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嫉妬
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エレベーターを降りてから時計を見ると、午後2時ちょうどだった。
みのりさんはメールで約束した店の前で待っていた。
初めて訪れる高層ビルのレストラン街をキョロキョロしながら歩く私を見つけると、手を振って合図してくれた。
「佐奈ちゃん」
親しみのこもった明るい呼びかけにホッとする。メールの文面から受けた切羽詰ったものは感じられず、あの海で出会ったそのままのみのりさんだった。
駆け寄る私を、穏やかな優しい雰囲気で迎えてくれた。
「突然ごめんね」
「いえ、大丈夫です。ちょうど、予定も無かったから」
そう、今日は8月4日の水曜日。
東野君の図書館への誘いを断った日であり、ぽっかりと開いた一日だった。
それに、どうせ家に居ても暑くてゴロゴロ寝てるだけだろう。悶々として、何も手につかず……
「このお店ね、パフェの種類が豊富で美味しいって情報誌に載ってたの。佐奈ちゃんも好きだと思って」
「そうなんですか? 嬉しいです」
みのりさんと私は味覚が同じなのか、好みが一致している。ショーケースに並ぶカラフルなフルーツパフェ、アイスクリーム、デザートの数々が盛られたグラスに、自然に顔が綻んだ。
「ふふっ」
みのりさんは微笑むと、私を観察するみたいに眺めた。
「似合うね、そのスカート」
「え? あ、はは……そうですか?」
今日のボトムは、シャーベットカラーのミニスカートだった。
東野君とのデートにと夏の初めに用意しておいたのだけど、なんとなく短すぎる気がして、タンスに吊るしっぱなしになっていた。
リボンベルトがついたデザインは女の子らしく、気に入ってはいるのだが、彼と並んで座ったりすると、太腿をまともに見られてしまう。
服を選ぶときはあれこれ考えなきゃいけないなと、この頃は買い物も慎重になっている。
それはもちろん、東野君の目を意識してのことで、男の子と付き合ったことの無い以前の私だったら、何も考えずに適当な服を選んだだろう。
今日は女の人と会うのだし、その点は自由に好きな洋服を着られるから嬉しい。似合うと言ってもらえて、益々嬉しくなってしまう。
「髪型も涼しそう~。今日はシュシュで結んでるんだね」
「あ、はい。ちょっと、お洒落してきました」
「スカートの色と好相性だし、私もそうすればよかったなァ」
みのりさんは、ひとつのお団子にまとめた私のヘアスタイルを覗き込んで、深いため息を漏らした。
「みのりさんのほうが素敵ですよ」
海ではアップにしていたので気付かなかったが、彼女の髪はかなり長く、くるんとカールした毛先が背中の中ほどにまで届いている。
「でも、街を歩いてると、やっぱり暑くって」
裾に小花を散らしたマキシ丈ワンピースにレースのジレを羽織り、全体的に大人っぽく上品で、彼女らしいスタイルだった。
こうして比べると、私とみのりさんは似ているけれど、服装ひとつ取ってもやはり全く同じではなく、彼女のほうがかなり女らしいと思う。
ブラウスシャツにミニスカートの自分を眺め下ろして、実感している。似ていても、全く同じだなんて、有り得ないのだ。
「それじゃ、そろそろ入ろうか。ごめんね、ついついファッションチェックしちゃって」
みのりさんは肩を竦めながら “フルーツステーション” と、お店の名前がシール貼りされているガラスドアを開けた。
店内は意外に奥行きがあり、フロアが広く晴れ晴れとしている。12階に位置するだけあって、ガラス張りの窓から街を一望できる為だろうか。
店員に案内されて、窓際の眺めの良い席に座ることが出来た。割りと混んでいるのだが、ちょうどテーブルが空いたらしく、ラッキーだった。
「きゃ~、いっぱい種類があるよ。どれにする、どれにする?」
ラタンのテーブルに向かい合うと、みのりさんは早速メニューを手に取り、私にも見えるように大きく広げた。
「あ、本当だ。すごいですね」
いろんな種類のフルーツパフェが美味しそうに並んでいる。このお店はフルーツパーラーであり、果物を使ったデザートメニューが豊富なのだ。
