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大捕物に巻き込まれる プレセア暦三〇四六年 コーネル領商いの街広場

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「そこの者、今、何をした?」
 神官のひとりが紙芝居の男女に問いかけた。ゆっくりと詰め寄っていく。
 一方で、その場にいた他の大道芸人やら出店を出している店主やらが落ち着きを失い、立ち去ろうとした。その前に別の神官たちが立ちふさがった。
 紙芝居の男女は下の方を向いたまま動かない。
 聴衆たちは顔を見合わせ、神官たちに道を空け、そして少しずつ立ち去り始めた。
 こども達は親の顔を見上げ、その親が蒼い顔をしていることに気づいておびえた。
「あっしらはただ水飴を売っていただけでして……」
「踊っていただけでさあ……」
 神官たちに詰め寄られて言い訳をする声があちこちから聞かれた。
「何が起こったの?」ジェシカが訊いた。ロージーがジェシカにしがみついている。
「今、精神支配系魔法が使われました。たいした魔法ではありませんでしたが」
「どんな?」
「紙芝居を見ているこどもたちの記憶にしっかりとやきつけるような……」
「『プレセア』ってやつ?」
「声が大きいです」ロアルドは唇の前に人差し指をたてた。
「寝首を掻いたのが神だったなんて笑い事じゃすまされないよね」ジェシカも声をひそめた。
 この際、飲み物や水飴を売るために紙芝居に仕掛けを施していたことなど些細なことに過ぎない。プレセア教への冒涜は大罪だった。
 神官たちが紙芝居の男女を取り囲んだ。
 俯いていた女の方が顔をあげて笑った。
「閃光魔法です」ロアルドが言うと同時に目もくらむような眩しい光が炸裂した。
「スナッチしなさいよ!」ジェシカが怒った。
「すみません……」
 一斉に逃げ出す者たち。しかし彼らは外を取り囲む神官たちが張った結界に遮られた。
 魔法を持たない一般庶民たちは問題なく結界を潜り抜けて出ていく。
「魔法結界ね」ジェシカが呆れたような声を出した。「これじゃ、私たちも出るのが一苦労じゃない。ロアルドは別にして」
「そうですね」ロアルドは苦笑した。
 紙芝居の男女と神官たちの魔法による戦闘が始まった。周囲にまだ一般庶民が残っていることなどおかまいなしだ。
 こどもを抱えた親たちが逃げ惑った。
「ちょっと行ってくる」ジェシカが言った。
 ジェシカはもっとも地位の高そうな神官のところに瞬時に詰め寄った。
「何ですか、これは?」
 そばで戦闘が行われているが、ジェシカもその神官もシールドを張って魔法が飛んでくるのを防いでいた。
「誰だね、君は?」神官はお忍び姿のジェシカを知らないようだった。
「ジェシカ・コーネル。コーネル辺境伯の三女です」
「領主の娘か。ここは黙って引きさがりなさい。あの者たちは大罪人だ」
 コーネル領にも治安を守る警察組織があったが、あくまでも領内に限っての権限しか持たない。国教プレセア正教会に所属する神官は警察組織より権限が上だった。領主の娘に対しても威圧的な態度がとれるのだった。
「は? 何それ、だからといって領民を巻き込んで良いわけないでしょ。まだ小さなこどもも残っているのよ」
 逃げ惑う親子連れにはシールド処置が施されていた。ジェシカの魔法を借りてロアルドが張っている。しかし息を止めているときしか張れないので、シールドはときどき消えるのだった。
「庶民の避難は君たちに任せる」
 そう言ってその神官も紙芝居男女の拘束に加わった。
「むかつくわ、あいつ……」
「そ、そうですね……」
 十二、三歳の小娘に文句を言われてあの神官もむかついているだろうとロアルドは思った。
 数で勝る神官たちは紙芝居の男女を追いつめた。
 その男女、特に女の方がかなり上級魔法を持っていた。ここにいる神官たちの誰よりもその能力は上だっただろう。しかし数で劣っていては分が悪い。
 どのように切り抜けるのだろうか、と思っていたら見たこともない魔法が発動しようとしていた。
「こ、これは召喚魔法?」
「え?」
 女が胸のあたりに隠し持っていた魔石らしきものが黄色く光ったかと思うと、瞬時に大きな影が三体飛び出した。
 地面に爪を食い込ませて四つ足で立つ獣。三メートルくらいあるだろうか。虎か豹のような縞柄と斑点模様を持ち、頭には小さな角が二つ生えていて、その先から小さな雷が火花のように迸っていた。
「雷獣の一種でしょうか」ロアルドは言った。
「何を暢気なことを言っているの。スナッチできなかったの?」
「そんな……ずっと息をとめていたら僕死んじゃいますよ」
「あんたが召喚すれば良かったじゃない」
「でもそれで僕の言うこと利いてくれますかね?」
「何事もやってみないとわからないわよ。もう遅いけど」
 三頭の雷獣の出現で形勢は一気に逆転した。
 神官たちは腰が引け、雷獣が放つ強力なサンダーを防御するのに必死になった。
「気に入らないけれど、神官の方に味方するわ」
 ジェシカが耳に手をあてたかと思うと、その手に二メートルくらいのステッキが現れた。
「そんなのを髪の中に潜ませていたんですか?」
「耳の中よ。髪だとどこかに行っちゃうじゃない。いざという時取り出せないわ」
「そうですね」
「魔剣を持ち歩いていれば良かった。けど仕方ない。これで我慢するわ。ロアルドたちは街の人を避難させて」
「わかりました。行こう、ロージー」
 ロアルドはロージーとともに領民の避難を手伝うことにした。
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