ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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二人目の求婚者

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 海藤観光ホテルは、ロビーも昭和の造りだった。
 シャンデリアの照明はやや薄暗く、敷き詰められた絨毯はところどころ色が剥げている。日光を取り込む大きな窓は、サッシが錆びていた。
 だが、内装から調度品まで決して安い造りではなく、往時の立派さが窺える。
 団体旅行や観光ブームに沸いた時代は、さぞ賑やかだったに違いない。
 
 同じ観光地にあっても、ホテルの状況は様々なのだ。

 そんな感想を抱くと同時に、先日の見合い会場だったコーラルホワイトホテルと、つい比べてしまう。
 あまりじろじろ見ては失礼だと思い、私は何となく目を伏せた。

「おや、京史さん。こんな時間にいらっしゃるとは、お珍しいですね。社長とお約束ですか。それとも、まさかまたお手伝いに?」
 フロントの手前で、スーツに蝶ネクタイの男性が声をかけてきた。50代くらいの、白髪まじりの紳士である。
 嶺倉さんは軽く手を上げ、彼と向き合う。
「やあ、支配人。れん……社長と約束はしてないけど、今日はちょっと、デートのついでに寄ってみたんだ」
「えっ、デート……ですか」

 支配人と呼ばれた男性は、私を見て目をぱちくりとさせる。
「先日、お見合いをされたとお聞きしましたが。もしや、この方が」
「そういうこと。だから、あいつに紹介したいと思ってさ」
 あいつというのは社長――ホテルの経営者だ。つまり、その人が嶺倉さんの親友である。
「なるほど、あなたもついにご結婚ですか。これで嶺倉水産も安泰ですな。いや、お羨ましい……」
 支配人は私と嶺倉さんを交互に眺め、なぜかため息をついた。
 私は状況が飲み込めず、そわそわする。

「社長は今どこにいる? 忙しいなら、手が空くまで待つよ」
「ええと、先ほどまでフロントにいたのですが……おそらく今は事務室でしょう。お呼びしますので、少々お待ちください」
「急がなくていいよ。あいつ、仕事のじゃますると怒るからな」
「大丈夫です。本日は特別なご用件ですし、怒りやしません」
 支配人は私ににこりと笑いかけ、フロントの中へ入って行く。
 私と嶺倉さんはロビーの椅子に座り、社長を待つことになった。

「ここに来ること、社長さんに連絡されなかったんですか」
「うん。そんなこと言ったら、逃げられるもん」
 どういうことだろう。私は首を傾げる。
「逃げられるって……まるで、避けられてるみたいな」
「俺がうるさいこと言うから、うっとうしいんだってさ。でも、今日は君が一緒だし、素直に会ってくれるだろ」
 一体、二人はどういう関係なのか。嶺倉さんは親友だというが、本当だろうか。

「ところで、さっき支配人に『まさかまたお手伝いに?』と、言われてましたよね。嶺倉さん、このホテルで何かお手伝いされてるんですか?」
 私が訊くと、彼は「ほう」と声を上げる。
「さっすが、瑤子さん。いいところに気が付くね」
「はあ?」
 ますますわけが分からない。詳しく訊こうとすると――
「嶺倉さん、こんばんは。先週はありがとうございます。助かりました」
 一人の従業員が、嶺倉さんに会釈して通り過ぎて行く。私はふと、その服装に目を留めた。

「あっ、あのアロハシャツ、この前嶺倉さんが着ていたのと同じ?」
 そういえば、このホテルの制服はアロハシャツである。支配人はスーツだが、他のスタッフは皆、同じ柄のシャツにパンツという軽装だ。
「俺、時々仲間と一緒に、ホテルの仕事を手伝ってるんだよね」
「じゃあ、お見合いの日も仕事を手伝ってたから、アロハシャツ姿だったんですね」
「そうだよ。あん時はロビーで朝市をやってたし、忙しそうだったからさ」

 手伝いというからには無料奉仕だろう。なぜそんなことを?
 目で問う私に、嶺倉さんは複雑そうに笑う。
「いろいろと事情があってね。それに、俺も仲間達も、あいつの友達だから……」
 その時、背後から足音が聞こえた。
 振り向くと、一人の男性が勢いよく近付いて来る。アロハではなく、スーツ姿だ。

「よう、蓮!」
 嶺倉さんが軽い調子で声をかけた。

(あの人がホテルの社長で、嶺倉さんの親友の……)

 黒髪を後ろに流し、眼鏡をかけている。長身で、すらりとしたスタイル。知的で、ちょっとクールな雰囲気だが、嶺倉さんに負けず劣らずハンサムな男性だ。
 彼は少し不機嫌に見える。約束もなく訪れた友人を、やはり怒っているようだ。

(挨拶しなきゃ)

 私は慌てて椅子を立つ。
 すると、彼の表情が少し和らぐのが分かった。

「蓮、仕事中に悪いな」
「京史、来るなら来ると連絡しないか。まったく、お前はいつも勝手なことばかり」
「まあそう言うなって」
 彼が目の前に来ると嶺倉さんも椅子を立ち、私を引き寄せて紹介した。
「彼女は北見瑤子さん。結婚を前提に、お付き合いしている女性だ」
「ああ、さっき支配人から聞いた。先週見合いしたという……」
 彼は私に向き合い、右手を差し出した。

「はじめまして、北見さん。私は当ホテルの社長を務める海藤蓮といいます」
「はじめまして。よろしくお願いします」
 手を握り返し、握手する。彼の手のひらはスマートな外見に似合わず、男らしくしっかりした感触だ。この意外性は、嶺倉さんに共通している。
「え、あの……?」
 海藤さんはなぜか手を離さず、私の顔をじっと見つめてくる。
 奥二重の涼しげな目は、怜悧な魅力があった。

「おい、いつまでやってるんだ」
 数秒後、嶺倉さんが海藤さんの手首を掴み、無理やり離させた。
 海藤さんはハッとして、気まずそうな表情を浮かべる。
「すまない。北見さんがあまりにも美しい女性なので、つい見惚れてしまった」
「何だって?」
 嶺倉さんが一瞬、気色ばんだ。私はひやひやしながらも、クールな美形男子が発した言葉に、思わず知らず鼓動が速くなる。

「俺の前で、堂々と何言ってるんだ。お前らしくもない」
「ああ、そうだな……すまん。北見さんも、失礼しました」
 紳士的な態度で詫びられ、私は恐縮する。
 確かに、礼儀正しく真面目そうな海藤さんから、あんなセリフが出てくるとは予想外だ。しかも、嶺倉さんが隣にいるのに。

(私のことを、美しいだなんて……)

 嶺倉さんと同じく、ちょっと変わった感性の持ち主なのかもしれない。
 でも、悪い人では無さそうだ。
 スーツの似合う大人の男性といった彼は、どちらかといえば好感が持てる。
 

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