「桃、メロン、バナナ、洋ナシ、あ、いちじくまであるよ、佐奈ちゃん」
「迷っちゃいますね。どうしよう」
ふたりで ああでもないこうでもないと選びに選んで、結局ミックスフルーツパフェにしようと意見が合い、同じものを頼んだ。
「鳥羽でも、二人でチョコパフェだったね」
みのりさんが可笑しそうに言うのに私もぷっと吹き出した。
「そうですね、そういえば」
美味しそうなデザートを前に子供のようにはしゃいでしまうところが、互いに可笑しかった。
ひとしきり笑い合うと、私達は初めて正面から見つめ合った。女の子同士の楽しいお喋りに未練はあるが、それが目的ではないのをよく分かっている。
今日ここに来たのは、ファッションを見せ合うためでも、パフェを味わうためでもない。
みのりさんは真顔になった。
「佐奈ちゃん」
「はい」
彼女は視線を横にやり、だがすぐに戻した。心なしか、瞳に映るライトが揺れて震えている。意を決し、真剣になったのだと、その余裕無い眼差しに感じている。
「突然会いたいなんて言って、驚いたと思う」
「あ、いえ」
少し動揺するが、普通に振舞った。驚いたけれど、迷惑でもないし、嫌でもない。気を遣わせたらいけないと自分を律し、そして身構えた。
「あなたに訊きたいことって言うのはね」
「はい」
胸が騒ぎ始める。
段々と分かってきた。
彼女の真剣さは、ごく最近接したばかりの感情だった。ここへきて、目の当たりにして、ようやく理解することが出来た。
だから、胸騒ぎがしたのだ。
これは、恋するひとの感情だ。一生懸命で、ひとつも余裕のない恋心をぶつけてくる、そんな予感がして、私は躊躇ったのだ。彼と同じだと、恐れたから。
符合の一致に、みのりさんと東野君の感情の繋がりを見たから、返信をためらったのだ。
みのりさんは、まっすぐにぶつかってきた。
「翔也君のこと、どう思ってる?」
「……」
嘘も誤魔化しも許さない、厳しい響きだった。
私には意味の分からない質問であり、なぜこんなにも迫ってくるのかも分からない。
だけど、みのりさんの気持ちだけは、痺れるほどに伝わってくる。早乙女さんを本気で好きだという彼女のひたむきな恋心だけは、確かに伝わってくるのだ。
みのりさんはメールで約束した店の前で待っていた。
初めて訪れる高層ビルのレストラン街をキョロキョロしながら歩く私を見つけると、手を振って合図してくれた。
「佐奈ちゃん」
親しみのこもった明るい呼びかけにホッとする。メールの文面から受けた切羽詰ったものは感じられず、あの海で出会ったそのままのみのりさんだった。
駆け寄る私を、穏やかな優しい雰囲気で迎えてくれた。
「突然ごめんね」
「いえ、大丈夫です。ちょうど、予定も無かったから」
そう、今日は8月4日の水曜日。
東野君の図書館への誘いを断った日であり、ぽっかりと開いた一日だった。
それに、どうせ家に居ても暑くてゴロゴロ寝てるだけだろう。悶々として、何も手につかず……
「このお店ね、パフェの種類が豊富で美味しいって情報誌に載ってたの。佐奈ちゃんも好きだと思って」
「そうなんですか? 嬉しいです」
みのりさんと私は味覚が同じなのか、好みが一致している。ショーケースに並ぶカラフルなフルーツパフェ、アイスクリーム、デザートの数々が盛られたグラスに、自然に顔が綻んだ。
「ふふっ」
みのりさんは微笑むと、私を観察するみたいに眺めた。
「似合うね、そのスカート」
「え? あ、はは……そうですか?」
今日のボトムは、シャーベットカラーのミニスカートだった。
東野君とのデートにと夏の初めに用意しておいたのだけど、なんとなく短すぎる気がして、タンスに吊るしっぱなしになっていた。
リボンベルトがついたデザインは女の子らしく、気に入ってはいるのだが、彼と並んで座ったりすると、太腿をまともに見られてしまう。
服を選ぶときはあれこれ考えなきゃいけないなと、この頃は買い物も慎重になっている。
それはもちろん、東野君の目を意識してのことで、男の子と付き合ったことの無い以前の私だったら、何も考えずに適当な服を選んだだろう。
今日は女の人と会うのだし、その点は自由に好きな洋服を着られるから嬉しい。似合うと言ってもらえて、益々嬉しくなってしまう。
