課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁

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金目鯛の煮つけ

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(私も助清くんが好きすぎて、全国ツアーを追いかけたことがあるもんね)


むろん仕事に支障をきたさぬよう努力し、有給を利用したのだが、経理課長には「信じられない」という顔をされた。『好き』を原動力にした活動を理解されず、あのときは肩身が狭かった。


「思い付いたら即実行というか、唐突なんですね。僕はこういう性格なので、よく変わり者と言われます」

「えっ?」


変り者という噂を本人が知っていたと知り、冬美はびっくりする。


「特に、間宮まみやさんに小言をもらいますね。そんな風だから、いつまでも結婚できないんだぞ、と」

「はあっ? 間宮って、うちの課長の間宮ですか?」

「はい。あの人は僕と違ってしっかり者だから、いろいろ世話を焼かれます」


冬美は箸を折れんばかりに握りしめた。


(あのオッサン! いくら舘林課長と同期だからって、言いたい放題にもほどがあるよ。夢中になるものがあるだけなのに、変人扱いするなんてひどい。それに結婚とか、アンタに関係ないでしょうが!)


個人的な恨みも相まって、大いに憤慨する。


「そんなの、気にしてはいけません!」


前のめりになる冬美に、課長が目をぱちくりとさせた。


「ど、どうしました。顔が真っ赤ですよ?」

「舘林課長。実は私も……」


こうなったら言ってしまおう。この人なら、きっと分かってくれる。

ここは旅先。立場なんて関係ない。


「私だってそうです。今日は助清くんへの思いを吹っ切るために、傷心を癒やすために、下田まで来たのです!」

「助清くん?」


冬美は熱弁した。自分がアイドルオタクであり、非オタの友人が引くほどのめり込み、給料を惜しむことなく使って、めいっぱい活動していることを。

そして推しに失恋し、傷心旅行を決意し、今に至るまでの心情をすべて告白した。

舘林課長は食事を中断し、耳を傾けている。一言も聞き漏らすまいとするかのように、じっと、冬美の目を見つめて。


「推しとか、好きな食べ物とか、自分だけの価値観とかこだわりがあるって、素敵じゃないですか。夢中になって追いかけるのは純粋に幸せですもん。ですから、間宮課長の言うことなんて気にする必要はありません! だって、私やあなたがこんなにも幸せなのを、あの人は理解できないんだから」


すべて言い切ると、冬美は湯呑のお茶を飲み干す。喉が渇いたのもあるが、ヒートアップしたのを自覚したので落ち着くために。

というか、急激に恥ずかしさが襲ってきた。


「野口さん」

「は、はいっ」


舘林課長は真顔だ。ちょっと怖いくらいの、真剣な眼差しを向けられる。


(もしかして怒ってる?)


いくら旅先だろうと、やはり相手は目上の人であり、偉そうに演説をぶったのは間違いだった気がする。

無礼講をはたらいたのだと、冬美は後悔しかけるが――


「ありがとう」


返ってきたのは、穏やかな声。

思いのこもる一言だった。


「課長……?」


おずおずと見返すと、彼はにこりと微笑み、窓の外に瞳を向けた。

雲間から陽が射して、課長の横顔を明るく照らす。高い鼻梁は美しく、目もと優しく、それでいて意外なほどの男らしさが感じられる。

冬美はどきどきしてきた。

これは、既視感。舘林課長は、どこか似ている。顔立ちというより、雰囲気。そう――きれいで可愛くて、案外野心家な助清くんの空気感が、目の前にあるような……


「もっと、きみと話したい」


こちらに向き直った彼が、なんだかキラキラして見える。

冬美は無意識にうなずき、望みを受け入れていた。


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