ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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Wild bride

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 夕方、私と京史さんは式の最終確認のために結婚式場に出かけ、その後すぐ、彼が予約したという海辺のホテルに移動した。
 


(ああ、どうしよう。もうすぐだわ……)

 コース料理も終盤を迎え、あとはデザートを残すのみ。
 私はだんだん緊張してきた。
 ディナーを始める頃はまだ明るかった空も、すっかり暮れてしまった。
 高層階から見渡す港の夜景は美しく、デートを楽しむ恋人達のムードを盛り上げている。

「来週はいよいよ結婚式か。楽しみだなあ、瑤子の花嫁姿」
「え、ええ。私も、楽しみです」
 微笑む京史さんに、ぎこちなく返事する。フォークを持つ手に妙な力が入り、カタカタと無様な音を立てた。
「どうかしたのか?」
「はい? いえっ、別に何でも」

 はっきり言って、全身ガチガチである。
 男性と夜をともにするなど、何年ぶりだろう。
 正直、私は処女も同然。肉体的というより、気持ち的に。

(どうして私、あんなに大胆な約束ができたのかしら……)

 今さらながら振り返ってみる。


 ――生きて帰って来て。そしたら私、あなたに抱かれる。ううん、それだけじゃない。あなたの言うこと何でも聞くし、どんなことでもしてあげるわ。好きにしていいの。

 ――お願いです、京史さんっ……私を抱いて……愛してください。


 ストレートすぎるセリフの数々。
 でも、私はあの時本気で、京史さんのためなら何でもすると思った。
 生きて帰って来てと、必死で願ったのだ。
 それに、嘘は一つも言っていない。今でも私は、この人に抱かれたいと感じている。

 これまで経験のない、強い欲望だ。

「さてと、そろそろ行こうか」
 京史さんが明るく笑いかけた。これからいたそうという雰囲気ではなく、それどころか、とてつもなく爽やかな笑顔である。
「はい、そうですね。行きましょうか」
 思わず噛みそうになった。自然に振舞おうとすればするほど、ぎこちなくなってしまう。

(それに比べて、京史さんは……)

 緊張も興奮もせず、リラックスしている。そういえば、いつもより食事に時間をかけていた。この人のことだから、食事もそこそこにベッドに直行すると覚悟していたのに。

 部屋に向かう足取りも、気のせいかゆったりしている。
 無口な私に、彼はいろいろ話しかけてきた。

「せっかくだから、港が一望できる部屋をとったんだ。ポートビューってやつ?」
「そ、そうなんですか」
「ルームサービスも充実してるし、なかなか気の利いたホテルだぞ」
「なるほど、いいですね」
「ホテルの外も、遊ぶ場所がたくさんある。明日は休みだし、のんびりしていこうぜ」
「はい、ぜひ」

 エレベーターの前で、ぴたりと止まる。数秒、沈黙が流れて……
「あ……」
 京史さんは手を繋いできた。その温かさにハッとして、彼を見上げる。
 頬を染めて、私を見つめていた。
「そんなに緊張するなよ。俺だって、爆発しそうなんだから」
「京史さん……」

 顔が赤いのは、お酒のせいではない。
 彼は余裕の振りをして、その実、全身が熱くなっている。
「ご、ごめんなさい。私、いっぱいいっぱいで」
「分かってる。でも、しょうがねえだろ。君があんな約束して、ハードル上げちまったんだから」
 そのとおりなので、黙るほかない。
 私はうつむきかげんで、彼と手を繋いだままエレベーターに乗った。

「余裕があろうがなかろうが、約束は約束だ。俺は容赦しないぜ。怪我が治るまで、我慢したんだからな。このドスケベのミイちゃんが」
 冗談っぽい口調でも、彼は本気だ。手を恋人繋ぎにして、ぎゅっと握ってくる。
 必死なのは、私だけじゃなかった。
 いくつになっても、初めての夜は特別で、余裕などなくなってしまう。その人を心から欲し、本気で愛しているから。

「そうですね。ドスケベのミイちゃんなのに……」
 いっぱい我慢した。今日だって、ぎりぎりまでゆとりを保とうとしてくれた。私のために、私が無理をしていないか観察していたのだ、きっと。
「でももう、我慢できねえ。遠慮なくいただくぜ」
 怒った声で言い、強引に身体を引き寄せる。
 私を求める彼の目は、ぎらぎらと燃えていた。
 

「私も、あなたが欲しい。愛してる……」
「瑤子」
 エレベーターを降りて、一直線に部屋に向かう。
 そして私は、ようやく約束を果たすことができたのだった。


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