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すれ違う思い (カウンタークルー 高見澤神那)

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 璃瀬りせの口から出たことばは、神那かんなを十分驚愕させた。この面談の本当の目的は、やはりそこだったのか。もしやとは思いながら、まさか璃瀬がそこまで辿りついているとは考えもしなかったのだ。自分はやはり大人を甘く見ていたということか。
「本社のお客様相談室に電話がかかるようになったのよ。明葉ビル店に対するクレームばかり。他の店に関してはほとんどないことだから、これはこの店に対する執着だと思ったわ。それで相談室にかかった電話の録音音声ファイルをいろいろ調べ、まさかとは思ったけれどスタッフの声とも照合したのね。そうしたら高見澤さん、あなたの音声と、若い女性のクレーマーの声とが一致したというわけ。もうホントに驚いたわ。まさか内部にクレームを訴える人がいるなんてね」
 神那が黙っているので、璃瀬が話を続けた。
「店に関するクレームは、若い女性以外にも中年の男性や女性の声もあった。残念ながらそれらの声の主はわかっていないけれども、数あるクレームをひとつひとつ調べていくと、どうやら特定のスタッフがいる時間帯のエピソードがかなりあったの。キッチンから出てきてうろうろしているスタッフはたいてい西君だったわ。そして彼が話しかける相手は高見澤さんか赤塚さん。これって偶然かしら。ま、とにかくまだ誰がクレーマーかわかっていない段階でとられた措置は、スタッフの私語をつつしみ、遊んでいる印象をお客様に与えないこと、そして仕事のミスを少なくすること。それをレジとキッチンで徹底させたわね。キッチンでは西君もうろうろできなくなったし、余計なオヤジギャグを言えなくなった。今考えればあなたが毛嫌いしていたことが見事に減ったというわけよ」
 璃瀬はさらに続けた。
「同じ頃あなたは江尻マネージャーに相談をしたわね。西君たちの視線が気になるって。本社にはレジカウンターの女子クルーが以前より元気がないという指摘もあった。それを聞いていたから江尻マネージャーもあなたの相談を真に受けて、松原チーフに西君、田丸君の監視を命じたのよ。すべては煩わしい男の視線を遠ざけるためにしたことだったのかしら? だとしたら随分手のこんだ方法だったこと」
 まるで名探偵のような語り口に、神那はある種恍惚とする思いで璃瀬の顔を眺めていた。厳しく指導するだけの女性だと思っていたのに、とんだ見込み違いだった。
「私のしたことは、罪になるのでしょうか?」
 神那がぽつりと洩らすと、璃瀬は意外そうに言葉を途切らせた。
「仰るとおり、私がしたことです。私の小さい頃からの知り合いに頼んで、電話をしてもらいました。私以外の声の主は私の知り合いですけれど、名前までは明かすことができません。それというのもキッチンのスタッフの態度が気に入らなかった。西さんがあまりに頻繁にうろうろするので、田丸君が怖い視線を送ってくるので、それ以外にも、前沢君が瀧本さんに執着したり、小野田さんが女子クルーをドライブに誘ったり、伊堂寺さんが古木さんをじっと見ていたり、とにかくキッチンの男子クルーは何のためにアルバイトに来ているのかわからなかった。それで本社の人にちゃんと監視してもらいたかった。本社から通達があれば江尻マネージャーも本腰を入れるだろうし、男子クルーが女性にうつつをぬかす暇などなくなると思ったんです。何か罪になるのでしょうか?」
 開き直りともとれる神那の言葉に、璃瀬は呆れたような溜息を洩らした。
「もう、わかったわ。それ以上何も言わなくてもいいの。この件はあくまでも私が個人的にひとを使って調べたこと。はじめは本社へ報告することも考えたけれども、もう二度と相談室へ電話をしないというなら、私のところで留めておくつもりよ。あなたはただ男の人のいい加減さに耐えられなかっただけなのね?」
「そう、かもしれません。柚木トレーナーはそうお思いにならないのですか?」
「私がいるところでは、彼らは真面目に動いていたからね。ちょっとびっくりというのが本音よ。ただ若い男女が一つのところに一緒にいるということは、多かれ少なかれこういうことは起こりうるものなのよ。わかるでしょう?」
 璃瀬のいうことを神那はなかなか理解できなかった。いや理解するつもりがなかったのかもしれない。男はどうして諦めきれず、じっと見守りながら、ただ想いを募らせるのだろう。相手が振り向いてくれないのなら見ていたって仕様がないではないか。
「高見澤さん、あなただって誰かに憧れて、じっと見つめていることがあるでしょう?」
 璃瀬のことばは、見事に神那の胸を射抜いた。
 確かに自分は、男に対して興味はない。憧れるに値する男性が身近に見当たらなかったこともあるが、赤塚亮子の存在が、今や神那の頭の中で大きく占めているのだった。
「私には、憧れるような異性はいません」
「そうね、それは私が見ていてもよくわかるわ。でもクレームの件をきっかけに高見澤さんを観察していて、わかったことがあるの。あなたの赤塚さんを見る目は普通じゃないわよね?」
 神那は押し黙った。あえて否定することもできない。璃瀬の言うことは的を射ている。自分は亮子に惹かれ、彼女を自分の世界に取り込みたいとまで考えていた。女子校育ちの亮子なら、自分の気持ちを十分理解してくれると期待していたのだ。
「あなたは、赤塚さんの中に異性を見ているのよ」
 璃瀬のことばは、今度は神那の心に共鳴するかのように響いた。
「私も女子校だったから、今思い出すと何となくわかるの。当時の私自身は今のあなたたちほど大人になっていなかったから、誰かに恋い焦がれるという経験はなかったわ。でも同期の友人たちの中には、同性同士で惹かれあう間柄になってしまう者たちもいたの。それを思い出して、はたと気づいた。あなたが赤塚さんに対して密かに抱いている気持ち、それと男子クルーたちがそれぞれ気に入っている女子クルーに対して密かに抱いている気持ち、それほど違わないと思うのだけれど……」
(ああ、なんてことを言うのだろう、このひとは……)
 神那は、彼らと同等と見做されていることに強い憤りを感じた。亮子に対する自分の思いと、彼らの本能に従う行為とを同列に見られてはたまったものではなかった。
「なんだか、不服そうね」
 璃瀬は神那の顔色を読んだようだった。
「いいえ」
 神那は一応、そう返事したが、今度は璃瀬がその返事に納得していない様子だった。
 しばらく凍りついたような空気が流れたが、璃瀬の方が根負けする形でその話題を避け、神那に言った。
「今度、レクで花火大会に行くという話が出ているのだけれど、高見澤さんも行かない? 赤塚さんも誘っていて、都合がつけば行くようなことを言っていたわ」
「わかりました。考えておきます」
 神那は答えた。今日の話の流れでは自分が譲歩するしかない。それに亮子が行くのなら、自分も同行することに異論はなかった。
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