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二人目の求婚者
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嶺倉さんは慌てた様子で、犬神さんの話を遮った。
「おや、いいではないですか。京史さんは何ひとつ悪くありませんでしょう。勝手に押しかけられて迷惑だと困ってらして、全員追い返されたのを、私はちゃーんと見ておりましたよ」
「そうだけど、女の話はやめてくれよ。その……瑤子さんが、やきもちやいちゃうからさ」
嶺倉さんはちらりと私を見て、てへへと笑う。
「べ、別に、やきもちなんてやきませんっ」
私はついムキになった。
すると、犬神さんが申しわけなさそうに詫びる。
「すみません、余計なことをお喋りしてしまって。ですが瑤子さん、京史さんはおモテになりますが、女性関係は……」
「あーもう、分かったからやめて。この話題はお終い!」
嶺倉さんは強引にストップさせた。
犬神さんがばつが悪そうにするので、私はムキになったことを後悔した。
「あの、大丈夫です。犬神さん、気になさらないでください。私は嶺倉さんのことを、信じていますので」
犬神さん、そして嶺倉さんの顔がぱっと明るくなる。
「ほら、お聞きになりましたか。さすが、坊ちゃまの選んだお方です」
「だよな、おばさん。瑤子さんは最高だぜ!」
喜ぶ二人を前に、私は複雑な気分だった。
今の発言は、誤魔化しだ。
嶺倉さんを信じたいのは山々だが……私は盲目的に恋愛できる女ではない。
融通が利かず、そんな自分を持て余している。
「さてと、ご馳走さま。瑤子さん、少し腹ごなししようぜ」
「えっ?」
きょとんとする私に、嶺倉さんは笑いかける。
「絶景スポットがあるんだ。案内するよ」
嶺倉さんに手を取られ、ダイニングルームをあとにした。
嶺倉さんの案内で、別荘周辺を散策した。林に囲まれた細い坂道を上り切ると、視界が急に開けた。
「すごい、きれい……! 意外と海に近かったんですね」
「ああ。遠くまでよく見えるだろ」
ここは、自然の展望台。
山のふもとや街、その向こうに太平洋が横たわる、素晴らしい眺望だった。
「夜中に独りでここに来て、ぼーっとするんだ。海の真ん中で、船の上から眺める星空と同じさ。怖いくらいに、輝いている」
「そうなんですか」
二人ともしばし黙って、景色を見つめる。
私は輝く星々を想像し、その下に佇む彼の姿を思った。
(独りで、星を見ていた……この人が)
避暑地にまで押しかける女性達がいたと、犬神さんが言っていた。
その中に、本命の彼女はいなかったのだろうか。
本当は、嶺倉さんがその人を別荘に招き、その人と星を見たのでは?
嶺倉さんはこれまで、どんな恋愛をしてきたのだろう。
私に対するのと同じように、他の女性を口説いて恋人になったのかな。
私は頭を振り、次々と浮かぶ妄想を払った。
嶺倉さんのことを知りたいという気持ちが、急激に高まっている。
でも、過去の女性関係を探っても仕方ない。
知りたいのは、現在の状況についてだ。
(よし、今が絶好のチャンスだ。訊こう)
確かめるなら今しかない。意を決して、嶺倉さんと向き合おうとする。
だが私よりも先に、彼がこちらをのぞき込み、迫っていた。
「えっ? あの……嶺倉さん?」
「瑤子さん」
いつの間にか、距離を詰められていた。ものすごく真剣な顔。
私の肩に腕を回し、強く抱き寄せる。
「ままっ、待ってください。何を……」
抵抗しようとするが、彼の腕はびくともしない。
完全に捉えられてしまった。
「別荘に女性を連れて来たのも、この場所を教えたのも、君が初めてだ」
「は……」
私の邪推を打ち破るような告白だ。この人は、私の心が読めるのだろうか。
「結婚したいと思ったのも、君が初めてだよ」
「そ、そんな……どうしてですか。嶺倉さんほどモテる人が、そんなわけ……」
顔を逸らそうとするが、顎を支えられてしまう。
「嶺倉さん、あの……近すぎます。もう少し離れてくださ……」
「好きだよ」
「……!」
唇を塞がれた。全身をよじって逃れようとするが、無駄だった。
彼の腕の中で、私は思わぬほどすぐに陥落し、柔らかくも強引な熱情を受け入れる。
「……ん」
数秒後、ようやく解放されたが、またすぐに襲われる。
どれだけ貪っても飽き足らぬように、彼は長く長く、口付けを求めた。
そよ風が吹き抜け、それは潮の香りがした。
「瑤子さん」
キスを解くと同時に、ぎゅっと抱きしめてくる。
燃えるように熱い身体から、彼のすべてが伝わる気がした。もう、何も訊かなくていい。これが俺のすべてだと、融通の利かない私を説得するように。
信じ切れていないのを、本当は見抜いているのだ。
厚い胸板に身を任せ、大人しくする私に彼は囁く。耳元にかかる息に、ドキドキする。
「約束どおり、結婚するまでセックスは我慢する。でも、キスはさせてくれ。こうして、強く抱きしめるのも」
「……」
欲望を必死で制御する彼の声は、上ずっている。
私は瞼を閉じて、返事の代わりにそっと抱きしめ返した。
「瑤子さん?」
「ずるいですよ。そういうことは、キスする前に言ってください」
「あ……そ、そうか。悪い」
素直に謝られ、思わずぷっと吹き出した。
嶺倉さんは身体を離して私を見ると、困ったように笑う。
「まいったな。はは……でも、ありがとう」
眩しそうに私を見つめ、もう一度唇を重ねる。今度は優しく、労わるような触れ方だった。
