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恋心
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早朝にも関わらず、サービスエリアは混みあっていた。
待ち合わせのカフェに入ると、先に到着した真琴とマスターが席を確保していたので、すぐに座ることができた。
「よお! おはよう、お二人さん」
「私達、早く着いちゃったの」
マスターも真琴も、ご機嫌だ。既に幸せモード全開の二人を前に、私と松山さんは顔を見合わせる。
「すげえな」
「うん、二人とも張り切ってる」
釣られるように、私達も笑った。
「コラコラ。何が可笑しいのかね、薫ちゃん」
マスターは睨む真似をするが、嬉しさを隠し切れず目尻が垂れている。私はクスクス笑いながら真琴の隣に座った。
「俺達、居なくてもいいんじゃないすか」
松山さんはマスターの隣に腰掛け、呆れ顔で言った。まったく、そのとおりである。
「何をおっしゃる、お兄さん。今日はキミ達との親睦会でもあるんだからね。みんなで仲良くしようぜ」
浮き浮きしたマスターの口調に、松山さんが苦笑する。
「でも、早めに出発して良かったねー。今日は凄く混みそう」
真琴が周りを見回しながら言う。
サービスエリアの駐車場も、道路も、車が増えつつある。特に海方面は、高速を降りてから渋滞に遭うかもしれない。
「海も混むだろうな。浜ではぐれないようにしなくちゃ」
マスターが年長者らしい口ぶりで言うと、松山さんと真琴は、申し合わせたように私に視線を向ける。
「迷子センターはチェックしておかねえと」
「あ、私も同じこと言おうと思った」
私は何も言い返せない。この二人は似たもの同士で、発想が同じなのだ。
「お前達、何てこと言うんだ。薫ちゃんは子供と違うんだぞ。なあ」
分かりきったことを改めて言われて、私はますます立つ瀬が無い。どうやらマスターも半分はからかっているようだ。
「それもそうだわ。この子はもう立派な大人なんだから。特に最近は……」
真琴はハッとして、言葉を止めた。
その不自然な仕草から、マスターと松山さんが何か察したようで、「ん?」という顔で私に注目する。
(もう~、真琴ったら!)
真琴の発言は、私と先生の関係を意味している。
それを、勘の良い松山さんに悟られるのではないかと思い、ひやひやした。
「な、何と言っても、薫は恋をしてるし~」
真琴は何とかごまかそうとして、不自然な言い方をする。マスターが身を乗り出し、私はもう、どきどきしてしょうがない。
「恋? あっ、もしかして島さんのこと? やっぱり、この前会った日のあれって、デートだったの?」
「島さんって……村上さん、あの先生と知り合いなんですか」
マスターの言葉に、松山さんが驚く。
真琴も意外そうにマスターを見ている。マスターと島先生の関係を二人とも知らないのだ。
「ああ、昔からの飲み友達だよ。ほんと、奇遇だよなあ」
マスターが私達をぐるりと見回す。人の繋がりと巡りあわせを、私も不思議に感じている。
これが縁というものなのか。
「この前、薫ちゃんと島さんが一緒にいるところを偶然見かけたんだ。いや、あの時はまさか、そんな関係だとは思いもしなかったから……」
マスターは済まなそうに眉根を寄せる。
「俺、海に行く話をダブルデートとか言っちゃって、ちょっとまずかったかな」
「えっ? いえ、そんな」
私は口ごもった。
正面に座る松山さんの眼差しが気になり、どう応えればいいのか迷ってしまう。
「でも村上さん、あの先生と薫をどんな関係だと思ったの? 恋人じゃないとしたら」
興味深そうに真琴が訊く。
そういえば、マスターにはどんな関係に見えたのだろう。私も少し気になる。
「えっ、それはそりゃ……どうだろ」
マスターは首を傾げた。
「兄妹とか、まさか親子とか?」
真琴が面白そうに口を出すが、松山さんはピクリとも表情を変えない。なぜか、怒っているようにも見える。
マスターは顎の辺りを撫でながら、しばし考えた。
「正直、ただの先生と生徒だと思った。恋人という見方はしなかったね。いや、というのも俺はさ、この間、お前たちが三人で飲んでる様子を見て、薫ちゃんはてっきり松山と……」
「違いますよ」
松山さんが、マスターの言葉を遮る。
彼の強い口調に私は緊張した。
「だって、松山。お前達二人、いい感じに見えたぞ」
「そんなわけないでしょう」
松山さんがアイスコーヒーのグラスを取り上げ、一気に飲み干す。その様子に、マスターが一瞬目をみはるのが分かった。
テーブルに気まずい雰囲気が漂う。松山さんはどうしてか俯き、黙ってしまった。
気まずくなる必要なんて無いのに――
そう思いながら、私も緊張している。緊張する必要だって全然無いのに。
「知ってるでしょう、村上さん」
松山さんは顔を上げると、急に明るい声で言った。
「薫は俺の好みじゃない。女とは思ってないです」
待ち合わせのカフェに入ると、先に到着した真琴とマスターが席を確保していたので、すぐに座ることができた。
「よお! おはよう、お二人さん」
「私達、早く着いちゃったの」
マスターも真琴も、ご機嫌だ。既に幸せモード全開の二人を前に、私と松山さんは顔を見合わせる。
「すげえな」
「うん、二人とも張り切ってる」
釣られるように、私達も笑った。
「コラコラ。何が可笑しいのかね、薫ちゃん」
マスターは睨む真似をするが、嬉しさを隠し切れず目尻が垂れている。私はクスクス笑いながら真琴の隣に座った。
「俺達、居なくてもいいんじゃないすか」
松山さんはマスターの隣に腰掛け、呆れ顔で言った。まったく、そのとおりである。
「何をおっしゃる、お兄さん。今日はキミ達との親睦会でもあるんだからね。みんなで仲良くしようぜ」
浮き浮きしたマスターの口調に、松山さんが苦笑する。
「でも、早めに出発して良かったねー。今日は凄く混みそう」
真琴が周りを見回しながら言う。
サービスエリアの駐車場も、道路も、車が増えつつある。特に海方面は、高速を降りてから渋滞に遭うかもしれない。
「海も混むだろうな。浜ではぐれないようにしなくちゃ」
マスターが年長者らしい口ぶりで言うと、松山さんと真琴は、申し合わせたように私に視線を向ける。
「迷子センターはチェックしておかねえと」
「あ、私も同じこと言おうと思った」
私は何も言い返せない。この二人は似たもの同士で、発想が同じなのだ。
「お前達、何てこと言うんだ。薫ちゃんは子供と違うんだぞ。なあ」
分かりきったことを改めて言われて、私はますます立つ瀬が無い。どうやらマスターも半分はからかっているようだ。
「それもそうだわ。この子はもう立派な大人なんだから。特に最近は……」
真琴はハッとして、言葉を止めた。
その不自然な仕草から、マスターと松山さんが何か察したようで、「ん?」という顔で私に注目する。
(もう~、真琴ったら!)
真琴の発言は、私と先生の関係を意味している。
それを、勘の良い松山さんに悟られるのではないかと思い、ひやひやした。
「な、何と言っても、薫は恋をしてるし~」
真琴は何とかごまかそうとして、不自然な言い方をする。マスターが身を乗り出し、私はもう、どきどきしてしょうがない。
「恋? あっ、もしかして島さんのこと? やっぱり、この前会った日のあれって、デートだったの?」
「島さんって……村上さん、あの先生と知り合いなんですか」
マスターの言葉に、松山さんが驚く。
真琴も意外そうにマスターを見ている。マスターと島先生の関係を二人とも知らないのだ。
「ああ、昔からの飲み友達だよ。ほんと、奇遇だよなあ」
マスターが私達をぐるりと見回す。人の繋がりと巡りあわせを、私も不思議に感じている。
これが縁というものなのか。
「この前、薫ちゃんと島さんが一緒にいるところを偶然見かけたんだ。いや、あの時はまさか、そんな関係だとは思いもしなかったから……」
マスターは済まなそうに眉根を寄せる。
「俺、海に行く話をダブルデートとか言っちゃって、ちょっとまずかったかな」
「えっ? いえ、そんな」
私は口ごもった。
正面に座る松山さんの眼差しが気になり、どう応えればいいのか迷ってしまう。
「でも村上さん、あの先生と薫をどんな関係だと思ったの? 恋人じゃないとしたら」
興味深そうに真琴が訊く。
そういえば、マスターにはどんな関係に見えたのだろう。私も少し気になる。
「えっ、それはそりゃ……どうだろ」
マスターは首を傾げた。
「兄妹とか、まさか親子とか?」
真琴が面白そうに口を出すが、松山さんはピクリとも表情を変えない。なぜか、怒っているようにも見える。
マスターは顎の辺りを撫でながら、しばし考えた。
「正直、ただの先生と生徒だと思った。恋人という見方はしなかったね。いや、というのも俺はさ、この間、お前たちが三人で飲んでる様子を見て、薫ちゃんはてっきり松山と……」
「違いますよ」
松山さんが、マスターの言葉を遮る。
彼の強い口調に私は緊張した。
「だって、松山。お前達二人、いい感じに見えたぞ」
「そんなわけないでしょう」
松山さんがアイスコーヒーのグラスを取り上げ、一気に飲み干す。その様子に、マスターが一瞬目をみはるのが分かった。
テーブルに気まずい雰囲気が漂う。松山さんはどうしてか俯き、黙ってしまった。
気まずくなる必要なんて無いのに――
そう思いながら、私も緊張している。緊張する必要だって全然無いのに。
「知ってるでしょう、村上さん」
松山さんは顔を上げると、急に明るい声で言った。
「薫は俺の好みじゃない。女とは思ってないです」
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