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ジレンマ
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「俺は、自分を持て余してる」
「もて……あます?」
「そうだ」
どういう意味なのか、考えようとした。
でも、あまりにも強い眼力が、その余裕を持たせなかった。鼓動は速くなるばかりで、何かが起きそうな予感ばかりが大きく膨らんで、今にも破裂しそうで。
「最初からそうだった。佐奈と初めて出会ったあの日から、何て言ったらいいか……」
視線はそのまま、私を捕まえたまま瞬きも忘れてしまったように動かずにいるのに、言葉を探して言いよどむ。
「自分のことなのに、上手く言えない」
大事なことだと伝わってくる。握られた手に、彼の懸命さが熱となり伝わってくる。こんな東野君は、やはり初めてだった。
「上手く言えないけど、聞いてほしい。その……佐奈が、俺のことを」
「うん」
私は頷いた。
何を言われようとも受け容れられる、この人のための容量が私の中にある。全部許せる自信を持って、目を逸らさないで、彼の言葉を聞ける。
私が、東野君のことを――
「信じ過ぎないように」
「……」
信じ過ぎないように?
信じるな、と、いうこと?
どういうことなのか分からず反応できずにいると、彼は一呼吸置いて続けた。
「俺は、求めてる。突っ走ってしまいそうなくらいに、性急に、君を求めてる。でも、大事にして、絶対に守ってあげたいのも俺なんだ」
「あ……」
眼差しの強さは、本気の表れだった。奥底の、本当の気持ちを、彼は今口にした。私に対して、彼がどう考えているのか、普段は仕舞ってある彼自身を見せてくれたのだ。
私が、東野君のことを信じ過ぎないように。
覚悟していたはずなのに、あまりにも率直でダイレクトで、衝撃が強くて、熱が出そうになる。
「分かるか?」
「う、うん」
分かりすぎるくらいに、分かってしまいました。
葛藤する心。
この人が持て余しているのは、それだった。
私の、東野君の未知の部分を垣間見たいとか、そんな好奇心めいたものではなく、もっと真剣に、切実に、この人は葛藤している。
「ごめん、こんなこと聞かされても、困るよな」
私なんかよりずっと大人で、追いつけないところにいると、勝手にそう思い込んでいた。全然余裕な東野君に、いじけてた。
睫を伏せ、彼のほうが困った顔になる。手は握りしめたまま。私に、逃げないでくれと懇願するみたいに、ぎゅっと力をこめて。
それならば、私だって本当の私を見せなくては、彼の思いを無にしてしまう。あなたに分かってほしいのに、言えずにいること。
私は、清純なんかじゃない――
「東野君」
「……うん」
「私、どっちも嬉しい」
「えっ?」
意外そうに目を丸くして、私を見る。
至近距離で、鼻先が触れそうになるくらいに、私は近付いていた。
「さ、佐奈」
うろたえている。
でも彼は引かなかった。近くで見詰めあったまま、私の答えを待っているのだ。
「求められても、守られても、東野君だから嬉しい」
「さ……」
「全部、受け容れられるの。特別だから」
「?」
あの日、あなたが言ってくれたことを忘れていない。ずっと、憶えています。
――君を好きになった
――今日から、俺の特別になってほしい
「私は、東野君の特別です」
「佐奈」
優しい瞳で、彼は笑う。
私が大好きな、ひと目で好きになった、春そのものの微笑みだった。
指を絡めて、深く繋がる。
こんな風に、私はあなたにすべてを許すことができると、伝えたかった。
「参ったな」
肩にもたれる私に、降参の声。耳に心地良く、どきどきする、男の人の声だった。
「朝も」
「え?」
東野君は絡めた指を持ち上げると、熱っぽく告白した。
「こんな風に手を触れて、君はすっかり俺に身を委ねて、安心したように寄り添っていた」
(身を委ねて……)
往きの電車での話だと、思い出した。早乙女さんと彼女が別れたという話をして、何となく不安で頼りない気持ちになって、東野君に甘えたのだ。
「う、ん。そうだったね」
またしても甘えている自分に呆れ、少し恥ずかしかった。
だけど東野君は指を解かず、私を引き寄せるようにして近づけ、彼の膝の上に乗せた。
「焦ったんだぞ」
もう一度、鼻先が触れるくらいの距離になる。
近付けたのは彼。
男の人の、強く、それでいて揺らめく眼差しが目の先にきて、呑まれてしまいそう。
「欲しい。でも、守りたい。ジレンマに苦しんで、大変だった」
私はもう何も言えず、ただ、ひとつだけ理解していた。
東野君の愛情は、親が子に与えるものとは違う。
彼にとっての私は子供ではなく、どうしようもなく女なのだと、ずっと訊きたかった答えを、囁きのなかに見つけていた。
「もて……あます?」
「そうだ」
どういう意味なのか、考えようとした。
でも、あまりにも強い眼力が、その余裕を持たせなかった。鼓動は速くなるばかりで、何かが起きそうな予感ばかりが大きく膨らんで、今にも破裂しそうで。
「最初からそうだった。佐奈と初めて出会ったあの日から、何て言ったらいいか……」
視線はそのまま、私を捕まえたまま瞬きも忘れてしまったように動かずにいるのに、言葉を探して言いよどむ。
「自分のことなのに、上手く言えない」
大事なことだと伝わってくる。握られた手に、彼の懸命さが熱となり伝わってくる。こんな東野君は、やはり初めてだった。
「上手く言えないけど、聞いてほしい。その……佐奈が、俺のことを」
「うん」
私は頷いた。
何を言われようとも受け容れられる、この人のための容量が私の中にある。全部許せる自信を持って、目を逸らさないで、彼の言葉を聞ける。
私が、東野君のことを――
「信じ過ぎないように」
「……」
信じ過ぎないように?
信じるな、と、いうこと?
どういうことなのか分からず反応できずにいると、彼は一呼吸置いて続けた。
「俺は、求めてる。突っ走ってしまいそうなくらいに、性急に、君を求めてる。でも、大事にして、絶対に守ってあげたいのも俺なんだ」
「あ……」
眼差しの強さは、本気の表れだった。奥底の、本当の気持ちを、彼は今口にした。私に対して、彼がどう考えているのか、普段は仕舞ってある彼自身を見せてくれたのだ。
私が、東野君のことを信じ過ぎないように。
覚悟していたはずなのに、あまりにも率直でダイレクトで、衝撃が強くて、熱が出そうになる。
「分かるか?」
「う、うん」
分かりすぎるくらいに、分かってしまいました。
葛藤する心。
この人が持て余しているのは、それだった。
私の、東野君の未知の部分を垣間見たいとか、そんな好奇心めいたものではなく、もっと真剣に、切実に、この人は葛藤している。
「ごめん、こんなこと聞かされても、困るよな」
私なんかよりずっと大人で、追いつけないところにいると、勝手にそう思い込んでいた。全然余裕な東野君に、いじけてた。
睫を伏せ、彼のほうが困った顔になる。手は握りしめたまま。私に、逃げないでくれと懇願するみたいに、ぎゅっと力をこめて。
それならば、私だって本当の私を見せなくては、彼の思いを無にしてしまう。あなたに分かってほしいのに、言えずにいること。
私は、清純なんかじゃない――
「東野君」
「……うん」
「私、どっちも嬉しい」
「えっ?」
意外そうに目を丸くして、私を見る。
至近距離で、鼻先が触れそうになるくらいに、私は近付いていた。
「さ、佐奈」
うろたえている。
でも彼は引かなかった。近くで見詰めあったまま、私の答えを待っているのだ。
「求められても、守られても、東野君だから嬉しい」
「さ……」
「全部、受け容れられるの。特別だから」
「?」
あの日、あなたが言ってくれたことを忘れていない。ずっと、憶えています。
――君を好きになった
――今日から、俺の特別になってほしい
「私は、東野君の特別です」
「佐奈」
優しい瞳で、彼は笑う。
私が大好きな、ひと目で好きになった、春そのものの微笑みだった。
指を絡めて、深く繋がる。
こんな風に、私はあなたにすべてを許すことができると、伝えたかった。
「参ったな」
肩にもたれる私に、降参の声。耳に心地良く、どきどきする、男の人の声だった。
「朝も」
「え?」
東野君は絡めた指を持ち上げると、熱っぽく告白した。
「こんな風に手を触れて、君はすっかり俺に身を委ねて、安心したように寄り添っていた」
(身を委ねて……)
往きの電車での話だと、思い出した。早乙女さんと彼女が別れたという話をして、何となく不安で頼りない気持ちになって、東野君に甘えたのだ。
「う、ん。そうだったね」
またしても甘えている自分に呆れ、少し恥ずかしかった。
だけど東野君は指を解かず、私を引き寄せるようにして近づけ、彼の膝の上に乗せた。
「焦ったんだぞ」
もう一度、鼻先が触れるくらいの距離になる。
近付けたのは彼。
男の人の、強く、それでいて揺らめく眼差しが目の先にきて、呑まれてしまいそう。
「欲しい。でも、守りたい。ジレンマに苦しんで、大変だった」
私はもう何も言えず、ただ、ひとつだけ理解していた。
東野君の愛情は、親が子に与えるものとは違う。
彼にとっての私は子供ではなく、どうしようもなく女なのだと、ずっと訊きたかった答えを、囁きのなかに見つけていた。
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