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小野田からの情報 (カウンタークルー 蒲田美香)
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あとに残された美香は、小野田晃一と二人きりになってしまったので、少々緊張する。安原博人と付き合うようになってから、いっそう男性と二人きりになる状況が窮屈に感じられるようになったのだ。特に晃一は以前美香をドライブに誘った男だった。それを断っただけに向こうも気まずく感じているに違いない。しかも先ほどから何か訴えるような顔をしていたから、美香は彼が何を言い出すのか不安に感じ、休憩時間を消化せずに立ち上がろうとした。
「あの、蒲田さん」
とうとう声がかかったしまった。美香は諦めて坐りなおした。
「言おうかどうか迷ったんだけど、誰かには言わなければと思った。きみの耳に入れたいんだ」
随分思わせぶりな言い方である。しかも相変わらず「きみ」呼ばわりだ。こちらの方が年上だということを忘れたのか。美香はちょっと憤慨の顔つきをして聞き返した。
「どうかしたの? 小野田君」
すっかり年上女性の態度をとる。小野田晃一はかなり長身だが、弟を相手にするつもりで対峙した。
「キッチンの前沢、知っているよね?」
「うん、真面目でおとなしそうな子ね、その子がどうしたの?」
「あいつ、けっこうやばいよ。あづさちゃんにかなり入れ込んでいて、そのうち何か問題を起こさないかと心配しているんだ」
「やばい、って、どういうこと」
聞き捨てならないと思ったので、つい身を乗り出した。瀧本あづさのことを「あづさちゃん」などと呼ぶのには抵抗があるが、話の内容によっては抛ってはおけない。「やばい」とはどういう状況なのか。
前沢裕太は高校二年生、夏休み限定アルバイトの一人だ。キッチンのクルーなので美香は直に接することが少なく言葉を交わしたこともほとんどないが、口数の少ない真面目そうな男の子だった。身長も百七十くらいで、中肉中背といったところか。地味で目立たず、調子の良い小野田の方がずっと男前だろう。
「あいつ、バイトして三日目くらいにいきなりあづさちゃんに告ったんだ。でもあっさり撃沈、普通だったらそれで諦めるだろう? 他にも可愛い子がいっぱいいるんだから」
美香は眉を顰める。他にも可愛い子がいっぱいいる、というのはお前の論理だろう。美香は引っ叩きたくなる衝動を抑えるのに苦労した。きっとこの男も瀧本あづさを誘って断られたのだ。自分にも断られ、他にもつぎつぎと手を出そうとする。やはり思った通り、そういう男のようだった。
「でも、あいつは懲りなかった。三日くらいしてまた告っている。俺が知っているだけでも三回だよ。あづさちゃんも呆れて、しまいには英語で叫んでたよ」
根が真面目なだけに一途なのだろう。しかし、あづさが断る以上どうにもならない。諦めてもらうしかないのだ。
「俺、聞いたんだ、あいつがぶつぶつ言っているのを」
「何?」
「『家まで行ってやる』って」
「あづさちゃんの自宅を知っているの?」
ここでアルバイトをしている者はたいてい地元の人間だから、横のつながりがあれば、誰の家でも突き止めることができそうだ。しかし彼にそういうつながりがありそうには見えなかった。
「あいつなら、どんなことをしても家の場所をつきとめるだろうな。事務所に保管している履歴書を盗み見たりして……。いや、もう知っているかもしれない」
履歴書を盗み見るという発想自体が信じられないが、そこまで思いつめているとしたら、ストーカーの類になるのではないか。
「だから、蒲田さんの口からあづさちゃんに注意するよう言ってもらいたいんだよ、前沢に気をつけるようにって」
「江尻マネージャーには相談しないの?」
「信じちゃくれないよ、店長は前沢を買っていて、俺なんかただの遊び人くらいにしか思っていないんだから」
それはその通りではないの、と美香は言いたかったが自重した。
「あづさちゃんに直接言ってあげればいいのに」
「無理無理、俺いったん袖にされているんだぜ。言うことなんか聞いてくれないよ」
「そうね」と美香は思わず同調してしまった。
すべて小野田晃一のふだんの行いが起因している。肝心な時に信じてもらえない。それでも誰かに言わずにいられなかったのだ。
「彼、今日は勤務じゃなかったのね、今度はいつ来るかしら?」
美香は訊いた。
「確か、明日は来る筈だったと思うけど」
「じゃあ、私が一度話を聞いてみるわ」
「ええ!」と小野田晃一は声を上げた。「まじかよ!」
「だって、しょうがないでしょう? あづさちゃんに注意してっていったところで何ができるの? それより前沢君本人に話を聞いた方が早いでしょう?」
「危ないよ、蒲田さん」
「じゃあ、小野田君も一緒にいてよ。そうしたら話もしやすいし……」
気に入らないが小野田の同席を持ちかけた。小野田の話自体が信じられない部分もあるので、二人一緒の方が話もわかりやすい。
「俺がちくったみたいで嫌だよなあ」
こいつは自分のことしか考えていないと美香は憤ったが、言っても仕方がないので黙ることにした。
「私があづさちゃんから相談を受けて、君には同席してもらうよう私が頼んだことにしておけば、いいわよね?」
美香が言うと、小野田はしぶしぶ引き受けた。
これって、本来は店の常勤スタッフが乗り出すことではないのかと美香はふと思ったが、クルー同士のこととはいえ、当事者で解決するのが理想だと思うことにした。
