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目玉焼き【2】
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翌朝――
食卓に着いた冬美の前に、熱々の料理が提供された。
「美味しそう~!」
コンロから下ろされたばかりのそれは、じゅうじゅうと音を立てて、冬美の食欲を刺激する。
スキレットで調理されたハムエッグだ。
「はい、コーヒーですよ」
「ありがとうございます。あれっ……」
陽一の姿をあらためて見つめた。
「ちゃんとエプロンを着けるんですね。ふふっ、なんか可愛い」
「可愛い?」
陽一は照れるが、まんざらでもなさそうだ。機嫌よく冬美の向かい側に座る。
「食べてみてください」
「はいっ。いただきま~す」
目玉焼きのとろりとした食感。ハムはぱりぱりと焼けて香ばしい。
調味料は普通の塩胡椒だ。調理器具が変わるだけで、こんなにも味が違うのかと冬美は感心する。
「いかがです?」
「実演最高! キャンプ場にいるみたい」
「そんなにですか?」
冬美の感想は、ますます彼をご機嫌にさせた。
「レタスのサラダとオレンジもどうぞ。冬美さんが食材を用意してくれたので助かりました」
「そんなの、なんてことありませんよ。朝ごはんを作ってもらえて私のほうが幸せです」
ちょうどパンが焼けたので、苺ジャムを塗る。
ジャムは陽一の荷物に入っていた。ちなみにコーヒーセットも彼の持ち物である。学生時代からこれまで一人暮らしだった彼は、毎朝パンを主食にしていたと言う。
「簡単なものでよければ、朝食は僕が作ります。なんなら、夕飯の仕込みもやっちゃいますが」
「ええっ?」
信じられない申し出だった。
「すごいですね。私なんてずっと実家住みで、ご飯作りは母親任せで、米研ぎと味噌汁くらいしか作れないのに」
言いながら情けなくなるが、陽一はニコニコと聞いている。
「大丈夫、冬美さんはやればできる人です。でも、頑張りすぎはいけません。これまでどおり、冬美さんらしく生き生きと暮らしてくれたら僕も幸せです」
「か、課長……」
なんという大らかな男性だろう。
それに課長は、助清くんを応援し続けることまで応援してくれる。夫公認で推し活できるとは思わなかった。
「でも、一つだけ注文があります」
「えっ? な、なんでしょう」
冬美はデレた顔を引きしめる。一体どんな注文だろう。想像もつかないけれど……
「そろそろ僕のことを、名前で呼んでください」
「……」
そんなことか……と、緊張がほぐれる冬美だが、じっと見つめられてだんだん困惑してくる。
これまで一度も名前で読んだことなどない。
「ええと、いつから?」
「もちろん、今からですよ」
「ひい……」
いきなりの要求に焦りまくるが、逃げるのは許されない。なにもかも甘えて、彼の望みを一つも叶えられないなんて、それこそ妻失格である。
「分かりました。では、いきますよ」
「うん」
「よ……」
舌がこんがらがりそうだ。しかし、やらねばならない。
「よ……陽一さん」
彼の真面目な顔が一気にほころぶ。冬美がいたたまれなくなるほど、喜んでいる。
「よくできました。やっぱりきみは、やればできる人です」
「あ、ありがとうございます。かちょ……じゃなくて、あわわ……」
明るい笑い声。
ほのぼのとした空気が朝の食卓を包み込む。
「冬美さん。これからもどうぞよろしくお願いします」
「はいっ。陽一さん」
パンと目玉焼きとコーヒーと……
大好きな人と暮らせる幸せを、冬美は噛みしめた。
食卓に着いた冬美の前に、熱々の料理が提供された。
「美味しそう~!」
コンロから下ろされたばかりのそれは、じゅうじゅうと音を立てて、冬美の食欲を刺激する。
スキレットで調理されたハムエッグだ。
「はい、コーヒーですよ」
「ありがとうございます。あれっ……」
陽一の姿をあらためて見つめた。
「ちゃんとエプロンを着けるんですね。ふふっ、なんか可愛い」
「可愛い?」
陽一は照れるが、まんざらでもなさそうだ。機嫌よく冬美の向かい側に座る。
「食べてみてください」
「はいっ。いただきま~す」
目玉焼きのとろりとした食感。ハムはぱりぱりと焼けて香ばしい。
調味料は普通の塩胡椒だ。調理器具が変わるだけで、こんなにも味が違うのかと冬美は感心する。
「いかがです?」
「実演最高! キャンプ場にいるみたい」
「そんなにですか?」
冬美の感想は、ますます彼をご機嫌にさせた。
「レタスのサラダとオレンジもどうぞ。冬美さんが食材を用意してくれたので助かりました」
「そんなの、なんてことありませんよ。朝ごはんを作ってもらえて私のほうが幸せです」
ちょうどパンが焼けたので、苺ジャムを塗る。
ジャムは陽一の荷物に入っていた。ちなみにコーヒーセットも彼の持ち物である。学生時代からこれまで一人暮らしだった彼は、毎朝パンを主食にしていたと言う。
「簡単なものでよければ、朝食は僕が作ります。なんなら、夕飯の仕込みもやっちゃいますが」
「ええっ?」
信じられない申し出だった。
「すごいですね。私なんてずっと実家住みで、ご飯作りは母親任せで、米研ぎと味噌汁くらいしか作れないのに」
言いながら情けなくなるが、陽一はニコニコと聞いている。
「大丈夫、冬美さんはやればできる人です。でも、頑張りすぎはいけません。これまでどおり、冬美さんらしく生き生きと暮らしてくれたら僕も幸せです」
「か、課長……」
なんという大らかな男性だろう。
それに課長は、助清くんを応援し続けることまで応援してくれる。夫公認で推し活できるとは思わなかった。
「でも、一つだけ注文があります」
「えっ? な、なんでしょう」
冬美はデレた顔を引きしめる。一体どんな注文だろう。想像もつかないけれど……
「そろそろ僕のことを、名前で呼んでください」
「……」
そんなことか……と、緊張がほぐれる冬美だが、じっと見つめられてだんだん困惑してくる。
これまで一度も名前で読んだことなどない。
「ええと、いつから?」
「もちろん、今からですよ」
「ひい……」
いきなりの要求に焦りまくるが、逃げるのは許されない。なにもかも甘えて、彼の望みを一つも叶えられないなんて、それこそ妻失格である。
「分かりました。では、いきますよ」
「うん」
「よ……」
舌がこんがらがりそうだ。しかし、やらねばならない。
「よ……陽一さん」
彼の真面目な顔が一気にほころぶ。冬美がいたたまれなくなるほど、喜んでいる。
「よくできました。やっぱりきみは、やればできる人です」
「あ、ありがとうございます。かちょ……じゃなくて、あわわ……」
明るい笑い声。
ほのぼのとした空気が朝の食卓を包み込む。
「冬美さん。これからもどうぞよろしくお願いします」
「はいっ。陽一さん」
パンと目玉焼きとコーヒーと……
大好きな人と暮らせる幸せを、冬美は噛みしめた。
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