40 / 41
Wild bride
7
しおりを挟む
夕方、私と京史さんは式の最終確認のために結婚式場に出かけ、その後すぐ、彼が予約したという海辺のホテルに移動した。
(ああ、どうしよう。もうすぐだわ……)
コース料理も終盤を迎え、あとはデザートを残すのみ。
私はだんだん緊張してきた。
ディナーを始める頃はまだ明るかった空も、すっかり暮れてしまった。
高層階から見渡す港の夜景は美しく、デートを楽しむ恋人達のムードを盛り上げている。
「来週はいよいよ結婚式か。楽しみだなあ、瑤子の花嫁姿」
「え、ええ。私も、楽しみです」
微笑む京史さんに、ぎこちなく返事する。フォークを持つ手に妙な力が入り、カタカタと無様な音を立てた。
「どうかしたのか?」
「はい? いえっ、別に何でも」
はっきり言って、全身ガチガチである。
男性と夜をともにするなど、何年ぶりだろう。
正直、私は処女も同然。肉体的というより、気持ち的に。
(どうして私、あんなに大胆な約束ができたのかしら……)
今さらながら振り返ってみる。
――生きて帰って来て。そしたら私、あなたに抱かれる。ううん、それだけじゃない。あなたの言うこと何でも聞くし、どんなことでもしてあげるわ。好きにしていいの。
――お願いです、京史さんっ……私を抱いて……愛してください。
ストレートすぎるセリフの数々。
でも、私はあの時本気で、京史さんのためなら何でもすると思った。
生きて帰って来てと、必死で願ったのだ。
それに、嘘は一つも言っていない。今でも私は、この人に抱かれたいと感じている。
これまで経験のない、強い欲望だ。
「さてと、そろそろ行こうか」
京史さんが明るく笑いかけた。これからいたそうという雰囲気ではなく、それどころか、とてつもなく爽やかな笑顔である。
「はい、そうですね。行きましょうか」
思わず噛みそうになった。自然に振舞おうとすればするほど、ぎこちなくなってしまう。
(それに比べて、京史さんは……)
緊張も興奮もせず、リラックスしている。そういえば、いつもより食事に時間をかけていた。この人のことだから、食事もそこそこにベッドに直行すると覚悟していたのに。
部屋に向かう足取りも、気のせいかゆったりしている。
無口な私に、彼はいろいろ話しかけてきた。
「せっかくだから、港が一望できる部屋をとったんだ。ポートビューってやつ?」
「そ、そうなんですか」
「ルームサービスも充実してるし、なかなか気の利いたホテルだぞ」
「なるほど、いいですね」
「ホテルの外も、遊ぶ場所がたくさんある。明日は休みだし、のんびりしていこうぜ」
「はい、ぜひ」
エレベーターの前で、ぴたりと止まる。数秒、沈黙が流れて……
「あ……」
京史さんは手を繋いできた。その温かさにハッとして、彼を見上げる。
頬を染めて、私を見つめていた。
「そんなに緊張するなよ。俺だって、爆発しそうなんだから」
「京史さん……」
顔が赤いのは、お酒のせいではない。
彼は余裕の振りをして、その実、全身が熱くなっている。
「ご、ごめんなさい。私、いっぱいいっぱいで」
「分かってる。でも、しょうがねえだろ。君があんな約束して、ハードル上げちまったんだから」
そのとおりなので、黙るほかない。
私はうつむきかげんで、彼と手を繋いだままエレベーターに乗った。
「余裕があろうがなかろうが、約束は約束だ。俺は容赦しないぜ。怪我が治るまで、我慢したんだからな。このドスケベのミイちゃんが」
冗談っぽい口調でも、彼は本気だ。手を恋人繋ぎにして、ぎゅっと握ってくる。
必死なのは、私だけじゃなかった。
いくつになっても、初めての夜は特別で、余裕などなくなってしまう。その人を心から欲し、本気で愛しているから。
「そうですね。ドスケベのミイちゃんなのに……」
いっぱい我慢した。今日だって、ぎりぎりまでゆとりを保とうとしてくれた。私のために、私が無理をしていないか観察していたのだ、きっと。
「でももう、我慢できねえ。遠慮なくいただくぜ」
怒った声で言い、強引に身体を引き寄せる。
私を求める彼の目は、ぎらぎらと燃えていた。
「私も、あなたが欲しい。愛してる……」
「瑤子」
エレベーターを降りて、一直線に部屋に向かう。
そして私は、ようやく約束を果たすことができたのだった。
(ああ、どうしよう。もうすぐだわ……)
コース料理も終盤を迎え、あとはデザートを残すのみ。
私はだんだん緊張してきた。
ディナーを始める頃はまだ明るかった空も、すっかり暮れてしまった。
高層階から見渡す港の夜景は美しく、デートを楽しむ恋人達のムードを盛り上げている。
「来週はいよいよ結婚式か。楽しみだなあ、瑤子の花嫁姿」
「え、ええ。私も、楽しみです」
微笑む京史さんに、ぎこちなく返事する。フォークを持つ手に妙な力が入り、カタカタと無様な音を立てた。
「どうかしたのか?」
「はい? いえっ、別に何でも」
はっきり言って、全身ガチガチである。
男性と夜をともにするなど、何年ぶりだろう。
正直、私は処女も同然。肉体的というより、気持ち的に。
(どうして私、あんなに大胆な約束ができたのかしら……)
今さらながら振り返ってみる。
――生きて帰って来て。そしたら私、あなたに抱かれる。ううん、それだけじゃない。あなたの言うこと何でも聞くし、どんなことでもしてあげるわ。好きにしていいの。
――お願いです、京史さんっ……私を抱いて……愛してください。
ストレートすぎるセリフの数々。
でも、私はあの時本気で、京史さんのためなら何でもすると思った。
生きて帰って来てと、必死で願ったのだ。
