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松原の観察 (チーフ 松原康太)
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江尻に言われたので、しばらくはキッチンで男子クルーに目を光らせることにした。特に要注意人物は、高見澤神那に興味を示しているとされる西章則と田丸誠だった。誰の目から見ても全く正反対のキャラクター。西は調子が良くて冗舌、常に誰かと話をしていないとやっていられない男だ。仕事中はうるさいと感じることもある。何しろ独り言も多かった。
「えっと、これをやって、これをやって、それから、これっと」などとミスのないように段取りを組んだり指差し確認をするのは良いが、もう少し静かにやってほしいところだ。周りのスタッフが眉を顰めていることもあった。
田丸誠の方が、黙々と仕事に集中していて、好感がもてる。どんな風に取り組んでも構わないが結果は重要だ。彼にはとにかく一所懸命なところがあった。
そう考えると、高見澤神那のような真面目なお嬢様には、お調子者の西より黙って仕事をする田丸の方がまだ合っていると康太は思った。しかし当の神那は田丸の方を特に怖がっているという。西は単に目つきがいやらしいだけ、田丸は思いつめるタイプだと彼女は感じていると江尻が教えてくれた。あの繊細な感覚の持ち主がそう感じたのなら、そうなのだろう。
QSの店に長くいて、アルバイトを指導する立場にまでなった康太は、徐々に人を観察するのが楽しいと感じるようになった。それまでは全く自分中心の世界だった。自分が気に入った子を見つけたら、とにかくアタックしてみる。周囲のスタッフなどお構い無しだ。もちろん周囲に気づかれることがないよう配慮はするが、他の男性スタッフがどの子を目当てにしているかなど気にしたこともなかった。
ところがスイッチマネージャーになり、チーフと呼ばれる立場にまで登りつめると、自分の配下の男子クルーが誰を好きになったとか、誰とくっついたかといった話が、興味深く感じられるようになってきた。この店に来て一年近くになるが、やめていった男子アルバイトの中には恋に破れ、傷心にまみれて去って行った者も多数見ることができた。中には康太に女の子を横取りされて去った高校生もいた。彼は康太の存在を知ることなく肩を落として身を引いたという。
そういう経験を経た康太にとって、今いる夏休み限定アルバイトの五名は、可愛い弟子であると同時に、格好の観察対象であった。江尻が集めた五人は大学生二人と高校生三人からなっており、見事に一学年ずつ採用されていた。まるでそれは、同じ学年の男がいるとやたらとつるんで良からぬことをするのではないかと穿った結果にも見えた。
大学生の小野田晃一と西章則は陽気な性格、高校生の伊堂寺つばさ、前沢裕太、田丸誠はまじめでおとなしい性格と、大学高校ですっきり分かれてしまったのも興味のある結果だった。
この中で、前沢裕太が瀧本あづさに躍起になっていることはすぐに知れた。聞くところによると、この二人は同い年で、小学生時代に同じクラスになったことがあるという。その頃から裕太はあづさに恋い焦がれていたようだった。
瀧本あづさが魅力ある娘であることは全く否定しない。QS掟破りの金髪で、クォーターであるせいか少し青みがかった綺麗な目をした美人で、第一印象はヤンキーにも見える。しかしそのフランクで、喋りやすい印象と異なり意外にガードが固かった。それはあづさに彼氏がいることによると店のスタッフは認識している。康太もはじめはその一人だったが、あづさの相手が御木本英司らしいということを耳にして疑問に思うようになった。
瀧本あづさと御木本英司では、外見こそお似合いとも思えるが、中身を比較すると全く釣り合いがとれないのだった。
