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Wild bride
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海藤さんはソファに座り、私達と向き合った。
京史さんは、なぜここに海藤さんがいるのか説明した。つい先ほどまで、彼らは商談していたという。話し合いが長引いたため、昼食会に間に合わなかったそうだ。
「この頑固者を、やっと口説き落としたんだ。サインする段階まできて、なかなかうんと言わなくてさ。ほんと、苦労したぜ」
「大金を投じる仕事だ。本来なら、京史のほうが慎重になるべきだろう」
嶺倉水産は海藤観光ホテルの再建事業に出資することになった。かたくなに提案を受け入れなかった海藤さんだが、京史さんの事故をきっかけに、考えを改めたそうだ。
「こんなことは言いたくないが……京史が死にかけたと聞いて、俺はひどく動揺した。俺にとってお前は、その……特別な存在だと分かったのだ。だから、お前の気持ちを受け入れると決めた。後悔しないようにな」
海藤さんは照れくさいのか、少しぶっきらぼうに本音を語った。心なしか、京史さんも照れている。
「ただ、情に流されたわけじゃない。ビジネスとして、しっかり採算がとれるよう、これから話を詰めていく。最終的な判断は、それからだ」
「分かってるさ。俺だって、会社の金を無駄遣いするつもりはねえ」
男同士の友情は、どこか素直じゃない。でも、互いを思いやる心は強く感じられる。
「それにしても、京史のしつこさは尋常じゃなかった。断っても断っても、口説きに来るんだから」
海藤さんは降参のポーズをした。
「そんなにしょっちゅう、押しかけたんですか?」
私が訊くと、京史さんは当然といった表情で、
「そうだよ。地元の仲間と一緒に、手伝いも兼ねてホテルに押しかけた。はは……こいつ、俺達が行くとすげえ怒って、しまいには姿を見ただけで声を荒げたりしてな」
しつこい京史さんと、苛立つ海藤さん。その光景が、ありありと目に浮かんだ。
「大変でしたね。でも、海藤さんが声を荒げるなんて、想像できないけど」
私から見た海藤さんは、冷静かつ落ち着いた大人というイメージがある。
「何言ってるんだ。瑤子も聞いてるはずだぜ、こいつの怒鳴り声」
「えっ?」
京史さんの発言に、私は首を傾げる。
「いつですか? 私、海藤さんに怒鳴られたことなんて……」
「違う、違う。ほら、俺と見合いした日だよ。ホテルの裏口から俺と仲間が出て来た時、怒鳴り声を聞いたって言ったろ」
「……ええっ?」
――何してんだ、コラア!
もしかして、あの声?
私はてっきり、京史さんか仲間の一人が発したのだと思っていた。まさか、海藤さんがそんな……でも、言われてみれば話が繋がる。
海藤さんを見ると、ばつが悪そうに目を伏せてしまった。
「こいつ、朝市を手伝ってる俺達を見つけて、追い出したんだ。だから前にも言ったろ? 蓮は案外感情的で、分かりやすいやつなんだよ。そんなところは瑤子そっくり!」
「は、はあ……」
私は確かに感情的だ。でも、海藤さんも同じタイプだとは……意外すぎる。
海藤さんが言いわけしないのをいいことに、京史さんは調子に乗ってお喋りを続けた。
「彼女ができたらどうするんだって、心配になるよ。見栄えはいいのに、感情の起伏が激しすぎて、誰も付いて来れないんじゃない? もう少し優しくならなきゃ結婚もできないよ、蓮クン」
言いたい放題の京史さんを、海藤さんはじろりと睨む。私はハラハラしつつも、どうすればいいのか分からない。
「俺は女性に声を荒げたりしない。というか、俺に怒鳴られてるのはお前だけだ」
これには京史さんも反論できず、沈黙した。ということは、図星らしい。
「そうなんですか? 京史さんが、海藤さんを怒らせてるだけで……ぷっ……」
思わず噴き出すと、海藤さんも笑った。
それを見た京史さんも、一緒になって大笑いする。
「なるほど、俺と瑤子さんは似たところがある。そう考えると、納得がいくなあ」
ひとしきり笑ったあと、海藤さんがしみじみとつぶやいた。
「瑤子さんは、京史と相性が良い。親友の俺が言うのだから、間違いないよ」
「……海藤さん」
京史さんは戸惑っている。さっきまでの言いたい放題は影を潜め、うまくコメントできないようだ。そんな彼に、海藤さんはフッと頬を緩めた。
「瑤子さん、京史を頼みます。こいつはお調子者だが、とても寂しがり屋でね。いつも傍にいて、励ましてやってください」
京史さんは何か言いたそうにするが、黙って頭を掻いた。下手な言いわけなどいらない。長い付き合いの親友だから、互いのことを誰よりもよく知っている。
そんな関係を、ふと羨ましく思った。
しばらく談笑したあと、海藤さんは契約に必要な書類を受け取り、地元へと帰った。
「あいつと次に会うのは結婚式だな」
二人きりの部屋に、京史さんの声が響く。大きな山を乗り越えたあとの、充実した気持ちが伝わってくる。
「瑤子」
「はい……えっ?」
さっきの続きと言わんばかりに、彼がキスしてきた。
強く抱きしめられて、頭のてっぺんからつま先まで、電気が走り抜ける。
「あのな、瑤子」
「は、はい」
耳元で囁かれる。私は、ある予感で胸がいっぱいになった。
「あの約束、今夜果たしてくれ」
