41 / 80
ジレンマ
7
しおりを挟む
「俺は、自分を持て余してる」
「もて……あます?」
「そうだ」
どういう意味なのか、考えようとした。
でも、あまりにも強い眼力が、その余裕を持たせなかった。鼓動は速くなるばかりで、何かが起きそうな予感ばかりが大きく膨らんで、今にも破裂しそうで。
「最初からそうだった。佐奈と初めて出会ったあの日から、何て言ったらいいか……」
視線はそのまま、私を捕まえたまま瞬きも忘れてしまったように動かずにいるのに、言葉を探して言いよどむ。
「自分のことなのに、上手く言えない」
大事なことだと伝わってくる。握られた手に、彼の懸命さが熱となり伝わってくる。こんな東野君は、やはり初めてだった。
「上手く言えないけど、聞いてほしい。その……佐奈が、俺のことを」
「うん」
私は頷いた。
何を言われようとも受け容れられる、この人のための容量が私の中にある。全部許せる自信を持って、目を逸らさないで、彼の言葉を聞ける。
私が、東野君のことを――
「信じ過ぎないように」
「……」
信じ過ぎないように?
信じるな、と、いうこと?
どういうことなのか分からず反応できずにいると、彼は一呼吸置いて続けた。
「俺は、求めてる。突っ走ってしまいそうなくらいに、性急に、君を求めてる。でも、大事にして、絶対に守ってあげたいのも俺なんだ」
「あ……」
眼差しの強さは、本気の表れだった。奥底の、本当の気持ちを、彼は今口にした。私に対して、彼がどう考えているのか、普段は仕舞ってある彼自身を見せてくれたのだ。
私が、東野君のことを信じ過ぎないように。
覚悟していたはずなのに、あまりにも率直でダイレクトで、衝撃が強くて、熱が出そうになる。
「分かるか?」
「う、うん」
分かりすぎるくらいに、分かってしまいました。
葛藤する心。
この人が持て余しているのは、それだった。
私の、東野君の未知の部分を垣間見たいとか、そんな好奇心めいたものではなく、もっと真剣に、切実に、この人は葛藤している。
「ごめん、こんなこと聞かされても、困るよな」
私なんかよりずっと大人で、追いつけないところにいると、勝手にそう思い込んでいた。全然余裕な東野君に、いじけてた。
睫を伏せ、彼のほうが困った顔になる。手は握りしめたまま。私に、逃げないでくれと懇願するみたいに、ぎゅっと力をこめて。
それならば、私だって本当の私を見せなくては、彼の思いを無にしてしまう。あなたに分かってほしいのに、言えずにいること。
私は、清純なんかじゃない――
「東野君」
「……うん」
「私、どっちも嬉しい」
「えっ?」
意外そうに目を丸くして、私を見る。
至近距離で、鼻先が触れそうになるくらいに、私は近付いていた。
「さ、佐奈」
うろたえている。
でも彼は引かなかった。近くで見詰めあったまま、私の答えを待っているのだ。
「求められても、守られても、東野君だから嬉しい」
「さ……」
「全部、受け容れられるの。特別だから」
「?」
あの日、あなたが言ってくれたことを忘れていない。ずっと、憶えています。
――君を好きになった
――今日から、俺の特別になってほしい
「私は、東野君の特別です」
「佐奈」
優しい瞳で、彼は笑う。
私が大好きな、ひと目で好きになった、春そのものの微笑みだった。
指を絡めて、深く繋がる。
こんな風に、私はあなたにすべてを許すことができると、伝えたかった。
「参ったな」
肩にもたれる私に、降参の声。耳に心地良く、どきどきする、男の人の声だった。
「朝も」
「え?」
東野君は絡めた指を持ち上げると、熱っぽく告白した。
「こんな風に手を触れて、君はすっかり俺に身を委ねて、安心したように寄り添っていた」
(身を委ねて……)
往きの電車での話だと、思い出した。早乙女さんと彼女が別れたという話をして、何となく不安で頼りない気持ちになって、東野君に甘えたのだ。
「う、ん。そうだったね」
またしても甘えている自分に呆れ、少し恥ずかしかった。
だけど東野君は指を解かず、私を引き寄せるようにして近づけ、彼の膝の上に乗せた。
「焦ったんだぞ」
もう一度、鼻先が触れるくらいの距離になる。
近付けたのは彼。
男の人の、強く、それでいて揺らめく眼差しが目の先にきて、呑まれてしまいそう。
「欲しい。でも、守りたい。ジレンマに苦しんで、大変だった」
私はもう何も言えず、ただ、ひとつだけ理解していた。
東野君の愛情は、親が子に与えるものとは違う。
彼にとっての私は子供ではなく、どうしようもなく女なのだと、ずっと訊きたかった答えを、囁きのなかに見つけていた。
「もて……あます?」
「そうだ」
どういう意味なのか、考えようとした。
でも、あまりにも強い眼力が、その余裕を持たせなかった。鼓動は速くなるばかりで、何かが起きそうな予感ばかりが大きく膨らんで、今にも破裂しそうで。
「最初からそうだった。佐奈と初めて出会ったあの日から、何て言ったらいいか……」
視線はそのまま、私を捕まえたまま瞬きも忘れてしまったように動かずにいるのに、言葉を探して言いよどむ。
「自分のことなのに、上手く言えない」
大事なことだと伝わってくる。握られた手に、彼の懸命さが熱となり伝わってくる。こんな東野君は、やはり初めてだった。
「上手く言えないけど、聞いてほしい。その……佐奈が、俺のことを」
「うん」
私は頷いた。
何を言われようとも受け容れられる、この人のための容量が私の中にある。全部許せる自信を持って、目を逸らさないで、彼の言葉を聞ける。
私が、東野君のことを――
「信じ過ぎないように」
「……」
信じ過ぎないように?
信じるな、と、いうこと?
どういうことなのか分からず反応できずにいると、彼は一呼吸置いて続けた。
「俺は、求めてる。突っ走ってしまいそうなくらいに、性急に、君を求めてる。でも、大事にして、絶対に守ってあげたいのも俺なんだ」
「あ……」
眼差しの強さは、本気の表れだった。奥底の、本当の気持ちを、彼は今口にした。私に対して、彼がどう考えているのか、普段は仕舞ってある彼自身を見せてくれたのだ。
私が、東野君のことを信じ過ぎないように。
覚悟していたはずなのに、あまりにも率直でダイレクトで、衝撃が強くて、熱が出そうになる。
「分かるか?」
「う、うん」
分かりすぎるくらいに、分かってしまいました。
葛藤する心。
この人が持て余しているのは、それだった。
私の、東野君の未知の部分を垣間見たいとか、そんな好奇心めいたものではなく、もっと真剣に、切実に、この人は葛藤している。
「ごめん、こんなこと聞かされても、困るよな」
私なんかよりずっと大人で、追いつけないところにいると、勝手にそう思い込んでいた。全然余裕な東野君に、いじけてた。
睫を伏せ、彼のほうが困った顔になる。手は握りしめたまま。私に、逃げないでくれと懇願するみたいに、ぎゅっと力をこめて。
それならば、私だって本当の私を見せなくては、彼の思いを無にしてしまう。あなたに分かってほしいのに、言えずにいること。
私は、清純なんかじゃない――
「東野君」
「……うん」
「私、どっちも嬉しい」
「えっ?」
意外そうに目を丸くして、私を見る。
至近距離で、鼻先が触れそうになるくらいに、私は近付いていた。
「さ、佐奈」
うろたえている。
でも彼は引かなかった。近くで見詰めあったまま、私の答えを待っているのだ。
「求められても、守られても、東野君だから嬉しい」
「さ……」
「全部、受け容れられるの。特別だから」
「?」
あの日、あなたが言ってくれたことを忘れていない。ずっと、憶えています。
――君を好きになった
――今日から、俺の特別になってほしい
「私は、東野君の特別です」
「佐奈」
優しい瞳で、彼は笑う。
私が大好きな、ひと目で好きになった、春そのものの微笑みだった。
指を絡めて、深く繋がる。
こんな風に、私はあなたにすべてを許すことができると、伝えたかった。
「参ったな」
肩にもたれる私に、降参の声。耳に心地良く、どきどきする、男の人の声だった。
「朝も」
「え?」
東野君は絡めた指を持ち上げると、熱っぽく告白した。
「こんな風に手を触れて、君はすっかり俺に身を委ねて、安心したように寄り添っていた」
(身を委ねて……)
往きの電車での話だと、思い出した。早乙女さんと彼女が別れたという話をして、何となく不安で頼りない気持ちになって、東野君に甘えたのだ。
「う、ん。そうだったね」
またしても甘えている自分に呆れ、少し恥ずかしかった。
だけど東野君は指を解かず、私を引き寄せるようにして近づけ、彼の膝の上に乗せた。
「焦ったんだぞ」
もう一度、鼻先が触れるくらいの距離になる。
近付けたのは彼。
男の人の、強く、それでいて揺らめく眼差しが目の先にきて、呑まれてしまいそう。
「欲しい。でも、守りたい。ジレンマに苦しんで、大変だった」
私はもう何も言えず、ただ、ひとつだけ理解していた。
東野君の愛情は、親が子に与えるものとは違う。
彼にとっての私は子供ではなく、どうしようもなく女なのだと、ずっと訊きたかった答えを、囁きのなかに見つけていた。
1
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
浮気の手紙で、愛は消え去ってしまったのでしょうか?
Hibah
恋愛
ラヴィアール伯爵と妻アデリーヌは幸せな生活を送っていた。しかし、ラヴィアールが公爵の娘マリアンヌと不適切な関係にあるとの噂が立ち、アデリーヌは衝撃を受ける。彼女は証拠となる手紙を見つけ、夫を問い詰めに行く。ラヴィアールは、マリアンヌのことをあくまで友人だと主張するが、アデリーヌは納得できない。その後、夫婦間には距離が生まれることになるが……?
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら
長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
神崎 ルナ
恋愛
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる