9 / 13
父の威光
しおりを挟む
板橋区の所轄警察署に捜査本部が立った。本庁捜査一課から管理官と殺人犯捜査係の刑事、杉並署からも刑事が二人参加していた。
葛葉は繁澤と藤江の後に従うかたちで顔を出した。
こういう時、藤江の顔の広さに驚かされる。捜査一課の刑事のみならず所轄の刑事にもたくさんの顔見知りがいて、みな藤江のところに挨拶に来るのだ。
広域犯罪捜査対策室はとかく異人種みたいな目で見られるが藤江がいるだけで緩衝の効果はあった。
葛葉は藤江と繁澤の背後にいておとなしくしていれば良いと考えていた。しかしそれも署長の出現で台無しになった。
「葛葉さん」菊池という四十代の署長が葛葉を見つけて歩み寄ってきた。
目立つことはしないで欲しい。その場の視線を集めるではないか。
「立派になられて……」
「ご無沙汰しております」葛葉は丁重に頭を下げた。
菊池署長は正月などによく葛葉の父親を訪ねて自宅に来たものだ。最後に会ったのは葛葉が中学生の頃でもう十年ほど経っている。
父親の知り合いは警察庁にも警視庁にもそれこそどこにでもいて、彼らは揃って葛葉を「葛葉さん」もしくは「お嬢さん」と呼ぶのだ。
父親の名字で「武浦さん」と呼びにくいのは理解できるが、こういう場では目立つ。
「お父様に似ておられて、精悍な顔をしていらっしゃる」
だから敬語を使わないで欲しい。私は偉くはないのだと葛葉は困惑していた。
いつも緊張して顔がひきつっているから怖い顔をしていると見られる。もう少し可愛げがあれば自分の人生も別のものになっただろうと葛葉は思う。
「あ、繁澤君も久しぶりだね」繁澤はおまけのように扱われていた。
「その節はお世話になりました」繁澤は丁寧に頭を下げた。
葛葉が見る繁澤はいつも腰が低くて、誰に対しても丁寧語で話す。それでいて上層部に一目置かれるくらいの存在感を持っているのだ。
「お嬢さんのことはよろしく頼むよ」
「心得ております」
葛葉は苦笑いした。
菊池署長は捜査本部の開会時に一言だけ挨拶して退室した。
しかし菊池署長のお蔭で葛葉はまたも注目を集めることになった。はじめこそ見慣れぬ若い女がいるくらいに思われていたのが、あれがかつて警視庁で伝説となったキャリア出身の管理官にして現千葉県警本部長の娘だと周知されることになったのだ。
ああ視線がヤバい。葛葉はしばらく顔を上げられなかった。
前の席の真ん中には捜査指揮をとる管理官の後藤警視がいた。
凶悪犯罪の捜査指揮をとる管理官には間違いなくノンキャリアの警察官がつく。いわゆる捜査のプロだ。捜査一課の管理官は大学出の役人にはとてもこなせない領域だった。
ただし何事にも例外はある。捜査の素人であるはずのキャリア出身で管理官になり実績をあげた者が十年に一人くらいの割合でいるのだ。葛葉の父親がそうだった。
現場の刑事で葛葉の父、武浦壮一を知らない者はいない。父壮一は、ゆくゆくは警視総監とまで言われた男だったという。しかしポストの空き具合で出世というものは左右される。父壮一はその敏腕で早々と目立ったためにたまたま空きが出た千葉県警のトップに収まってしまったのだった。
管理官の一言で会議が始まった。
司会役は捜査一課強行犯係の三木警部補だった。第一係から派遣された班長の一人だ。
葛葉はようやく顔を上げてメモをとり始めた。まだ繁澤から聞いた概要しか知らない。
まずは今朝方発見され午前中のうちに司法解剖された板橋区の事件の概要が語られた。
葛葉は繁澤と藤江の後に従うかたちで顔を出した。
こういう時、藤江の顔の広さに驚かされる。捜査一課の刑事のみならず所轄の刑事にもたくさんの顔見知りがいて、みな藤江のところに挨拶に来るのだ。
広域犯罪捜査対策室はとかく異人種みたいな目で見られるが藤江がいるだけで緩衝の効果はあった。
葛葉は藤江と繁澤の背後にいておとなしくしていれば良いと考えていた。しかしそれも署長の出現で台無しになった。
「葛葉さん」菊池という四十代の署長が葛葉を見つけて歩み寄ってきた。
目立つことはしないで欲しい。その場の視線を集めるではないか。
「立派になられて……」
「ご無沙汰しております」葛葉は丁重に頭を下げた。
菊池署長は正月などによく葛葉の父親を訪ねて自宅に来たものだ。最後に会ったのは葛葉が中学生の頃でもう十年ほど経っている。
父親の知り合いは警察庁にも警視庁にもそれこそどこにでもいて、彼らは揃って葛葉を「葛葉さん」もしくは「お嬢さん」と呼ぶのだ。
父親の名字で「武浦さん」と呼びにくいのは理解できるが、こういう場では目立つ。
「お父様に似ておられて、精悍な顔をしていらっしゃる」
だから敬語を使わないで欲しい。私は偉くはないのだと葛葉は困惑していた。
いつも緊張して顔がひきつっているから怖い顔をしていると見られる。もう少し可愛げがあれば自分の人生も別のものになっただろうと葛葉は思う。
「あ、繁澤君も久しぶりだね」繁澤はおまけのように扱われていた。
「その節はお世話になりました」繁澤は丁寧に頭を下げた。
葛葉が見る繁澤はいつも腰が低くて、誰に対しても丁寧語で話す。それでいて上層部に一目置かれるくらいの存在感を持っているのだ。
「お嬢さんのことはよろしく頼むよ」
「心得ております」
葛葉は苦笑いした。
菊池署長は捜査本部の開会時に一言だけ挨拶して退室した。
しかし菊池署長のお蔭で葛葉はまたも注目を集めることになった。はじめこそ見慣れぬ若い女がいるくらいに思われていたのが、あれがかつて警視庁で伝説となったキャリア出身の管理官にして現千葉県警本部長の娘だと周知されることになったのだ。
ああ視線がヤバい。葛葉はしばらく顔を上げられなかった。
前の席の真ん中には捜査指揮をとる管理官の後藤警視がいた。
凶悪犯罪の捜査指揮をとる管理官には間違いなくノンキャリアの警察官がつく。いわゆる捜査のプロだ。捜査一課の管理官は大学出の役人にはとてもこなせない領域だった。
ただし何事にも例外はある。捜査の素人であるはずのキャリア出身で管理官になり実績をあげた者が十年に一人くらいの割合でいるのだ。葛葉の父親がそうだった。
現場の刑事で葛葉の父、武浦壮一を知らない者はいない。父壮一は、ゆくゆくは警視総監とまで言われた男だったという。しかしポストの空き具合で出世というものは左右される。父壮一はその敏腕で早々と目立ったためにたまたま空きが出た千葉県警のトップに収まってしまったのだった。
管理官の一言で会議が始まった。
司会役は捜査一課強行犯係の三木警部補だった。第一係から派遣された班長の一人だ。
葛葉はようやく顔を上げてメモをとり始めた。まだ繁澤から聞いた概要しか知らない。
まずは今朝方発見され午前中のうちに司法解剖された板橋区の事件の概要が語られた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
双極の鏡
葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。
事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。
九竜家の秘密
しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
青い鳥への贖罪
雪音鈴
ミステリー
――全ては紗代の死から始まった――
次々と殺されていく『幸せの青い鳥』のチャットルームメンバー。死体の傍らにはいつも、鮮やかな青色の羽根……。
『ねぇ、神様――幸せの青い鳥が死んでしまったら、どうしたら良いんでしょうか』
※連続殺人等を取り扱っているため、念のためR設定をしております。苦手な方はご注意ください。
#VTuber連続殺人事件
阿賀岡あすか
ミステリー
『令和の名探偵は、生配信で事件を推理するものなのさ』
画面越しに、ホームズを連想する探偵服を着た二次元絵の少女は高々と声を張り上げた。
YouTubeで動画を投稿して収益を得る『YouTuber』のカテゴリの一つ『VTuber』。
インターネットという大海にて、不特定多数に自慢の推理をひけらかす自称名探偵であったが、ある日彼女の元に殺人事件の依頼が舞い込んで来た!
しかし事件を解決しようにも現実世界の彼女――『夜宮ほたる』は人とまともに会話できない超コミュ障引きこもりニートで――!
三度の飯より推理が好きなポジティブ警察官『朝野佑馬』と、人と目を合わせられない根暗自称名探偵のタッグが、ネットで話題のVTuber連続殺人事件に挑む現代推理小説!
イグニッション
佐藤遼空
ミステリー
所轄の刑事、佐水和真は武道『十六段の男』。ある朝、和真はひったくりを制圧するが、その時、警察を名乗る娘が現れる。その娘は中条今日子。実はキャリアで、配属後に和真とのペアを希望した。二人はマンションからの飛び降り事件の捜査に向かうが、そこで和真は幼馴染である国枝佑一と再会する。佑一は和真の高校の剣道仲間であったが、大学卒業後はアメリカに留学し、帰国後は公安に所属していた。
ただの自殺に見える事件に公安がからむ。不審に思いながらも、和真と今日子、そして佑一は事件の真相に迫る。そこには防衛システムを巡る国際的な陰謀が潜んでいた……
武道バカと公安エリートの、バディもの警察小説。 ※ミステリー要素低し
月・水・金更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる