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永遠
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竹宮画廊はシャッターが下りていた。
「あれっ、そういえば休みだったか」
秀一さんは休業の貼紙を見て唇を噛んだ。
「ごめん。無駄足させたね」
「ううん。今度また、一緒に来ましょう」
秀一さんは笑みを浮かべると、再び私の手を取り歩道へと戻った。
「それにしても盆休みをとるなんて珍しい。今年は特別な用事でもあるのかな」
「いつもと違うんですか?」
「うん。しかし妙な感じだ。お喋りな道彦さんなのに、僕に話さなかった」
不思議そうにするが答えは見つからないようだ。
「まあ、いいか。少し早いけど、今日は帰ろう」
駅の駐車場まで来ると、秀一さんは「ちょっと待ってて」と、私に車の鍵を預け、駅ビル内に続く通路を歩いて行った。
どうしたのかなと思いつつ助手席で待っていると、彼は直に帰ってきた。買い物をしたらしく、手に紙袋を提げている。
「待たせたね。さあ、行こうか」
シートベルトを締めるとエンジンをかけ、シャツの襟元を軽く整えてから車を発進させる。
彼の一連の動作に、私はあることに気がつく。
秀一さんはこれから私の家まで送ってくれる。ということは、つまり……
「正式に挨拶に伺う時は、もっときちんとした格好で行かなきゃね」
黄昏の街を走りながら、彼は笑みを見せた。
「秀一さん」
「緊張するよ」
呟くように言うと、頬を引き締める。きれいな輪郭が際立ち、私は思わず見惚れた。
「僕は条件の良い男とは言えないから」
「えっ?」
それは私にとって意外な言葉だった。なぜそんな風に思うのだろう。
「僕は四十男で、君とひと回りも違う。ご両親からすれば複雑な相手だよ」
「あ……」
年齢のことか……と、肩から力が抜ける。
そんなの全然問題ない。さっきのマスターとのやり取りで自ら言ったように、秀一さんは年齢よりずっと若く見える。
それに、体力だって若い男性に負けないと思う。
(気にする必要なんてまったくありません)
でも、実際に口に出そうとして私は迷った。
年齢については、私が思うよりデリケートな問題かもしれない。いくら若く見えても、体力があっても、ひと回りの年の差は彼にとって気後れする要素なのだ。
だからこそ、こんなにも緊張している。
信号が黄色に変わり、車が静かに停止した。
いつの間にか松山さんの運送会社が見えるところまで来ていた。私の家もすぐ目と鼻の先だ。
「大丈夫です、秀一さん」
私は迷いを振り切り、思い切って彼に伝える。もっと自信を持って欲しい。
「父も母も、あなたを必ず気に入ります。あなたは立派で、とても素敵な、私にはもったいないくらいの人だから」
「えっ……」
秀一さんはびっくりしている。
今の言葉は嘘偽りのない私の本心だ。それくらい素晴らしい人だと思っている。
だけど、彼の目には心外の色が浮かんでいた。
信号が青に変わり、隣の車が動き始めた。秀一さんは前を向くと、黙ったままアクセルを踏んだ。
「秀一さん?」
明らかに気分を害したという顔。不穏な雰囲気が感じられて、私は動揺した。
トラックの並ぶ運送会社が車窓を過ぎる。私は動揺しながら、無意識にそのほうへ目を向けた。それはほんの一瞬のことだった。
「僕は立派でも何でもない。どうってことのない、ただの男だ。そんな言い方をされると、別の世界の人間だと突き放された気がする」
びくりと体が震えた。静かだけれど、怒っているかのように低い声。
(突き放すだなんて、そんなつもりじゃ……)
私は本当に秀一さん……先生に憧れ、尊敬もしている。自分にはもったいない人だと表現したのは、そんな気持ちからだ。
ハザードランプを点けて、秀一さんが車を停めた。あとほんの少しで私の家に着く、こんな場所で止まったことに不安を覚えた。
「言っただろう。君のことが心配だって」
「……」
顔を見合わせた。彼は怒っていない。
「頼りなくて。誰かにさらわれそうで……いつも不安で」
悲しいような、寂しいような表情を浮かべる。怒りよりも強く胸に迫る、ありのままの感情だった。
「僕はね、薫。あの青年を常に意識している。年齢も距離も、僕よりずっと近い。彼は君のそばに、当たり前のようにいられる」
その『青年』が誰なのか、私はすぐに分かることができた。
「松山さんは違います!」
今日一日、口にするのを避けていた名前だった。
秀一さんが聞きたがらないから。つまり、強く意識しているから。
「分かってる。分かってるけど、羨ましいと思ってしまうんだ。彼の若さや君との関わり。僕にはない要素が」
「そんな」
秀一さんは、私と松山さんが同じ世界にいる。私の言葉にそれが表れていると感じ、寂しい目をしたのだ。
でもそれは違う。松山さんの存在について、どうすれば分かってもらえるのだろう。
「ないものねだり……僕のわがままだ。君と一緒になる、これ以上望むことはないのに」
「秀一さん、私は……」
「僕は、君が思うほど大した男じゃない」
頑なな態度に、私は何も言えずに唇を噛む。
秀一さんと、松山さん。
二人の男性を並べれば、存在の違いは明確だ。分かっているのに納得できない心に、秀一さん自身が苦しんでいる。
「ごめん。困らせるつもりじゃなかった」
秀一さんは車を動かし、私を家に送り届けるための道に戻る。
どうすればいいのだろう。
この先ずっと、このままでいいのだろうか。
解決の糸口は見つからず、霧の中を彷徨うような不安が私を包んだ。
「あれっ、そういえば休みだったか」
秀一さんは休業の貼紙を見て唇を噛んだ。
「ごめん。無駄足させたね」
「ううん。今度また、一緒に来ましょう」
秀一さんは笑みを浮かべると、再び私の手を取り歩道へと戻った。
「それにしても盆休みをとるなんて珍しい。今年は特別な用事でもあるのかな」
「いつもと違うんですか?」
「うん。しかし妙な感じだ。お喋りな道彦さんなのに、僕に話さなかった」
不思議そうにするが答えは見つからないようだ。
「まあ、いいか。少し早いけど、今日は帰ろう」
駅の駐車場まで来ると、秀一さんは「ちょっと待ってて」と、私に車の鍵を預け、駅ビル内に続く通路を歩いて行った。
どうしたのかなと思いつつ助手席で待っていると、彼は直に帰ってきた。買い物をしたらしく、手に紙袋を提げている。
「待たせたね。さあ、行こうか」
シートベルトを締めるとエンジンをかけ、シャツの襟元を軽く整えてから車を発進させる。
彼の一連の動作に、私はあることに気がつく。
秀一さんはこれから私の家まで送ってくれる。ということは、つまり……
「正式に挨拶に伺う時は、もっときちんとした格好で行かなきゃね」
黄昏の街を走りながら、彼は笑みを見せた。
「秀一さん」
「緊張するよ」
呟くように言うと、頬を引き締める。きれいな輪郭が際立ち、私は思わず見惚れた。
「僕は条件の良い男とは言えないから」
「えっ?」
それは私にとって意外な言葉だった。なぜそんな風に思うのだろう。
「僕は四十男で、君とひと回りも違う。ご両親からすれば複雑な相手だよ」
「あ……」
年齢のことか……と、肩から力が抜ける。
そんなの全然問題ない。さっきのマスターとのやり取りで自ら言ったように、秀一さんは年齢よりずっと若く見える。
それに、体力だって若い男性に負けないと思う。
(気にする必要なんてまったくありません)
でも、実際に口に出そうとして私は迷った。
年齢については、私が思うよりデリケートな問題かもしれない。いくら若く見えても、体力があっても、ひと回りの年の差は彼にとって気後れする要素なのだ。
だからこそ、こんなにも緊張している。
信号が黄色に変わり、車が静かに停止した。
いつの間にか松山さんの運送会社が見えるところまで来ていた。私の家もすぐ目と鼻の先だ。
「大丈夫です、秀一さん」
私は迷いを振り切り、思い切って彼に伝える。もっと自信を持って欲しい。
「父も母も、あなたを必ず気に入ります。あなたは立派で、とても素敵な、私にはもったいないくらいの人だから」
「えっ……」
秀一さんはびっくりしている。
今の言葉は嘘偽りのない私の本心だ。それくらい素晴らしい人だと思っている。
だけど、彼の目には心外の色が浮かんでいた。
信号が青に変わり、隣の車が動き始めた。秀一さんは前を向くと、黙ったままアクセルを踏んだ。
「秀一さん?」
明らかに気分を害したという顔。不穏な雰囲気が感じられて、私は動揺した。
トラックの並ぶ運送会社が車窓を過ぎる。私は動揺しながら、無意識にそのほうへ目を向けた。それはほんの一瞬のことだった。
「僕は立派でも何でもない。どうってことのない、ただの男だ。そんな言い方をされると、別の世界の人間だと突き放された気がする」
びくりと体が震えた。静かだけれど、怒っているかのように低い声。
(突き放すだなんて、そんなつもりじゃ……)
私は本当に秀一さん……先生に憧れ、尊敬もしている。自分にはもったいない人だと表現したのは、そんな気持ちからだ。
ハザードランプを点けて、秀一さんが車を停めた。あとほんの少しで私の家に着く、こんな場所で止まったことに不安を覚えた。
「言っただろう。君のことが心配だって」
「……」
顔を見合わせた。彼は怒っていない。
「頼りなくて。誰かにさらわれそうで……いつも不安で」
悲しいような、寂しいような表情を浮かべる。怒りよりも強く胸に迫る、ありのままの感情だった。
「僕はね、薫。あの青年を常に意識している。年齢も距離も、僕よりずっと近い。彼は君のそばに、当たり前のようにいられる」
その『青年』が誰なのか、私はすぐに分かることができた。
「松山さんは違います!」
今日一日、口にするのを避けていた名前だった。
秀一さんが聞きたがらないから。つまり、強く意識しているから。
「分かってる。分かってるけど、羨ましいと思ってしまうんだ。彼の若さや君との関わり。僕にはない要素が」
「そんな」
秀一さんは、私と松山さんが同じ世界にいる。私の言葉にそれが表れていると感じ、寂しい目をしたのだ。
でもそれは違う。松山さんの存在について、どうすれば分かってもらえるのだろう。
「ないものねだり……僕のわがままだ。君と一緒になる、これ以上望むことはないのに」
「秀一さん、私は……」
「僕は、君が思うほど大した男じゃない」
頑なな態度に、私は何も言えずに唇を噛む。
秀一さんと、松山さん。
二人の男性を並べれば、存在の違いは明確だ。分かっているのに納得できない心に、秀一さん自身が苦しんでいる。
「ごめん。困らせるつもりじゃなかった」
秀一さんは車を動かし、私を家に送り届けるための道に戻る。
どうすればいいのだろう。
この先ずっと、このままでいいのだろうか。
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