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「スナッチ」 プレセア暦三〇四六年 コーネル邸

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 コーネル家の庭にある広場、そこでロアルドはジェシカと向き合っていた。
 これから魔法を使う模擬戦が行われようとしていた。なぜそのようなことになったのか。それはジェシカの放った一言がきっかけだった。
「ロアルド、あなた魔法が使えるでしょう?」鋭い指摘にロアルドは凍りついた。「使えるだけでなく、ひとの魔法が見える」
「いや、その……」
「私も以前からそんな気がしていたわ」グレースが言った。「ロアルドと一緒にいると不思議なことが起こるのだもの」
「まあロアルド、とうとう魔法が使えるようになったのね」母パトリシアは早合点して喜んだ。
 親の贔屓目とは恐ろしいものだとロアルドは思った。
「本当なのか?」父エドワードが訊いた。
 その場にいたマチルダやオズワルドも見ている。ロージーは嬉しそうだ。
「そうよ、お兄さまのとっても素敵な能力なの」
「やはりロージーは気づいていたのね?」ジェシカが訊いた。「だったらそれを私に見せなさい」
「いえ、そのう、僕の場合、魔法が使えるのではなくて……」
「この期に及んで使えないと言うの?」
「基本的には使えません。時々使えたりします。ある一定の条件で」
「は? 何それ」相変わらずジェシカは怖い。「とにかく模擬戦よ」
「あの、できましたらいくつか条件を」
「ハンディということね?」
「そうです。僕も死にたくないので。姉上のサンダーを受けただけで僕、死にますから」
「お母さまが蘇生してくださるわよ」
「むちゃくちゃですね」
「それで条件というのは何?」
「まずは魔法のみでお願いします。格闘術はなしで。それから半径五メートルの結界をしいていただき、そこから出ないこと。そしてできれば連続攻撃をなしにして制限時間も五分くらいで……」
「わがままな子ね。良いわ、全部ロアルドの言う通りにする。ゆっくり魔法だけを打てば良いのね?」
「命に関わるのは遠慮します」
「水とか風なら良いってこと?」
「はい」
 ということがあって庭の広場で対峙することになったのだ。
「あの、くれぐれもお手柔らかに」
「私も鬼じゃないわよ」
 マチルダがジャッジを務めることになった。結界もマチルダが張っている。
 マチルダの「はじめ」の合図でジェシカが加速していきなりロアルドまで間を詰めた。そして怪我しない程度にアクアジェットを放った。
 ロアルドがエアロで水の方向をそらした。
 何度か水魔法を放つもロアルドが風で方向を変えてよけた。
「じゃあこれは?」今度はジェシカがエアロを放つ。
 かなり小さな空気弾であったがロアルドが物理シールドを張って跳ね返した。
「それができるならサンダーも受けられるじゃない」
「うまくいくとは限らないので容赦願います」
 水や風はうまく受けたと判断したジェシカは炎系に転じた。
「軽いやけど程度ですむようにしてあげるわ」
 ジェシカが放ったファイアをロアルドは水の壁でしのいだ。
「うまく瞬時に受けるわね。私が何を出そうとしているかわかっているみたいに」
 ジェシカの繰り出すスピードが上がった。次々と単純な魔法を放つ。
 ロアルドはほとんど動けずにそれらを受けたり流したりしてしのいだ。
「さっきから私ばかり攻撃しているけど、自分からは撃てないの?」
「ジェシカ姉さまが間をおいてくれたら撃てるかも、です」
「何それ」
 ジェシカが動きを止めた。するとロアルドのところから水や風が飛び出した。
「ちゃんと狙って撃ってる? 当てないようにしてるでしょ?」
「当てたら怖いので」
「は?」
「お許しが出たら当てます」
「良いわよ」
「じゃあシールドで防御して下さい」
 ロアルドが放ったアクアジェットとエアロがそのままジェシカの胸に当たった。
 手のひらをロアルドに向けたままの格好でジェシカはぎょっとした顔で立っていた。
 水と風を受けたジェシカは立ったまま後ろへ位置をずらされていた。
 それからジェシカが突如として魔法の連続攻撃を行った。しかし徐々に疲労の様子を見せるようになった。
 魔法は思い通りに当たらないばかりか、時々不発になるのだ。ジェシカは首を傾げた。
「もう勘弁して下さい」ロアルドも息が切れていた。
 たいして動かず、ほぼ同じ位置に立っているのに走り回ったかのような様子だった。
 わずかな時間で二人して全力で走り回ったような体力の消耗だった。
「やめ!」マチルダが終了を宣言した。
「思い通りにならないのがこんなに疲れるとは思わなかったわ」ジェシカが言った。「どうなっているのよ」
「これがスナッチなのか?」と訊いたのは父エドワードだった。「いまだにお前の体からは一切の魔法が感じられない。魔力もない。しかしお前は魔法を使っていた」
「ジェシカ姉さまの魔法を借りていたんです」ロアルドは答えた。
「借りていた?」エドワードのみならず、そこにいた全員が呆気にとられた。
「どうも僕は他人の魔法を借りることができるようです。短い時間ですが」
「借りていたのか?」
「泥棒じゃないの?」ジェシカが憤る。
「泥棒だなんて、僕はただ借りていただけです」
「どういうことなんだ?」
「はじめは幻覚か何かだと思いました。歯を食いしばって息を止めると、近くにいるひとの魔法のイメージが見えるのです」そう言ってロアルドはジェシカを見た。