女子クルーには高校二年生に高見澤神那、古木理緒、瀧本あづさと三人の精鋭が揃った。一年の森沢富貴恵、泊留美佳と比べると見栄えは格段の違いがある。江尻が二年の三人をルックスと頭脳を兼ね備えた即戦力として採用し、一年の二人は釣り合いを取らせるために癒しの要素を考慮して採用したことは明々白々だった。
その中で、進学校に通う神那と理緒とは違い、地元の公立高校に通うあづさは、異彩を放った。
他の二人と違って誰に対しても気後れなく話ができる。もちろん客の評判も上々だった。外国人の客が店に来た時など、ネイティブスピーカーの彼女は大変重宝した。勉強もできるようで、森沢富貴恵からの話だと学年で一、二番の成績だという。それだけに神那や理緒ともためらいなく話をすることができた。もっとも、神那や理緒の方からあづさに話しかけることはほとんどなかったようだが。
あづさが来る日は、康太も一日一回は彼女とことばをかわす。とかく休憩は更衣室にこもる女子が多い中、あづさはスタッフルームで男性スタッフと談笑することも多かったからだ。一時は前沢裕太が彼女に付きまとって姿を隠すことも多かったが、最近裕太が落ち着きを見せるようになってから、彼女もスタッフルームへ帰ってきた。
「暑いね、こんな日はぱあーっと海にでも行きたいね」
「ええ、行きたいでーす、みんなと」
あづさ一人を誘ったつもりだったが、うまく断られた形となり、近いうちグループで海へ行ってみる計画が持ち上がっている。店を閉めるわけにもいかないから、主婦パートをフルに活用しても全員の参加は無理だろう。
そんな賢く爽やかなイメージのあづさと、あの御木本英司ではどうも釣り合いがとれないというのが康太の感想だった。
御木本英司。押坂高校三年生。軽音楽部に所属。スレンダーな長身で、俗に言う甘いマスク、イケメンと称される男だった。結構学校内にファンが多いらしい。毎年のように付き合う相手を替えており、今の相手が瀧本あづさだということだった。正直信じられないところである。
御木本に初めて会ったのは、姉と康太のマンションだった。誰が連れてきたのかはっきり覚えていないが、たぶん数いる康太のガールフレンドの誰かだろう、気がついたら図々しく「草」を吸う御木本の姿があった。
御木本は決して頭が切れるタイプではなかったが、同級生やバンドの仲間を康太のマンションに連れてくることはなかった。おそらく彼にとっては、友人が知らないもう一つの顔を作ることが何となく人より抜きん出た気分になって優越感を得ることができたのだろう。それだけの男だ。セックスも自己中心的なやり方だったらしく、御木本と長くつづく女はなかった。メイが彼と寝たかどうかは知らないが、今や全く対象外の男になっている。今もときどき康太のマンションを使ってどこかの女とやっているようだが、康太が帰る頃には姿を消しているので、それがだれだかはわからない。まさかあづさを連れ込んでいるとは思いたくなかった。
しかし康太には中身のないチンピラにしか見えない男でも、高校生たちには絶大な人気を誇っているようだった。街で彼を見かけたことがあるが、たいてい二、三人女の子を連れていた。店のクルーで押坂高校の後輩にあたる森沢富貴恵も泊留美佳も彼をかっこいいと絶賛していた。それが康太には気に入らない。ああいう奴のどこがいいというのか。夏休みはアルバイトもせず、受験勉強ということで夏期講習に通っているという話だったが、どこまで真剣に勉強しているかわかりやしない。彼を支持する女の子たちの気が知れなかった。
あれならまだ店の男子クルーの方がずっと良いというのが康太の意見だ。
裕太は確かに思い込みの激しいところもあるが、あづさのことを一途に恋している。あづさには御木本より裕太の方がふさわしいようにも思えてきた。
お調子者の西はともかく、田丸誠も真面目が取柄といった男だ。神那に憧れるのは身の程知らずとは思うものの、だれか適当な女の子がいれば紹介しても良いとさえ思う。
高校三年の伊堂寺つばさは長身だが、少しなよなよしていて女性的な雰囲気があり、みなに冷やかされることが多いものの、やはりあづさや理緒の気をひこうと健気な努力をしている。もう少ししゃきっとすればもてるだろうにとも思う。