またしても確かめられなかったあの疑惑。
彼の愛情を受けながら、私はもう、確かめられないと思った。
「おや、いいではないですか。京史さんは何ひとつ悪くありませんでしょう。勝手に押しかけられて迷惑だと困ってらして、全員追い返されたのを、私はちゃーんと見ておりましたよ」
「そうだけど、女の話はやめてくれよ。その……瑤子さんが、やきもちやいちゃうからさ」
嶺倉さんはちらりと私を見て、てへへと笑う。
「べ、別に、やきもちなんてやきませんっ」
私はついムキになった。
すると、犬神さんが申しわけなさそうに詫びる。
「すみません、余計なことをお喋りしてしまって。ですが瑤子さん、京史さんはおモテになりますが、女性関係は……」
「あーもう、分かったからやめて。この話題はお終い!」
嶺倉さんは強引にストップさせた。
犬神さんがばつが悪そうにするので、私はムキになったことを後悔した。
「あの、大丈夫です。犬神さん、気になさらないでください。私は嶺倉さんのことを、信じていますので」
犬神さん、そして嶺倉さんの顔がぱっと明るくなる。
「ほら、お聞きになりましたか。さすが、坊ちゃまの選んだお方です」
「だよな、おばさん。瑤子さんは最高だぜ!」
喜ぶ二人を前に、私は複雑な気分だった。
今の発言は、誤魔化しだ。
嶺倉さんを信じたいのは山々だが……私は盲目的に恋愛できる女ではない。
融通が利かず、そんな自分を持て余している。
「さてと、ご馳走さま。瑤子さん、少し腹ごなししようぜ」
「えっ?」
きょとんとする私に、嶺倉さんは笑いかける。
「絶景スポットがあるんだ。案内するよ」
嶺倉さんに手を取られ、ダイニングルームをあとにした。
嶺倉さんの案内で、別荘周辺を散策した。林に囲まれた細い坂道を上り切ると、視界が急に開けた。
「すごい、きれい……! 意外と海に近かったんですね」
「ああ。遠くまでよく見えるだろ」
ここは、自然の展望台。
山のふもとや街、その向こうに太平洋が横たわる、素晴らしい眺望だった。
「夜中に独りでここに来て、ぼーっとするんだ。海の真ん中で、船の上から眺める星空と同じさ。怖いくらいに、輝いている」
「そうなんですか」
二人ともしばし黙って、景色を見つめる。
私は輝く星々を想像し、その下に佇む彼の姿を思った。
(独りで、星を見ていた……この人が)
避暑地にまで押しかける女性達がいたと、犬神さんが言っていた。
その中に、本命の彼女はいなかったのだろうか。
本当は、嶺倉さんがその人を別荘に招き、その人と星を見たのでは?
嶺倉さんはこれまで、どんな恋愛をしてきたのだろう。
私に対するのと同じように、他の女性を口説いて恋人になったのかな。
私は頭を振り、次々と浮かぶ妄想を払った。
嶺倉さんのことを知りたいという気持ちが、急激に高まっている。
でも、過去の女性関係を探っても仕方ない。
知りたいのは、現在の状況についてだ。
(よし、今が絶好のチャンスだ。訊こう)
確かめるなら今しかない。意を決して、嶺倉さんと向き合おうとする。
だが私よりも先に、彼がこちらをのぞき込み、迫っていた。
「えっ? あの……嶺倉さん?」
「瑤子さん」
いつの間にか、距離を詰められていた。ものすごく真剣な顔。
私の肩に腕を回し、強く抱き寄せる。
「ままっ、待ってください。何を……」
抵抗しようとするが、彼の腕はびくともしない。
完全に捉えられてしまった。
「別荘に女性を連れて来たのも、この場所を教えたのも、君が初めてだ」
「は……」
私の邪推を打ち破るような告白だ。この人は、私の心が読めるのだろうか。
「結婚したいと思ったのも、君が初めてだよ」
「そ、そんな……どうしてですか。嶺倉さんほどモテる人が、そんなわけ……」
顔を逸らそうとするが、顎を支えられてしまう。
「嶺倉さん、あの……近すぎます。もう少し離れてくださ……」
「好きだよ」
「……!」
唇を塞がれた。全身をよじって逃れようとするが、無駄だった。
彼の腕の中で、私は思わぬほどすぐに陥落し、柔らかくも強引な熱情を受け入れる。
「……ん」
数秒後、ようやく解放されたが、またすぐに襲われる。
どれだけ貪っても飽き足らぬように、彼は長く長く、口付けを求めた。
そよ風が吹き抜け、それは潮の香りがした。
「瑤子さん」
キスを解くと同時に、ぎゅっと抱きしめてくる。
燃えるように熱い身体から、彼のすべてが伝わる気がした。もう、何も訊かなくていい。これが俺のすべてだと、融通の利かない私を説得するように。
信じ切れていないのを、本当は見抜いているのだ。
厚い胸板に身を任せ、大人しくする私に彼は囁く。耳元にかかる息に、ドキドキする。
「約束どおり、結婚するまでセックスは我慢する。でも、キスはさせてくれ。こうして、強く抱きしめるのも」
「……」
欲望を必死で制御する彼の声は、上ずっている。
私は瞼を閉じて、返事の代わりにそっと抱きしめ返した。
「瑤子さん?」
「ずるいですよ。そういうことは、キスする前に言ってください」
「あ……そ、そうか。悪い」
素直に謝られ、思わずぷっと吹き出した。
嶺倉さんは身体を離して私を見ると、困ったように笑う。
「まいったな。はは……でも、ありがとう」
眩しそうに私を見つめ、もう一度唇を重ねる。今度は優しく、労わるような触れ方だった。
またしても確かめられなかったあの疑惑。
彼の愛情を受けながら、私はもう、確かめられないと思った。
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