東野君の特別

藤谷 郁

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マイホームタウン

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「あの日は朝から滅茶苦茶緊張してたんだ」
 東野君と二人、大学の正門からキャンパスへと続く緑の並木道を、ゆっくりと歩いた。
 初めて彼と過ごした、あの春の日を思い出す。
「いや、とにかくもう、あの頃はそわそわして、バカみたいに落ち着かなかった」
「そ、そうなんだ」

 あの春の日。
 東野君は、入学したばかりの私を連れて、キャンパスを案内してくれた。私はどきどきして、ひと目惚れした彼の隣を歩いているのが信じられなくて、夢の中にいるようだった。

「君と出会ってから、俺はもうすぐにでも告白して、付き合いたいなんて考えてたな。それまで女の子には全く無頓着で、のん気なものだったのに」
 私を電話で誘った時も、東野珈琲店で待ち合わせていた時も、ずっと緊張していたと言う。すごく明るく爽やかで、全くそんなこと感じさせなかったのに。

 立派な学舎が近付いて来る。
 高校の校舎とは随分違うのだなと、大学ってすごいなあと見上げていたあの頃。

「この街に生まれて良かった。君がこの街に来てくれて、出会えて良かったと、誰にともなく感謝して、これが恋なのかって、自分自身の変わりように驚いたよ」
「うん、私も」
 立ち止まり、見つめ合う。
 彼の気持ちは、そっくりそのまま私の気持ちでもあった。
 私達は同じ想いを抱き、慣れない舵取りに戸惑いながら出港したのだ。



 競技場グラウンドの、フェンスの前まで辿り着いた。
 あの日と同じ、どこのクラブも練習していない。
 人気のない静かな林を背にしている。
「最高潮に、上がってた」
 東野君はフェンスに片手でもたれ、私のほうへと身体を向ける。
 やっぱり、どきっとしてしまう。何度でも私は、彼にこんなふうにさせられる。頬が紅潮し、鼓動がリズムを速めていく。

「俺の特別になってほしい」
「東野君……」
 二つ年上の彼はいつだって私より大人だけれど、今はもっともっと大人になっている。
「佐奈は、こうした」
 フェンスを離れ私に近付くと、両手を取り、紅くなった頬をぱちんと挟ませた。
「え……」
「こうして、頷いてくれたよ」

 そうだった。彼の告白を受けて、私は「はい」と、頷いたのだ。
「忘れたのか?」
 呆れる声に、私は慌てて上を向く。
「違う違う、憶えてる。突然だから、わからなくって」
 笑みが零れ、だけどすぐに真顔になって口付けた。

 誰もいないけれど、鳥の鳴き声しか聞こえないけれど、焦ってしまう。東野君は、この頃本当に大胆で、情熱的で――
 気圧され、反射的に身を硬くする私を逃さないよう、頬を包んだまま、数秒間動かずにいた。
 逃げるわけない。
 分かっているはずなのに、それでも強く、引き寄せてくれる。

「忘れない。天にも昇るようなあの瞬間、君は俺の特別になった」
「うん……」
 熱い囁きに、どきどきが止まらない。
 初めての、ひとつひとつの瞬間を思い出させ、それよりも尚強い気持ちを確かめている。
「佐奈」
 呼ぶ声に、泣きそうになる。
 こうして、いつでも優しく呼んでくれる。怒っていても、笑っていても、どんな時でも私を信じて愛してくれるこの人と、これからも一緒に歩いて行けますように。

「あずまの……くん」
「行こう」

 手を繋ぎ、漕ぎ出すのは二人の船。
 始まりの日も、始まりの場所も、大切な故郷の港なのだと実感する。
 それは心のホームポート。
 これからの未来に、何があろうとも変わらない真実。
 初めての気持ちを忘れないで――


 私は、東野君の特別。











 <完>
  
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