結局、男女間の色恋沙汰が起こらないよう江尻が調節した結果だと康太は思った。あまり女子クルーが熱くなる男を採用しなかったというべきだろう。そのお蔭で康太にも付け入る隙が出てきているわけではあった。
「えっと、これをやって、これをやって、それから、これっと」などとミスのないように段取りを組んだり指差し確認をするのは良いが、もう少し静かにやってほしいところだ。周りのスタッフが眉を顰めていることもあった。
田丸誠の方が、黙々と仕事に集中していて、好感がもてる。どんな風に取り組んでも構わないが結果は重要だ。彼にはとにかく一所懸命なところがあった。
そう考えると、高見澤神那のような真面目なお嬢様には、お調子者の西より黙って仕事をする田丸の方がまだ合っていると康太は思った。しかし当の神那は田丸の方を特に怖がっているという。西は単に目つきがいやらしいだけ、田丸は思いつめるタイプだと彼女は感じていると江尻が教えてくれた。あの繊細な感覚の持ち主がそう感じたのなら、そうなのだろう。
QSの店に長くいて、アルバイトを指導する立場にまでなった康太は、徐々に人を観察するのが楽しいと感じるようになった。それまでは全く自分中心の世界だった。自分が気に入った子を見つけたら、とにかくアタックしてみる。周囲のスタッフなどお構い無しだ。もちろん周囲に気づかれることがないよう配慮はするが、他の男性スタッフがどの子を目当てにしているかなど気にしたこともなかった。
ところがスイッチマネージャーになり、チーフと呼ばれる立場にまで登りつめると、自分の配下の男子クルーが誰を好きになったとか、誰とくっついたかといった話が、興味深く感じられるようになってきた。この店に来て一年近くになるが、やめていった男子アルバイトの中には恋に破れ、傷心にまみれて去って行った者も多数見ることができた。中には康太に女の子を横取りされて去った高校生もいた。彼は康太の存在を知ることなく肩を落として身を引いたという。
そういう経験を経た康太にとって、今いる夏休み限定アルバイトの五名は、可愛い弟子であると同時に、格好の観察対象であった。江尻が集めた五人は大学生二人と高校生三人からなっており、見事に一学年ずつ採用されていた。まるでそれは、同じ学年の男がいるとやたらとつるんで良からぬことをするのではないかと穿った結果にも見えた。
大学生の小野田晃一と西章則は陽気な性格、高校生の伊堂寺つばさ、前沢裕太、田丸誠はまじめでおとなしい性格と、大学高校ですっきり分かれてしまったのも興味のある結果だった。
この中で、前沢裕太が瀧本あづさに躍起になっていることはすぐに知れた。聞くところによると、この二人は同い年で、小学生時代に同じクラスになったことがあるという。その頃から裕太はあづさに恋い焦がれていたようだった。
瀧本あづさが魅力ある娘であることは全く否定しない。QS掟破りの金髪で、クォーターであるせいか少し青みがかった綺麗な目をした美人で、第一印象はヤンキーにも見える。しかしそのフランクで、喋りやすい印象と異なり意外にガードが固かった。それはあづさに彼氏がいることによると店のスタッフは認識している。康太もはじめはその一人だったが、あづさの相手が御木本英司らしいということを耳にして疑問に思うようになった。
瀧本あづさと御木本英司では、外見こそお似合いとも思えるが、中身を比較すると全く釣り合いがとれないのだった。
女子クルーには高校二年生に高見澤神那、古木理緒、瀧本あづさと三人の精鋭が揃った。一年の森沢富貴恵、泊留美佳と比べると見栄えは格段の違いがある。江尻が二年の三人をルックスと頭脳を兼ね備えた即戦力として採用し、一年の二人は釣り合いを取らせるために癒しの要素を考慮して採用したことは明々白々だった。
その中で、進学校に通う神那と理緒とは違い、地元の公立高校に通うあづさは、異彩を放った。
