フローライト

藤谷 郁

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春風

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「みんなよく来てくれたね、ありがとう」


智子が話しかけるが、四人はうんうんと頷くのみ。その時、背後から大きな声が聞こえた。


「やあ、皆さん、お揃いで!」


振り返ると、シルバーグレイのタキシードに身を包んだ後藤が、やや硬い表情で立っていた。


「わっ、後藤さん。すごい、タキシードだ」

「かっこいいですねぇ」

「しぶーい」


後藤は笑顔になり、大げさに髪を撫でつけてみせる。


「いや~、この俺も、さすがに今日はいつもとイメージが違うだろ。ふははは……」


いつもと違うと言われても、彩子以外は後藤と初対面である。さすがの彼も舞い上がっているようだ。


「そろそろ披露宴が始まります。ご準備はよろしいですか」


スタッフの動きが慌しくなる。

彩子は智子の手を握りしめると、


「智子、本当におめでとう。幸せになってね」

「ありがとう、彩子」


短く言葉を交わし、皆と一緒に披露宴会場に戻った。

披露宴会場に着くと、彩子は良樹を見つけて隣の席に座った。彩子達のテーブルには、後藤の会社の上司や同僚が配席されている。


「智子、すごくきれいだよ。後藤さんもかっこよかった」

「そうか、楽しみだな」


二人で話していると、BGMが流れ、新郎新婦の入場が伝えられた。披露宴が始まるのだ。

彩子はドキドキしてきた。


新郎新婦が入場すると、大きな拍手が沸き起こる。二人とも緊張した様子だが、笑顔は幸せに溢れている。

彩子達の横を進む時、後藤は良樹にウインクしてみせた。智子も彩子に目で合図を送る。

会場は祝福の拍手でいっぱいになった。


「すごく幸せそう」

「ああ、二人とも本当に良い顔してる」


披露宴は和やかに進んだ。

スピーチを頼まれた彩子は、友人代表で祝辞を送った。緊張したけれど、後藤と智子はにこにこと聞いてくれた。

出席者の歌の披露、アルバム上映など、宴は盛り上がっていく。

お色直しの間に、ちょっとしたできごとがあった。

彩子の隣の席に、見知らぬ若い男が腰かけ、話しかけてきたのだ。良樹と反対側の席である。


「こんにちは。僕、後藤さんの野球仲間で、水野といいます。君は後藤さんの会社の人?」


どうやら彼は、彩子のスピーチを聞いていなかったらしい。


「いえ、智子さんの友人です。山辺といいます」


男は、弟と同じくらいの年齢だ。


「そう、山辺さん。この後、二次会もあるみたいだけど、君も出るのかな」


男は膝を寄せてきた。だいぶアルコールが入っているようだ。


「いえ、私は披露宴だけで帰る予定ですが」

「そうなんですか、残念だなあ」


鈍い彩子も何となくわかってきた。男は良樹の存在に気付いていない。


「ずばり、彼氏はいますか!?」

「えっ?」


良樹は他の客の酌を受けている。

彩子は迷ったが、男から良樹が見えるように身体を引くと、ありのままを告げた。


「彼は私の夫です」


男はもちろん、振り向いた良樹も面食らっている。


「しっ、失礼しましたあっ!」


男は立ち上がると、良樹に向かって頭を下げ、慌てて去って行った。


彩子は良樹と目を合わせ、首をすくめた。


「あんなこと初めてだから。びっくりして、つい夫だなんて……」

「間違ってはいないよな」


良樹は彩子の左手に自分の右手を重ね、指輪ごと包み込む。


「彩子は、俺だけの彩子だ」


爽やかに笑い、妻になる女性ひとを愛しげに見つめた。
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