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松原チーフ (店長 江尻克巳)
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神那から相談を受けた日の夜、店の片づけを追え、スタッフが帰っていく中で、江尻はチーフの松原を呼び止めた。早いうちに手を打っておく必要があると考えたからだ。
二人だけになり、売り上げの確認をしながら、江尻は松原に話しかけた。
「店の中に、女子クルーに熱を上げる男がいたりしないか?」
特に誰と名前を特定せずに切り出した。
「女子クルーに熱、ですか?」
松原は暫しの間、言葉を途切らせた。すべてを知っていてそれをいうべきかどうか逡巡しているようにも見えるし、ただ単にそういう事例がないか探しているようにも見えた。
「まあ、よくある話だとは思うんだがな」
自分もそういうことをしたことがあるだけに、江尻は感慨深げに言った。
松原は本社の人間ではないので、江尻の過去の経緯を知っているかどうかはわからない。もし知っていたとしてもそれを口にすることは控えただろう。
「そうですねえ、目立っていたのは、前沢が瀧本に何度も告白して振られているということくらい、ですかね」
「なんだ、そんな話があったのか?」
江尻にとっては初耳である。こういう行為は上の人間に知られないようになされるから、江尻の目の届かないところで起こっていたとしても不思議ではない。
「ありゃりゃ、ご存じなかったですか? ここだけの話にしてくださいよ。今はもう、峠を越えて落ち着きかかったところですから。それに高校生同士のことですからね」
「あれほど、やめてからやってくれと言っているのにな」
「しかたないですよ、こればっかりは。若い男女が一つところに顔をつき合わせていると、こういう事態はどうしても生じてしまいます」
「いやに達観した意見だね」
江尻は松原に嫌味を言った。この男は自分より若いくせに妙に世間慣れしていて要領もよく、それだけに油断がならなかった。過去に若いクルーを食った経験があるのかもしれない。柚木璃瀬に聞けば教えてくれるだろう。もし聞くことができればの話だが。
「名前は出せないが、ある女子クルーから相談を受けた。キッチンの男子からいやらしい視線を感じるそうだ」
「高見澤神那、ですね?」
「なぜ知っている?」
「だって、今日店長のところに相談に行ったじゃないですか」
「そうだったな、これは迂闊だった」
相変わらず自分は抜けていると江尻は思った。こういうところが甘いのだ。世の中から立ち遅れるわけだった。
「彼女に惹かれているとしたら、西、田丸、あとはせいぜい小野田あたりですかね、あいつは誰でも良いっていう感じですから」
「よく把握しているなあ、さすがはキッチンのチーフだ」
変なところを褒めても仕方がないが、松原の指摘は図星だった。ということはやはり神那の感じることは被害妄想でもないということか。
「キッチンを抜け出して、ときどき彼女を見に行っていると言うのだが、本当なのか?」
「どうですかね。抜け出すことは可能ですが、ほんのちょっとの間ですよ、話もできやしない」
「だから、見ていくのかもな」
江尻はわかったような気がした。純情で告白もできない男が、そっと恋の対象を遠目に見る。その視線が熱すぎて神那は脅威を感じたのだ。
「それとなく様子を見ておきますよ」と松原は言った。
とりあえずキッチン内でのことは彼に任せるしかない。江尻は松原に委ねた。
二人だけになり、売り上げの確認をしながら、江尻は松原に話しかけた。
「店の中に、女子クルーに熱を上げる男がいたりしないか?」
特に誰と名前を特定せずに切り出した。
「女子クルーに熱、ですか?」
松原は暫しの間、言葉を途切らせた。すべてを知っていてそれをいうべきかどうか逡巡しているようにも見えるし、ただ単にそういう事例がないか探しているようにも見えた。
「まあ、よくある話だとは思うんだがな」
自分もそういうことをしたことがあるだけに、江尻は感慨深げに言った。
松原は本社の人間ではないので、江尻の過去の経緯を知っているかどうかはわからない。もし知っていたとしてもそれを口にすることは控えただろう。
「そうですねえ、目立っていたのは、前沢が瀧本に何度も告白して振られているということくらい、ですかね」
「なんだ、そんな話があったのか?」
江尻にとっては初耳である。こういう行為は上の人間に知られないようになされるから、江尻の目の届かないところで起こっていたとしても不思議ではない。
「ありゃりゃ、ご存じなかったですか? ここだけの話にしてくださいよ。今はもう、峠を越えて落ち着きかかったところですから。それに高校生同士のことですからね」
「あれほど、やめてからやってくれと言っているのにな」
「しかたないですよ、こればっかりは。若い男女が一つところに顔をつき合わせていると、こういう事態はどうしても生じてしまいます」
「いやに達観した意見だね」
江尻は松原に嫌味を言った。この男は自分より若いくせに妙に世間慣れしていて要領もよく、それだけに油断がならなかった。過去に若いクルーを食った経験があるのかもしれない。柚木璃瀬に聞けば教えてくれるだろう。もし聞くことができればの話だが。
「名前は出せないが、ある女子クルーから相談を受けた。キッチンの男子からいやらしい視線を感じるそうだ」
「高見澤神那、ですね?」
「なぜ知っている?」
「だって、今日店長のところに相談に行ったじゃないですか」
「そうだったな、これは迂闊だった」
相変わらず自分は抜けていると江尻は思った。こういうところが甘いのだ。世の中から立ち遅れるわけだった。
「彼女に惹かれているとしたら、西、田丸、あとはせいぜい小野田あたりですかね、あいつは誰でも良いっていう感じですから」
「よく把握しているなあ、さすがはキッチンのチーフだ」
変なところを褒めても仕方がないが、松原の指摘は図星だった。ということはやはり神那の感じることは被害妄想でもないということか。
「キッチンを抜け出して、ときどき彼女を見に行っていると言うのだが、本当なのか?」
「どうですかね。抜け出すことは可能ですが、ほんのちょっとの間ですよ、話もできやしない」
「だから、見ていくのかもな」
江尻はわかったような気がした。純情で告白もできない男が、そっと恋の対象を遠目に見る。その視線が熱すぎて神那は脅威を感じたのだ。
「それとなく様子を見ておきますよ」と松原は言った。
とりあえずキッチン内でのことは彼に任せるしかない。江尻は松原に委ねた。
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