他の二人と違って誰に対しても気後れなく話ができる。もちろん客の評判も上々だった。外国人の客が店に来た時など、ネイティブスピーカーの彼女は大変重宝した。勉強もできるようで、森沢富貴恵からの話だと学年で一、二番の成績だという。それだけに神那や理緒ともためらいなく話をすることができた。もっとも、神那や理緒の方からあづさに話しかけることはほとんどなかったようだが。
あづさが来る日は、康太も一日一回は彼女とことばをかわす。とかく休憩は更衣室にこもる女子が多い中、あづさはスタッフルームで男性スタッフと談笑することも多かったからだ。一時は前沢裕太が彼女に付きまとって姿を隠すことも多かったが、最近裕太が落ち着きを見せるようになってから、彼女もスタッフルームへ帰ってきた。
「暑いね、こんな日はぱあーっと海にでも行きたいね」
「ええ、行きたいでーす、みんなと」
あづさ一人を誘ったつもりだったが、うまく断られた形となり、近いうちグループで海へ行ってみる計画が持ち上がっている。店を閉めるわけにもいかないから、主婦パートをフルに活用しても全員の参加は無理だろう。
そんな賢く爽やかなイメージのあづさと、あの御木本英司ではどうも釣り合いがとれないというのが康太の感想だった。
御木本英司。押坂高校三年生。軽音楽部に所属。スレンダーな長身で、俗に言う甘いマスク、イケメンと称される男だった。結構学校内にファンが多いらしい。毎年のように付き合う相手を替えており、今の相手が瀧本あづさだということだった。正直信じられないところである。
御木本に初めて会ったのは、姉と康太のマンションだった。誰が連れてきたのかはっきり覚えていないが、たぶん数いる康太のガールフレンドの誰かだろう、気がついたら図々しく「草」を吸う御木本の姿があった。
御木本は決して頭が切れるタイプではなかったが、同級生やバンドの仲間を康太のマンションに連れてくることはなかった。おそらく彼にとっては、友人が知らないもう一つの顔を作ることが何となく人より抜きん出た気分になって優越感を得ることができたのだろう。それだけの男だ。セックスも自己中心的なやり方だったらしく、御木本と長くつづく女はなかった。メイが彼と寝たかどうかは知らないが、今や全く対象外の男になっている。今もときどき康太のマンションを使ってどこかの女とやっているようだが、康太が帰る頃には姿を消しているので、それがだれだかはわからない。まさかあづさを連れ込んでいるとは思いたくなかった。
しかし康太には中身のないチンピラにしか見えない男でも、高校生たちには絶大な人気を誇っているようだった。街で彼を見かけたことがあるが、たいてい二、三人女の子を連れていた。店のクルーで押坂高校の後輩にあたる森沢富貴恵も泊留美佳も彼をかっこいいと絶賛していた。それが康太には気に入らない。ああいう奴のどこがいいというのか。夏休みはアルバイトもせず、受験勉強ということで夏期講習に通っているという話だったが、どこまで真剣に勉強しているかわかりやしない。彼を支持する女の子たちの気が知れなかった。
あれならまだ店の男子クルーの方がずっと良いというのが康太の意見だ。
裕太は確かに思い込みの激しいところもあるが、あづさのことを一途に恋している。あづさには御木本より裕太の方がふさわしいようにも思えてきた。
お調子者の西はともかく、田丸誠も真面目が取柄といった男だ。神那に憧れるのは身の程知らずとは思うものの、だれか適当な女の子がいれば紹介しても良いとさえ思う。
高校三年の伊堂寺つばさは長身だが、少しなよなよしていて女性的な雰囲気があり、みなに冷やかされることが多いものの、やはりあづさや理緒の気をひこうと健気な努力をしている。もう少ししゃきっとすればもてるだろうにとも思う。
結局、男女間の色恋沙汰が起こらないよう江尻が調節した結果だと康太は思った。あまり女子クルーが熱くなる男を採用しなかったというべきだろう。そのお蔭で康太にも付け入る隙が出てきているわけではあった。
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