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「顛末」と「真相」 (チーフ 松原康太)

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 松原康太まつばらこうた前沢裕太まえざわゆうたを見舞うと、彼はすでにベッドの上に起き上がって元気そうにしていた。首にはむちうち患者がつけるコルセットバンドのようなものが巻かれていたが、今日退院だという。
 彼の話では、瀧本たきもとあづさから付き合えないとは言われたものの、彼女に何かあってはいけないと考え、密かに見守っていたのだという。それであの夜、ワゴン車に連れ込まれるあづさを見て、一大事と思い、ワゴン車を自転車で追跡したらしい。途中何度も離されそうになったが、信号待ちやらで、距離を詰め、あとは人気ひとけのない場所に向かっていることを予想して、分譲地にあたりをつけて追ったらしい。すさまじい執念である。
 あづさは、裕太に丁重な礼を述べたようだったが、この件でこの二人の仲が進展するとは康太には思えなかった。裕太はあづさにとって恩人かもしれないが、それは裕太のストーカーの一面が成したことである。あづさは今でも裕太に脅威を感じているに違いない。
 西章則にしあきのり御木本英司みきもとえいじは、瀧本あづさに対する拉致および暴行未遂容疑で警察の取調べを受けることになった。新聞やテレビのニュース番組には、「別れ話のもつれから女子高生を拉致監禁容疑で、高校生と大学生を逮捕」などという見出しで流れたが、二人とも未成年であったために名前が出ることはなく、一部の知人たち以外に西と御木本がしたことだと知れることはなかった。
 西と御木本の供述の食い違いが多すぎるために、警察は困惑しているようだ。はじめこそ主犯が御木本で、西は協力者という図式を描いた警察も、あづさの証言で西が覆面をかぶり、手にナイフを持っていたことを知らされると、西に疑惑の目を向けることになったらしい。特に御木本があづさを乱暴しようとしているうちに眠ってしまったことに警察は不審を抱き、何らかの薬物を御木本に飲ませたのではないかと西を追及していると言う。これらの情報はあづさから知らされたものだ。
 あの時、康太は塀に激突して動かなくなったワゴン車に乗り込んだ際、西の持ち物と思われるデジタル一眼レフを回収した。中には確かに御木本があづさに迫るシーンが録画されていて、はじめ康太もこれが確たる証拠になるだろうと思ったが、見入っているうちに、乱暴されそうになっているあづさが御木本の手管によって徐々に「感じていく」という微妙な展開を認め、これは却ってあづさにも不利益な証拠となるかもしれないと考え、警察の目に触れないように回収したのである。
 なかなかよく取れたビデオに、康太はつい魅了され、あづさに「きゃああ、見ないでください!」と泣きつかれたほどだった。
「すけべね、コウタくん」と富貴恵ふきえが呆れた顔をし、康太はばつが悪そうに頭を掻いたのだった。
 西と御木本は未成年とはいえ、十八歳になっていたので、まだ警察に拘束されていた。
 康太はそこに不安の種を感じていた。御木本は康太のマンションで「草」を吸い、多くの女たちとセックスに興じていたはずだ。どのくらいの頻度で遊んでいたか、詳しくは知らないが、「草」は康太が栽培しているものである。御木本の口からそのことが警察に流れると、間違いなく康太も後ろに手が回ることになる。
 拉致容疑で逮捕されている御木本が、わざわざ別の犯罪について自供するとは思えなかったが、全く安全とも思えず、康太は不安な毎日を送っていた。
 西のことも気になる。裕太の話では、彼に御木本の浮気現場の画像を渡したのは西ということだった。どうやら西は何かとカメラを駆使してさまざまな画像を撮影する趣味があるようなのだ。
 それは康太のガールフレンドの一人、二階の書店でバイトをしている石黒鳴いしぐろめいの一言からもわかった。
「あの小太りの彼、大きなバッグを持って店にやってくるのよ。それに何だか動きも不自然だから万引きに注意するじゃない。そうしたら彼いつも女性の傍にバッグを置いていて、今考えるとスカートの中を盗撮していたんじゃないかと思うのよね」
 そして、あづさがこっそりと教えてくれた。あづさが康太のマンション近くに行ったのは、何者かに呼び出されたからだと言う。なぜのこのこと出かけていったかと言うと、あづさの恥ずかしい写真が送られてきたかららしい。「恥ずかしい写真」とは何なのか、康太は彼女に訊いたが、彼女は顔を真っ赤にして「言えません、そんなこと。それに捨てちゃいました」と言うだけだった。
 おそらくその写真は何らかの形であづさを盗撮したものなのだ。そしてその撮影者は西なのだ。彼がそれを使って御木本に協力する形であづさを呼び出したというのが真相の一部と思われる。してみると、西の自宅にあづさの「恥ずかしい写真」が残っている可能性が高い。幸いなことに西のカメラを回収したお蔭で、今のところ西の撮影癖が警察に知られておらず、現在のところ問題となっていないが、もし西がよからぬ写真や画像を撮っていることが警察に知れ渡ると、彼の家が家宅捜索される虞があった。
「とても人に見せられる写真じゃない」とあづさは富貴恵にこぼしていたと言うくらいだから、デジタル一眼レフが捉えた「レイプされそうなあづさ」動画に匹敵するものと康太は考えた。
 そうした画像はどうにかして西から回収しなければならない。どうしたものかと康太は考えたが、名案は浮かばなかった。
 QSクイーンズサンド明葉ビル店の方は、どうにか今のメンバーで乗り切ることになった。西が離脱し、裕太も入院していたので、キッチンがかなり手薄になったが、赤塚亮子あかつかりょうこがキッチンを手伝ってくれ、主婦パートの活躍もあって、何事もなかったかのように営業されている。しかし店内に、西章則の悪行と、あづさの元彼である御木本英司の悪行はすっかり広まっていた。
 ずけずけ言うタイプの主婦パートは、「男運が悪いのよ。次はもっといいのをつかまえなさい」とあづさにあからさまな忠告をしたが、あづさはそれに対して「はい、そうします」と気丈に答えていた。彼女が気を確かに持っていることだけが救いだった。
(「草」の栽培もこれが潮時か)
 康太はそう考えた。
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