フローライト

藤谷 郁

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ブライダル

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原田は彩子が100キロのケージに入るのを見届けてから、佐伯と一緒に外に出た。

駐車場の隅で、二人はしばし無言で向き合う。


(驚いたな。この男、よく見ると彩子に似ている。童顔で、純朴で……)


原田は自分の気持ちがやわらぐのを感じた。


「カイロちゃんってのは、彩子のニックネーム?」

「……えっ?」


佐伯はきょとんとした。


「え、ええ、そうです」


原田の穏やかな眼差しにほっとしたのか、佐伯の顔に余裕が生まれる。こんな単純なところも彩子に似ていた。

佐伯は『カイロちゃん』という呼び名の由来を話した。

後藤に命じられたとおり、彼は決して余計なことを話すつもりはなかった。しかし詳しく語るうちに、すべてが露呈してしまう。

二人が、単なる同級生ではなかったことを。


「最初から言えばいいのに。どうして隠すんだ、君も彩子も」


原田の問いに佐伯は目を丸くして、


「それはもちろん、原田さんが不愉快に思うから」


彩子も同じように答えるだろう。原田はクスッと笑う。


「俺は気にしないよ。懐かしいだろうに、二人でゆっくり話せばいい」

「ええっ? で、でも……」

「行ってこいよ」


原田は余裕の態度だ。佐伯は迷っていたが、やがて嬉しそうに顔をほころばせる。


「じゃ、少しだけ」


ぺこりとお辞儀して、建物へダッシュした。


(本当にすばしっこい男だ)


原田はふっと息をつき、看板の支柱にもたれた。空を見上げると、白い雲が一つ、ぽかりと浮かんでいた。





(変っていない、山辺彩子。俺が初めて好きになった女の子……)


彩子は100キロのケージでバットを振っていた。きれいなスイングでミートする彼女を、佐伯は懐かしそうに見つめる。

機械が止まり、彩子がケージから出てきた。佐伯がいるのに気付くと「あっ」と小さく叫ぶ。


「さ、佐伯君。どうして……」

「大丈夫、原田さんの許可は得てきたよ。ちょっと話そう」

「ええっ?」


彩子はそわそわしながらも、佐伯が手招きするほうへ歩き、ベンチに並んで腰かけた。

それとなく、互いに距離を取って。


「原田さんが外で待ってるから、手短に」

「う、うん」


佐伯はしかし、いざとなると何も出てこない。

それは彩子も同じだった。

二人は俯き、黙ってしまう。

たくさんの言葉が胸に心に、いっぱいになっているのに……


「山辺、変ってないと思ったけど、少しキレイになったな」

「えっ?」


佐伯が上擦った声で、やっと言葉を発した。


「前は、男みたいだった」

「……」


そんな風に思っていたのか――

彩子は愕然とするが、


「俺はでも、お前が好きだったな」


大真面目に彼は告白した。


「あ、ありがとう」

「お前はどうだったんだ。俺のこと……」

「それはっ……」


彩子は口ごもる。今さら照れても仕方ないのに。


「早く言ってくれ。もう行かないと」

「う、うん。私も、好きだったよ」

「……」


佐伯が急に立ち上がる。

彩子が見上げると、彼はみるみる真っ赤になり、何も言わず背中を向けた。


「佐伯君?」


彩子が呼ぶが、彼は振り向きもせず、あっという間に外に出ていってしまった。

取り残された彩子は呆然とする。

そして、少年の頃と変わらぬ佐伯の純情に胸を打たれた。


しばらくすると、入れ替わりで原田が戻ってきた。

彩子はそれからのことを、よく覚えていない。気が付くと、原田が運転する車の助手席でぼんやりしていた。



そんな彩子の隣で、原田は複雑な気持ちに囚われていた。

志摩と話してから、彩子の過去も丸ごと愛すればいいと決めていた。彼女が昔誰かを好きだったとしても、それは今の彩子を形作る大切な要素だと考えて。

しかし、人間の感情はやっかいなもの。佐伯のためにぼんやりする彩子に、焦りを感じる。この状況に、どうしようもなく苛立ってしまうのだ。

つまり、嫉妬である。

しかし原田は、やはり男の嫉妬はみっともないと思う。感情を抑え、彼女を家に送り届けるまで平気なふりをした。



一方の彩子は、家に着いてから原田に対して失礼だったと気付き、自分を激しく責めた。

しかしもう取り返しがつかない。

せめてもの罪滅ぼしとして、楽しみにしていた草野球の試合に行かないと決めるのが精一杯だった。

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