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追跡者 (キッチンクルー 前沢裕太)

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 蒲田美香かまたみか小野田晃一おのだこういちが仕組んだのか、それともあづさがシフトに希望を反映させたのか、それ以降裕太はあづさと一緒になる勤務がめっきり減ったと感じた。たまに一緒の時間帯に勤務があったとしても、キッチンには必ず小野田がいて、レジには美香がいた。あづさと二人きりになるチャンスは訪れなかった。
 こうなるとあづさに直接訴えかける手段はそうそうとれるものではない。しかたなく裕太は、御木本の方から牙城を崩す戦略に出た。
 奴の家を突き止めてやる。
 裕太は泊留美佳とまりるみかに教えてもらった住所をもとに、御木本英司みきもとえいじの家を探した。
 あらかじめインターネットで地図検索を行い、そこが自転車で十分行けるところにあることを知ると、裕太はバイトがない日の午後、目的の場所まで自転車を走らせた。
 御木本英司の家はすぐに見つかった。駅の北側にある高台をずっと登ったところにある閑静な住宅街にそれはあった。敷地で八十坪くらい、建坪五十坪の五LDKくらいはありそうだ。趣味でバンドをしているというだけに、比較的裕福な家庭なのだと裕太は羨望の目を向ける自分に苛立った。
 夏休みとはいえ、平日の午後四時くらいでは人通りはめっきり少ない。こんなところでじっと家を窺っていては不審者と思われるだろう。どうしたものかと逡巡していると、玄関の扉が開く音がした。
 誰かが出てくる、と裕太は電柱の後ろへ下がった。完全に死角に入るわけではないが、突っ立っているよりましだ。
 出てきたのは、高校生くらいの年代に見える少年、耳が隠れるが肩には到達しない程度の茶髪、脚が細く長い。黒っぽいスキニータイプのパンツの上に、紺と黒のチェック柄のシャツを着ていた。その少年は、ディパックを右肩に背負うと、自転車に跨った。
(あいつが、御木本か)
 彼には男の兄弟はいないと聞いていたので、あの年格好の人間は御木本英司しかありえない。裕太は確信して、彼の後を追った。
 あまり接近すると気づかれる虞もあるので、自転車の音が聞こえぬ程度に間をとった。静かな住宅街なので音までよく響く。さいわい道は碁盤の目のように区画整理されていたので、角を曲がっても見失うことはなさそうだった。彼は駅の方へ向かっていた。
(今頃、あづさはQSクイーンズサンドでレジについているはずだ。やつはそこへ行くこともありうる)
 裕太はキッチン業務をしていたので、どういう客が常連で来ているのか全く知らなかった。日頃から御木本英司がQSクイーンズサンド明葉あけはビル店にハンバーガーを買いに来ることがあるのかさえ知らない。富貴恵に聞いておけば良かったと後悔した。
 彼は全く尾行に気づいていないようだった。
 裕太はらくらくと追跡することができ、彼が駅前近くのバス通りに面した駐輪場に入るのを確認した。
(ここで奴は電車に乗ってどこかへ行くのか? だとしたら俺も自転車をどこかへとめなければならない。それに、こう人が多いのでは、尾行も厳しいかな)
 慣れないことは難しい。テレビドラマの刑事のようにはいかないだろうと、裕太は悲観的な見方をした。何しろ自分は人ごみを歩くのが苦手で、誰かのあとについていくと、必ず他人に間へ入られて見失いそうになるのだ。チャンスは今日だけではない、見失ったらその時のことだと裕太は自転車を駐輪場にあずけ、尾行を続けることにした。
 彼は自分の顔を知らないはずだと、裕太は思った。適当に人がいると自然な尾行ができる。
 しかし彼は、裕太の予想に反して、駅構内へは向かわなかった。バス通りを少し歩き、大手予備校の五階建てビルに入ったのだ。
(なるほど、この時間帯から夏期講習を受けるのか。三年生は追い込みの夏だったよな)
 裕太は、高校生やら浪人生やらが出入りする一階の玄関の前にしばし佇み、意を決して中へ入った。これだけ人がいれば目立ちはしない。予備校の職員に声をかけられたとしても、ちょっと見学に立ち寄ったとでも言えば全く不自然ではないと思った。
 パンフレットやら掲示物やらが所狭しと並び、正面のカウンターの奥にはデスクがいくつもあって、事務系の制服を着た職員が忙しそうに動いていた。
 本日の時間割を見つけたので、それに目を遣った。
 高校三年生が関係する教科はいくつもあって、彼がそのどれを聴講しているのかわからない。しかし次の講義の終了時刻、その次の講義の終了時刻を頭に入れると、裕太はそのビルの外へ出た。
 彼とふたりきりで話をするためには、やはり帰りの彼を捕まえることが必要だ。夕食の時間帯を挟むことになるから、六時台か七時台に彼は出てくるのではないかと裕太は睨んだ。
 裕太は道路を挟んで予備校の向かい側にあるコーヒーショップに入った。QSとよく似た店だ。アイスコーヒーを一つ注文し、それを手にして、外の様子がよくわかるようにガラス張りのカウンター席に坐る。ここでなら一時間や二時間粘っても問題はないだろう。何事も辛抱が肝心だと自分に言い聞かせた。
 驚いたことに、一時間半くらいして御木本英司と思われる彼が出てきた。一つしか授業を受けなかったということか。拍子抜けした気分になって呆れてしまった。たったこれだけのためにここまで来るのかと思う。しかしもっと呆れたのは、彼が一人ではなかったことだった。
 御木本の周りには女子高生らしき少女たちが三人も纏わりついていた。楽しげに話をしている様子から、彼の取り巻きのような存在なのではないかと裕太は考えた。
 裕太はおもむろに店を飛び出した。奴の後を追わねばならない。御木本は自転車をあずけた駐輪場とは反対の方へ向かって歩いた。彼の行動が読めない。一人になるところを見計らって声をかけようとしていただけに、予想外の展開だった。
 御木本は女子高生三人とそのまま暫く歩き、五十メートルほど離れたビルにあるカラオケボックスに入ってしまった。
 またも時間を潰さなければならないのか。さすがにカラオケにまで入られたらたまったものではない。いつ出てくるのか予想もできなかった。
 裕太は今日御木本に声をかけるのをあきらめることにした。またの機会にしよう。やはり自宅を出たところをつかまえるのが妥当なのだ。しかしあれで受験生なのか。女の子たちと遊びに興じるところを見る限り、御木本はあづさにふさわしい人間には見えなかった。むしろ悪影響を及ぼしかねない。それどころか既にあづさを裏切る行為をしているかもしれなかった。
 やはりあづさは自分のものだと裕太は思い、踵を返した。
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