「髪型も涼しそう~。今日はシュシュで結んでるんだね」
「あ、はい。ちょっと、お洒落してきました」
「スカートの色と好相性だし、私もそうすればよかったなァ」
みのりさんは、ひとつのお団子にまとめた私のヘアスタイルを覗き込んで、深いため息を漏らした。
「みのりさんのほうが素敵ですよ」
海ではアップにしていたので気付かなかったが、彼女の髪はかなり長く、くるんとカールした毛先が背中の中ほどにまで届いている。
「でも、街を歩いてると、やっぱり暑くって」
裾に小花を散らしたマキシ丈ワンピースにレースのジレを羽織り、全体的に大人っぽく上品で、彼女らしいスタイルだった。
こうして比べると、私とみのりさんは似ているけれど、服装ひとつ取ってもやはり全く同じではなく、彼女のほうがかなり女らしいと思う。
ブラウスシャツにミニスカートの自分を眺め下ろして、実感している。似ていても、全く同じだなんて、有り得ないのだ。
「それじゃ、そろそろ入ろうか。ごめんね、ついついファッションチェックしちゃって」
みのりさんは肩を竦めながら “フルーツステーション” と、お店の名前がシール貼りされているガラスドアを開けた。
店内は意外に奥行きがあり、フロアが広く晴れ晴れとしている。12階に位置するだけあって、ガラス張りの窓から街を一望できる為だろうか。
店員に案内されて、窓際の眺めの良い席に座ることが出来た。割りと混んでいるのだが、ちょうどテーブルが空いたらしく、ラッキーだった。
「きゃ~、いっぱい種類があるよ。どれにする、どれにする?」
ラタンのテーブルに向かい合うと、みのりさんは早速メニューを手に取り、私にも見えるように大きく広げた。
「あ、本当だ。すごいですね」
いろんな種類のフルーツパフェが美味しそうに並んでいる。このお店はフルーツパーラーであり、果物を使ったデザートメニューが豊富なのだ。
「桃、メロン、バナナ、洋ナシ、あ、いちじくまであるよ、佐奈ちゃん」
「迷っちゃいますね。どうしよう」
ふたりで ああでもないこうでもないと選びに選んで、結局ミックスフルーツパフェにしようと意見が合い、同じものを頼んだ。
「鳥羽でも、二人でチョコパフェだったね」
みのりさんが可笑しそうに言うのに私もぷっと吹き出した。
「そうですね、そういえば」
美味しそうなデザートを前に子供のようにはしゃいでしまうところが、互いに可笑しかった。
ひとしきり笑い合うと、私達は初めて正面から見つめ合った。女の子同士の楽しいお喋りに未練はあるが、それが目的ではないのをよく分かっている。
今日ここに来たのは、ファッションを見せ合うためでも、パフェを味わうためでもない。
みのりさんは真顔になった。
「佐奈ちゃん」
「はい」
彼女は視線を横にやり、だがすぐに戻した。心なしか、瞳に映るライトが揺れて震えている。意を決し、真剣になったのだと、その余裕無い眼差しに感じている。
「突然会いたいなんて言って、驚いたと思う」
「あ、いえ」
少し動揺するが、普通に振舞った。驚いたけれど、迷惑でもないし、嫌でもない。気を遣わせたらいけないと自分を律し、そして身構えた。
「あなたに訊きたいことって言うのはね」
「はい」
胸が騒ぎ始める。
段々と分かってきた。
彼女の真剣さは、ごく最近接したばかりの感情だった。ここへきて、目の当たりにして、ようやく理解することが出来た。
だから、胸騒ぎがしたのだ。
これは、恋するひとの感情だ。一生懸命で、ひとつも余裕のない恋心をぶつけてくる、そんな予感がして、私は躊躇ったのだ。彼と同じだと、恐れたから。
符合の一致に、みのりさんと東野君の感情の繋がりを見たから、返信をためらったのだ。
みのりさんは、まっすぐにぶつかってきた。
「翔也君のこと、どう思ってる?」
「……」
嘘も誤魔化しも許さない、厳しい響きだった。
私には意味の分からない質問であり、なぜこんなにも迫ってくるのかも分からない。
だけど、みのりさんの気持ちだけは、痺れるほどに伝わってくる。早乙女さんを本気で好きだという彼女のひたむきな恋心だけは、確かに伝わってくるのだ。
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