乗りになるよ」
「バイクで捕まるよりマシ」
 三森菜実の自転車に二人で乗った。
 家は十分くらいのところらしい。新興住宅が多いエリアだ。
「他所から越してきたの?」
「パパの異動で中学の頃ね」
 話を聞くと火花の高校の卒業生だった。
「後輩だったのねー」後ろから先輩の声がした。「一年生には見えないよ」
「よく言われる。偉そうにしているからな」
「堂々としているね」
 三森菜実は京葉大の学生だった。真冬まふゆの志望校だ。
「そっちこそ京葉大に見えねー」
「やっぱり?」
 三森は明るい茶髪で、語り口はギャル系だった。私服のロングスカート姿がかろうじて京葉大生に見える。
「家から通ってるのか?」
「そうよ」
 真冬は家を出て一人暮らししたいと言っていたな、と火花は思い出した。通えるなら親の許可はおりないのではないか。
「前生徒会長の神津真冬こうづまふゆが、京葉大にうかったら一人暮らししたいと言っていたな」
「私もそうしたいとは思う。でもやっぱり怖いよね」
「変なやつもいるしな」火花は後ろを窺っていた。「今も虫がついてきている」
「え!?」
 自転車が二台、うち一台は二人乗りだった。店を出たあたりからついてきている。これがしつこい客なのか。だとしたら三森の家まで連れていくわけにはいかない。
「コンビニに寄るわ」
 大きな道路だったからたまたま行き先が同じという可能性もあった。
「後ろを振り返らずに一緒に来て」火花は近くのコンビニ駐輪スペースに自転車を停めた。
 三森を連れて店に入った。
 八時半、コンビニ内にはそれなりに客がいた。地元の高齢者、ひとりでぶらりと来た若者、小学生くらいのこどもを連れた女。
 火花は雑誌コーナーに三森を連れていき、囁くように言った。
「外にいる連中は今日来た客なの?」
 三森がガラス越しに外を見ると、その先に自転車から下りた三人の若者がいた。
 革ジャンやらスタジャン、ファー付きジャンパーなどを着た高校生に見える。何か一言二言話しながら店に入ろうとしていた。
「そうよ。どこに住んでるの? とかしつこかった」
「じゃあ出よう。すぐについてくるなら話をつける」
 火花は三森菜実を引っ張った。
 三人組が入ってくるなり火花たちは出た。すれ違い様にひとりが目を大きく見開いた。火花たちが自転車のところに行くと、ひとりがすぐに追って来た。
「なんか用すか? おいらに」火花は真っ直ぐにそいつに向き合った。
 後から二人も出てきた。
「そっちの子に用があるんだよ、なあ」
 最初に出てきた男が後ろのひとりを振り返った。
 どうも用があるのは二人目のようだと火花は思った。
「こっちは用がないっすよ」
「なんだ、お前、関係ねえだろ」一人目がガンを飛ばした。様になっていない。
「俺の彼女なんでね」火花は三森を振り返り、ニコッと笑った。
 三森は黙って頷いた。
「ウソ抜かせ」
 一人目がポケットに両手を突っ込んだまま上体を火花に擦り付けるようにした。
「絵に描いたようなモブ男だな」火花は小さく呟いた。男たちには聞こえなかったようだ。
「ホントよ、だからもうかまわないで!」三森が強い口調で言い放った。
「だったらここでキスしてくんない? 彼氏ならできるだろ?」少女漫画かよ。火花は呆れた。
「恥ずかしがりやだから人前では無理だな」火花はそう言って三森を見た。
 三森菜実は顔を固くしていたが、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。
「できねえんならウソだな」
「できるわ」三森が火花に近寄る。
 良いのかよ、知らねえぞ。火花は呆れた。
 良いのなら火花は遠慮なく動く。三森の背中に腕を回し、少しのけぞり気味の三森の顔に顔を近づけ、その唇を思い切り良くいただいた。
 緩く開いた唇の間から舌まで捩じ込む濃厚なキスに、それを見せられた男三人は呆気にとられた。
「ホントにしたぞ、こいつ」ひとりが言った。それは三森の心の声であったかもしれない。
「これで良いっすか?」火花は男どもに爽やかに微笑んだ。
 三森菜実は、茫然と恍惚の入り混じった表情で火花の腕に抱かれたままだ。