美香は勤務表を確認して、明日の七時には前沢裕太、小野田晃一、そして自分の三人で話し合いをもつことが可能だと判断した。あづさを同席させるかどうかは明日、彼女の意向を聞いてみようと思う。彼女の話を聞かないうちは小野田の話が本当かどうかも判断できないからだった。
「じゃあ、決まり。もういいわね?」
そう言って、美香はスタッフルームを出た。とんだ休憩だと思った。
「あの、蒲田さん」
とうとう声がかかったしまった。美香は諦めて坐りなおした。
「言おうかどうか迷ったんだけど、誰かには言わなければと思った。きみの耳に入れたいんだ」
随分思わせぶりな言い方である。しかも相変わらず「きみ」呼ばわりだ。こちらの方が年上だということを忘れたのか。美香はちょっと憤慨の顔つきをして聞き返した。
「どうかしたの? 小野田君」
すっかり年上女性の態度をとる。小野田晃一はかなり長身だが、弟を相手にするつもりで対峙した。
「キッチンの前沢、知っているよね?」
「うん、真面目でおとなしそうな子ね、その子がどうしたの?」
「あいつ、けっこうやばいよ。あづさちゃんにかなり入れ込んでいて、そのうち何か問題を起こさないかと心配しているんだ」
「やばい、って、どういうこと」
聞き捨てならないと思ったので、つい身を乗り出した。瀧本あづさのことを「あづさちゃん」などと呼ぶのには抵抗があるが、話の内容によっては抛ってはおけない。「やばい」とはどういう状況なのか。
前沢裕太は高校二年生、夏休み限定アルバイトの一人だ。キッチンのクルーなので美香は直に接することが少なく言葉を交わしたこともほとんどないが、口数の少ない真面目そうな男の子だった。身長も百七十くらいで、中肉中背といったところか。地味で目立たず、調子の良い小野田の方がずっと男前だろう。
「あいつ、バイトして三日目くらいにいきなりあづさちゃんに告ったんだ。でもあっさり撃沈、普通だったらそれで諦めるだろう? 他にも可愛い子がいっぱいいるんだから」
美香は眉を顰める。他にも可愛い子がいっぱいいる、というのはお前の論理だろう。美香は引っ叩きたくなる衝動を抑えるのに苦労した。きっとこの男も瀧本あづさを誘って断られたのだ。自分にも断られ、他にもつぎつぎと手を出そうとする。やはり思った通り、そういう男のようだった。
「でも、あいつは懲りなかった。三日くらいしてまた告っている。俺が知っているだけでも三回だよ。あづさちゃんも呆れて、しまいには英語で叫んでたよ」
根が真面目なだけに一途なのだろう。しかし、あづさが断る以上どうにもならない。諦めてもらうしかないのだ。
「俺、聞いたんだ、あいつがぶつぶつ言っているのを」
「何?」
「『家まで行ってやる』って」
「あづさちゃんの自宅を知っているの?」
ここでアルバイトをしている者はたいてい地元の人間だから、横のつながりがあれば、誰の家でも突き止めることができそうだ。しかし彼にそういうつながりがありそうには見えなかった。
「あいつなら、どんなことをしても家の場所をつきとめるだろうな。事務所に保管している履歴書を盗み見たりして……。いや、もう知っているかもしれない」
履歴書を盗み見るという発想自体が信じられないが、そこまで思いつめているとしたら、ストーカーの類になるのではないか。
「だから、蒲田さんの口からあづさちゃんに注意するよう言ってもらいたいんだよ、前沢に気をつけるようにって」
「江尻マネージャーには相談しないの?」
「信じちゃくれないよ、店長は前沢を買っていて、俺なんかただの遊び人くらいにしか思っていないんだから」
それはその通りではないの、と美香は言いたかったが自重した。
「あづさちゃんに直接言ってあげればいいのに」
「無理無理、俺いったん袖にされているんだぜ。言うことなんか聞いてくれないよ」
「そうね」と美香は思わず同調してしまった。
すべて小野田晃一のふだんの行いが起因している。肝心な時に信じてもらえない。それでも誰かに言わずにいられなかったのだ。
「彼、今日は勤務じゃなかったのね、今度はいつ来るかしら?」
美香は訊いた。
「確か、明日は来る筈だったと思うけど」
「じゃあ、私が一度話を聞いてみるわ」
「ええ!」と小野田晃一は声を上げた。「まじかよ!」
「だって、しょうがないでしょう? あづさちゃんに注意してっていったところで何ができるの? それより前沢君本人に話を聞いた方が早いでしょう?」
「危ないよ、蒲田さん」
「じゃあ、小野田君も一緒にいてよ。そうしたら話もしやすいし……」
気に入らないが小野田の同席を持ちかけた。小野田の話自体が信じられない部分もあるので、二人一緒の方が話もわかりやすい。
「俺がちくったみたいで嫌だよなあ」
こいつは自分のことしか考えていないと美香は憤ったが、言っても仕方がないので黙ることにした。
「私があづさちゃんから相談を受けて、君には同席してもらうよう私が頼んだことにしておけば、いいわよね?」
美香が言うと、小野田はしぶしぶ引き受けた。
これって、本来は店の常勤スタッフが乗り出すことではないのかと美香はふと思ったが、クルー同士のこととはいえ、当事者で解決するのが理想だと思うことにした。
美香は勤務表を確認して、明日の七時には前沢裕太、小野田晃一、そして自分の三人で話し合いをもつことが可能だと判断した。あづさを同席させるかどうかは明日、彼女の意向を聞いてみようと思う。彼女の話を聞かないうちは小野田の話が本当かどうかも判断できないからだった。
「じゃあ、決まり。もういいわね?」
そう言って、美香はスタッフルームを出た。とんだ休憩だと思った。
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