「この模擬戦、ジェシカ姉さまは常時C級魔法を十個以上発動待機の状態にしていました。今はアクアジェットがいつでも撃てるようにしていて、エアロ、ファイアにサンダーが待機状態、一方で防御系のシールド、身体強化魔法などいくつか待機させてます」
「お前にはそれが見えるのか?」エドワードが訊いた。
「あくまでも魔法のイメージです。それから術式も何となく」
「術式?」
「これも文字ではなくイメージです。魔法文字と照らし合わせているうちに何となく読めるようになりました。だから何をしようとしている魔法なのか、どんなことが起ころうとしているのかがわかります」
「それが瞬時にわかるのか?」
「瞬時というか、止まって見えるんです」
「時を止めているのか?」
「僕自身も全く動けないので止めているわけでもなさそうです」
「思考加速の一種なのかな」
「それで放たれる寸前の魔法を怖いと思って、消えて欲しい、僕にもあんな魔法が使えたらなと思っているうちに、その魔法が僕の手元に来たんです」
「お前のところに移動した魔法は本来の持ち主は撃てないわけだな?」
「そうです。あのマントを着た妙な連中が傀儡かいらい魔法を使っていましたが、それを一時的に取り上げることができたのです」
「それで操られていた領民がその場に倒れたのか」
「そうです。ところが僕が喋ろうと息を吸ったり吐いたりすると、僕が預かっていた傀儡魔法が持ち主のところに戻ります。そうなるとまた傀儡魔法が再発動されるわけです」
「なるほど、お前が息を止めるのをやめるとまた操られるわけだ」
「借りるだけで使わないこともできるんだな?」
「そうです、相手から魔法を取り上げているイメージです。すぐに返すことになりますが」
「あの詠唱魔法はどう処理したんだ?」
「あれは結構物騒な魔法でした。使わずに返すとぶっぱなされるので、僕が邸の外に向けて撃ったのです。そうすればあいつらはまた一から詠唱をしなくてはいけなくなりますからね」
「なるほど」
「ジェシカ姉さまとの模擬戦ではできるだけ支障がない程度に姉さまの魔法を借りました。僕が借りている間、姉さまはその魔法を使えないわけですから、使おうとしている魔法がかぶらないようにしていたのです」
「だから受けてばかりだったのね」
「しかも何度も息を止めなくてはいけないので大変でした」
「連続攻撃をやめてと言ったのはそういう理由だったの」
「姉さまは僕に先に魔法を撃てとおっしゃいました。僕は姉さまが防御魔法が使えるよう、それは借りずにアクアとエアロを続けて出すつもりで借りたのですが」
「私があんたのアクアを風で吹き飛ばそうとしたら魔法が不発に終わったのよ。お蔭でびしょ濡れよ」
「すみません」
「質問が三つばかりある」エドワードが訊いた。「そのスナッチの発動条件は息を止めている間だけなのか?」
「そうです。歯もかみしめてますが」
「魔法を借りる相手との距離は?」
「はじめはすぐそばにいる人からしか借りられませんでしたが、今はおよそ十メートルです。十メートル以内にいる人からは借りられます」
「それで結界を半径五メートルにしたのね?」
「はい、それなら常にジェシカ姉さまはスナッチの適用範囲内にいます」
「最後の質問だが、魔力はどうしているのだ? 魔法の術式展開して発動準備が整ったとして、最後に魔力がないと打ち出すことができないはずだが」
「その魔力も借りられるのです。もっとも、魔法は返せますが、魔力は返すことができません」
「やっぱり泥棒じゃない」ジェシカが憤慨した。「それって私の魔力で私の魔法を使っていたということでしょう? あんたは何も失っていない。おかしいと思ったわ、いつもより疲れると思ったら魔力を余計に使わされていたんだもの」
「まあ、そうですね。それは否定しません」ロアルドは頭を下げた。
「とんでもないスキルだな」
「そうですね、僕ひとりでは何もできませんが」
「いや、おそらくトレーニングを積めば息を止めなくてもその力が発揮できるようになるだろう。そうすれば長い時間使っていられる。それに発動距離だってはじめより延びたんだろう? もっと延びて数キロ離れたところからでもこの力が使えるようになるかもしれんぞ」
「とんだチートスキルね。でも何だか気に入らない。とっても卑怯なスキルだわ」
「僕もそう思います。ですから言えませんでした」
「私は知っていたよ」ロージーが無邪気に言った。「お兄さまに内緒って言われていたの」
「ロージーに協力してもらって、いろいろと試していました。姉さまたちの魔力を使って、ロージーの魔法をうつこともできます」
「は?」
「敵の魔力を削いで、味方の魔法をうつこともできるのです。ほんの短い間、近くにいるという条件下で」
 聞いていた者は呆けたように口を開けているしかなかった。
「このことは身内の間の秘密としよう」エドワードが言った。「こんなおかしなスキルは悪用されるととんでもないことになる」
「僕は悪用するつもりは毛頭ありません」
「お前の意思だけでことが運ぶとは限らん。意思に反して人を動かす方法はいくらでもある」
「そうね、おとなしくしていなさい」ジェシカが冷ややかに笑った。
「お前も誰にも言うでないぞ、オズワルド」
「わかっているさ」オズワルド叔父が頷いた。
「調子が良すぎるな、大丈夫かな……」
 コーネル家が揃ってオズワルドを見た。
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