「……」
何も言わず、頷いた。
待っていたその時が、ようやく訪れたのだ。
京史さんは、なぜここに海藤さんがいるのか説明した。つい先ほどまで、彼らは商談していたという。話し合いが長引いたため、昼食会に間に合わなかったそうだ。
「この頑固者を、やっと口説き落としたんだ。サインする段階まできて、なかなかうんと言わなくてさ。ほんと、苦労したぜ」
「大金を投じる仕事だ。本来なら、京史のほうが慎重になるべきだろう」
嶺倉水産は海藤観光ホテルの再建事業に出資することになった。かたくなに提案を受け入れなかった海藤さんだが、京史さんの事故をきっかけに、考えを改めたそうだ。
「こんなことは言いたくないが……京史が死にかけたと聞いて、俺はひどく動揺した。俺にとってお前は、その……特別な存在だと分かったのだ。だから、お前の気持ちを受け入れると決めた。後悔しないようにな」
海藤さんは照れくさいのか、少しぶっきらぼうに本音を語った。心なしか、京史さんも照れている。
「ただ、情に流されたわけじゃない。ビジネスとして、しっかり採算がとれるよう、これから話を詰めていく。最終的な判断は、それからだ」
「分かってるさ。俺だって、会社の金を無駄遣いするつもりはねえ」
男同士の友情は、どこか素直じゃない。でも、互いを思いやる心は強く感じられる。
「それにしても、京史のしつこさは尋常じゃなかった。断っても断っても、口説きに来るんだから」
海藤さんは降参のポーズをした。
「そんなにしょっちゅう、押しかけたんですか?」
私が訊くと、京史さんは当然といった表情で、
「そうだよ。地元の仲間と一緒に、手伝いも兼ねてホテルに押しかけた。はは……こいつ、俺達が行くとすげえ怒って、しまいには姿を見ただけで声を荒げたりしてな」
しつこい京史さんと、苛立つ海藤さん。その光景が、ありありと目に浮かんだ。
「大変でしたね。でも、海藤さんが声を荒げるなんて、想像できないけど」
私から見た海藤さんは、冷静かつ落ち着いた大人というイメージがある。
「何言ってるんだ。瑤子も聞いてるはずだぜ、こいつの怒鳴り声」
「えっ?」
京史さんの発言に、私は首を傾げる。
「いつですか? 私、海藤さんに怒鳴られたことなんて……」
「違う、違う。ほら、俺と見合いした日だよ。ホテルの裏口から俺と仲間が出て来た時、怒鳴り声を聞いたって言ったろ」
「……ええっ?」
――何してんだ、コラア!
もしかして、あの声?
私はてっきり、京史さんか仲間の一人が発したのだと思っていた。まさか、海藤さんがそんな……でも、言われてみれば話が繋がる。
海藤さんを見ると、ばつが悪そうに目を伏せてしまった。
「こいつ、朝市を手伝ってる俺達を見つけて、追い出したんだ。だから前にも言ったろ? 蓮は案外感情的で、分かりやすいやつなんだよ。そんなところは瑤子そっくり!」
「は、はあ……」
私は確かに感情的だ。でも、海藤さんも同じタイプだとは……意外すぎる。
海藤さんが言いわけしないのをいいことに、京史さんは調子に乗ってお喋りを続けた。
「彼女ができたらどうするんだって、心配になるよ。見栄えはいいのに、感情の起伏が激しすぎて、誰も付いて来れないんじゃない? もう少し優しくならなきゃ結婚もできないよ、蓮クン」
言いたい放題の京史さんを、海藤さんはじろりと睨む。私はハラハラしつつも、どうすればいいのか分からない。
「俺は女性に声を荒げたりしない。というか、俺に怒鳴られてるのはお前だけだ」
これには京史さんも反論できず、沈黙した。ということは、図星らしい。
「そうなんですか? 京史さんが、海藤さんを怒らせてるだけで……ぷっ……」
思わず噴き出すと、海藤さんも笑った。
それを見た京史さんも、一緒になって大笑いする。
「なるほど、俺と瑤子さんは似たところがある。そう考えると、納得がいくなあ」
ひとしきり笑ったあと、海藤さんがしみじみとつぶやいた。
「瑤子さんは、京史と相性が良い。親友の俺が言うのだから、間違いないよ」
「……海藤さん」
京史さんは戸惑っている。さっきまでの言いたい放題は影を潜め、うまくコメントできないようだ。そんな彼に、海藤さんはフッと頬を緩めた。
「瑤子さん、京史を頼みます。こいつはお調子者だが、とても寂しがり屋でね。いつも傍にいて、励ましてやってください」
京史さんは何か言いたそうにするが、黙って頭を掻いた。下手な言いわけなどいらない。長い付き合いの親友だから、互いのことを誰よりもよく知っている。
そんな関係を、ふと羨ましく思った。
しばらく談笑したあと、海藤さんは契約に必要な書類を受け取り、地元へと帰った。
「あいつと次に会うのは結婚式だな」
二人きりの部屋に、京史さんの声が響く。大きな山を乗り越えたあとの、充実した気持ちが伝わってくる。
「瑤子」
「はい……えっ?」
さっきの続きと言わんばかりに、彼がキスしてきた。
強く抱きしめられて、頭のてっぺんからつま先まで、電気が走り抜ける。
「あのな、瑤子」
「は、はい」
耳元で囁かれる。私は、ある予感で胸がいっぱいになった。
「あの約束、今夜果たしてくれ」
「……」
何も言わず、頷いた。
待っていたその時が、ようやく訪れたのだ。
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