それに、嘘は一つも言っていない。今でも私は、この人に抱かれたいと感じている。
これまで経験のない、強い欲望だ。
「さてと、そろそろ行こうか」
京史さんが明るく笑いかけた。これからいたそうという雰囲気ではなく、それどころか、とてつもなく爽やかな笑顔である。
「はい、そうですね。行きましょうか」
思わず噛みそうになった。自然に振舞おうとすればするほど、ぎこちなくなってしまう。
(それに比べて、京史さんは……)
緊張も興奮もせず、リラックスしている。そういえば、いつもより食事に時間をかけていた。この人のことだから、食事もそこそこにベッドに直行すると覚悟していたのに。
部屋に向かう足取りも、気のせいかゆったりしている。
無口な私に、彼はいろいろ話しかけてきた。
「せっかくだから、港が一望できる部屋をとったんだ。ポートビューってやつ?」
「そ、そうなんですか」
「ルームサービスも充実してるし、なかなか気の利いたホテルだぞ」
「なるほど、いいですね」
「ホテルの外も、遊ぶ場所がたくさんある。明日は休みだし、のんびりしていこうぜ」
「はい、ぜひ」
エレベーターの前で、ぴたりと止まる。数秒、沈黙が流れて……
「あ……」
京史さんは手を繋いできた。その温かさにハッとして、彼を見上げる。
頬を染めて、私を見つめていた。
「そんなに緊張するなよ。俺だって、爆発しそうなんだから」
「京史さん……」
顔が赤いのは、お酒のせいではない。
彼は余裕の振りをして、その実、全身が熱くなっている。
「ご、ごめんなさい。私、いっぱいいっぱいで」
「分かってる。でも、しょうがねえだろ。君があんな約束して、ハードル上げちまったんだから」
そのとおりなので、黙るほかない。
私はうつむきかげんで、彼と手を繋いだままエレベーターに乗った。
「余裕があろうがなかろうが、約束は約束だ。俺は容赦しないぜ。怪我が治るまで、我慢したんだからな。このドスケベのミイちゃんが」
冗談っぽい口調でも、彼は本気だ。手を恋人繋ぎにして、ぎゅっと握ってくる。
必死なのは、私だけじゃなかった。
いくつになっても、初めての夜は特別で、余裕などなくなってしまう。その人を心から欲し、本気で愛しているから。
「そうですね。ドスケベのミイちゃんなのに……」
いっぱい我慢した。今日だって、ぎりぎりまでゆとりを保とうとしてくれた。私のために、私が無理をしていないか観察していたのだ、きっと。
「でももう、我慢できねえ。遠慮なくいただくぜ」
怒った声で言い、強引に身体を引き寄せる。
私を求める彼の目は、ぎらぎらと燃えていた。
「私も、あなたが欲しい。愛してる……」
「瑤子」
エレベーターを降りて、一直線に部屋に向かう。
そして私は、ようやく約束を果たすことができたのだった。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる
ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。
正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。
そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。
まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。
少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。
そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。
そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。
人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。
☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。
王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。
王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。
☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。
作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。
☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。)
☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。
★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
愛している人に愛されない苦しみを知ってもらおうとした結果
よしゆき
恋愛
許嫁のトビアスのことがカティは幼い頃から好きで彼と将来結婚できることを心から喜び楽しみにしていたけれど、彼はカティを妹のようにしか見てくれず他の女性と関係を持っていた。結婚すれば女として見てもらえると期待していたけれど結局なにも変わらず、女として愛されることを諦めたカティはトビアスに惚れ薬を飲ませ、そして離婚を切り出し家を出た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる