上 下
49 / 91

西の性癖 (キッチンクルー 伊堂寺つばさ)

しおりを挟む
 二人きりになった頃合いを見計らって、西が擦り寄ってきた。
「昨日は楽しかったらしいじゃない?」
「古木さんに引っ叩かれた話なら、なしですよ」と釘を刺しておく。
「ほう、やっぱりあれは本当の話だったんだ。いやあ、君もやるねえ」
「そんなふざけた話じゃないです。あの時は小さな女の子も、古木さんも危なかったんですから」
 つばさは西に茶化されると思うと、吐き気を催しそうになった。
「ぼくもあやかりたいねえ」
「な、何なんですか」
 最近、西の笑顔に嫌悪感を覚えることが多くなった。この男は不潔だ。他のスタッフがどう思っているか知らないが、自分はこの男に微塵の好感も感じないとつばさは思った。
 確かに自分は清廉というわけにはいかない。姉の友人と不純な異性交遊をしたこともあるし、ここでバイトを始めた頃は、女子スタッフの体に興味を覚えて、ステンレス板を使ってスカートの中を覗こうと妄想したこともある。しかしそれまでだ。異性交遊は合意の上だし、覗きや妄想は完全な成功をみることなくもう卒業していた。
 ただ西だけが、つばさがリタイヤした後も、ひたすら欲に駆られて突っ走っているのだ。いや、ひょっとするとこの男は、ここへ来る前から異常な性癖を持っていたのかもしれない。
「実はこちらもいろいろと収穫があったんだ」
 西が思わせぶりな態度で迫ってきた。全く気持ちが悪い。彼には自分が女性のように見えるのかもしれないと穿った見方すらしてしまう。そのうちこの男に迫られたらどうしようと、つばさは真面目に心配した。
「彼女たち、海へ行く前にここで水着に着替えて行ったろう?」
 つばさは眉をしかめた。
「トイレで着替えた人もいたんだよな」
 ことばが出ない。
「ここだけの話、実は仕掛けていたんだよ、こんなこともあろうかと思って。カメラを。僕って天才かなあ」
 スタッフが使用するトイレは店の奥に男女兼用のものが一つあった。男女の更衣室にはさまれる形で存在している。あのトイレなら男でも入ることはできるが、そこに隠しカメラを仕掛けたというのか。
「見たいかい? そりゃ見たいだろう。何なら見せてやっても良いよ。君と僕との仲だからね。でもそのためには君にももっと僕に協力してもらわなければならないからね」
「誰が写っていたんです?」
 つばさは西に詰め寄った。誰が写っていても許されないが、古木理緒なら尚更だ。ここに勤め始めた時期なら何の躊躇いもなく「見たい、見たい」と西に擦り寄ったかもしれないが、今は違う。彼女たちはつばさにとって大切な仲間だった。自分が善人だなんてこれぽっちも思わないが、仲間の恥ずかしい姿を遊びの道具にされるのだけは許せなかった。
「何しろ、解像度がいまいちだからね。どうしても知りたければ、僕の家まで来なよ。二人して今後のことも話し合いたいし。これからどうやったら、もっと刺激的なものが得られるか、よく考えなきゃね」
 つばさは愕然とした。
 ひとは知らず知らずのうちに悪行の片棒を担がされていることがあるが、この場合それにあたるのか。きっかけをつくったのは間違いなく自分だ。その負い目がつばさを躊躇わせた。
 このことは人に相談できることではない。ましてや警察に西を告発することもできない。告発するためにはまず西の収穫物をこの目で確認しなければならない。しかし、彼の家に行くことは完全に共犯者になることを意味するのだ。
 つばさはどっちつかずの返事をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ツイン・ボーカル

hakusuya
現代文学
 芸能事務所の雇われ社長を務める八波龍介は、かつての仲間から伝説のボーカル、レイの再来というべき逸材を見つけたと報告を受ける。しかしその逸材との顔合わせが実現することなく、その仲間は急逝した。ほんとうに伝説の声の持ち主はいたのか。仲間が残したノートパソコンの中にそれらしき音源を見つけた八波は、その声を求めてオーディション番組を利用することを思い立つ。  これは奇蹟の声を追い求める者たちの物語。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ケントローフの戦い

巳鷹田 葛峯
現代文学
始まりはあの日であった。 ハブロン曹長率いる国軍と、クロマニエ氏の戦いの記録。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...