「ちぇ、なんだよ、つまんねえ。しらけちまったぜ」
 目の前の男は後ろに下がった。しかし二人目の男はそれで納得はしなかった。
「菜実に何すんだよ」殴りかかった。
 火花は反射的に避ける。
 空振りした男は、無様にもその勢いを殺せずに足をもつれさせて転倒した。
「お前!」一旦引いていた一人目が再び目を剥いた。
「俺、何にもしてないっすけど」
 火花の言うことに耳も傾けず一人目が拳を放つ。
 しかし、それも火花を捉えることはなかった。寸前で見切りが発動。火花は相手の顔があるところへ頭を移動させた。それが頭突きになっていた。
「あ、ゴメン」火花はすっとぼけた。
 三人目が火花に襲いかかった。
 仕方なく火花は男の勢いを利用して体落としをかました。
 わずかの間に三人の男が地に這いつくばっていた。
「うわ、やっちまった……、俺、悪くないすよね?」火花はしゃがみこんで一人目に訊いた。
「お前、強いな……」額を押さえたまま一人目は唸った。
 空振りで転倒した二人目は両手をついたまま茫然としていた。
 それを三森菜実は火花の肩越しに見ている。
 どうもこの二人は顔見知りのようだと火花は思った。
「実は知り合い?」火花は三森に訊いた。
 三森は頷いた。「近所の子。中学は一緒だった」
「ストーカー?」
「違う!」二人目が火花たちを向いた。
「こいつはずっとそのお姉さんが好きだったんだよ」最初の男が代わりに答えた。
「もう諦めな」男は二人目を立ち上がらせた。
 三人はとぼとぼ歩いて自分たちの自転車に跨がった。
「良かったのか?」
「うん、良いの、これで」
「にしても、知り合いならそう言ってくれても」
「顔を知ってるだけだもの。接点はなかったの」
「俺、手を出さなくて良かったよ。最悪警察沙汰になるところだった」
「鮎沢くん、やっぱり強かったのね?」
「柔道、剣道、空手全て初段。合わせてケンカ三段。おっとこれはだ」いつもの台詞を言ってみた。
「バカみたいよ」三森菜実は笑った後、思い出したように真顔になった。「それより、あのキスは何? 舌まで入れて良いなんて言ってない」
「ゴメン、つい幼少期の癖が出てしまった」
「そんなクセ信じられない」
「て言われても、幼稚園の頃からずっと挨拶代わりにこれだから」
 三森菜実は言葉を失っていた。
「ちょっと気になった子にはみんなこうしてきた。それで女の子が泣いたことがあったけど、どうしてかわからなかった」
「あんた、ガイジなの?」
「何とでも言って」火花はまた爽やかに笑った。  

 そのことがあってから火花はバイトが終わった後に三森菜実と時々話し込むようになった。
 そして自分の生い立ちと訪ねてきた叔父の話をした。
「鮎沢くん、ドラマの主人公みたいな境遇だったのね……」
 店の制服を着た茶髪の三森菜実は一見ヤンキー風だったが、中身は国立大生だった。面倒見の良い姉のような顔で火花を見た。
「あっちのじいちゃんには一度は会うべきとは思うけど、その後はどうなるかわからないんだ。向こうの家族とは一度も会った記憶がないし、俺はこっちのじいちゃんの養子で叔父一家に育てられた恩もあるしね。でも大工になるつもりはないよ」
「何かしたいこと、あるの?」
「ないんだけどさ。特に将来の姿が浮かばないんだよ」
「まだ高一じゃあ、なくても仕方ないよね」
「だろ?」
「向こうの家の様子や事業の中身を見せてもらったら? それから考えても良いと思うんだけど。考えて出た君の意思を今のおうちの方が尊重しないはずがないわ」
「そうだよな」
「そうよ」
「話して良かったよ。さすがは頼りになる姉貴、ありがとな」
「当然よ。てか、姉貴じゃないし。彼女だし」
「え、その設定、まだ生きてるの?」
「当たり前」
「でも俺、他に好きな子いるんだけど」
「え?」
「同級生」
「ショック~!」三森菜実はへなへなと崩れ落ちた。「あれは何だったの……」
「あれって?」
「知るか、ボケ!」三森は怒ってどこかへ行ってしまった。
 歳上の女をいじるのは楽しいと火花は思った。  
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