フローライト

藤谷 郁

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交叉する人々

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「その前に紹介するよ。私の恋人」

「えっ?」


彩子とエリが顔を見合わせたところへ、工房の扉を開けて文治が現れた。


「おや、あなた方はこの前の。どうもこんにちは」


にこやかに挨拶されて、二人とも腰を抜かしそうになる。


「や……っぱり、この人が雪村の……」


エリのつぶやきを聞き、雪村は文治に文句を言った。


「おいおい文治先生、タイミングが悪いよ」

「何が?」


文治はぽかんとして、スポーツ新聞を手に取ると、また工房へと戻って行く。


「え……違った?」


相手は文治ではなかったようだ。彩子とエリは冷や汗を拭う。


「じゃあ一体誰なのよ。どこにいるの、恋人って……」


詰め寄るエリに雪村は頷き、カウンター内の美那子を親指で差した。


「は?」


彩子もエリも、わけがわからない。カウンターの内側に誰かいるのかと覗き込むが、そこには美那子しかおらず……

美那子はにっこりと微笑んでいる。


「私は同性愛者だ」


雪村はさらりと告白した。

彩子もエリも、びっくりしすぎて言葉が出ない。

特に彩子は、雪村とは中学高校と6年間の付き合いがある。部活動も一緒で、ほとんどの時間をともに過ごしたと言っても良い。それなのに……


「気がつかなかったよ」


それだけ返すのが精一杯だった。


「だろうね、彩子は鈍いから」


雪村はクスリと笑う。


「コーヒーをどうぞ」


カップを置く美那子の白い指先を見つめ、彩子とエリは確かに美しいと感じる。

女性が女性を愛し、愛される。

それは美しい世界なのかもしれないと感じさせる、危うい白さだった。


「どうでもいいけど、コートぐらい脱いだら」


雪村がいつもの調子で言う。

二人は返事もできずにもそもそとコートを脱ぎ、カウンターを回ってきた美那子に預けた。


「お預かりします。えっと、あなたは彩子さん、ですね?」

「はいっ。すみません、お願いします」


この美しいひとが、雪村の恋人だったとは……彩子はどう接すればいいのかわからず、ぎこちなく頭を下げる。


「あら、そのペンダントは……」


コートを受け取る時、美那子がハッと目を見開いた。彩子の胸元を飾るアクセサリーを、じっと見つめている。


「ゴールドの台座に、アメシストを組み合わせたペンダントトップ。コレーのオリジナルデザインだわ……」

「えっ……?」

「ひょっとしてお二人さん、入会希望かな」


美那子が何か言いかけた時、文治が工房から顔を出した。彩子は、美那子が微かに体を震わせるのがわかった。


「いえ、今日は友達に会いに来ました」


エリが返事をすると、雪村がハイッと手を上げる。


「ほう。なんと、雪村さんとお友達でしたか」


文治は驚きながら彩子に振り向く。そして、美那子と同じようにアクセサリーに目を留め、さらに驚いた表情になった。


「これは……これはもしかして、原田君からのプレゼントですかな」


今度は彩子が驚いてしまう。


「は、はいっ……そうです。あの、どうしてそれを?」

「どうしたも何も、そのペンダントトップは私が彼に頼まれて作ったものだよ」

「ええっ、そうなんですか?」


彩子はあらためてアクセサリーを見つめる。金の細工と葡萄色の石。ふと気付いて台座を確かめるが、コレーの名は入っていない。


「今回、店の名は入れなかったんだ。時間的な事情もあるが、個人的に差し上げるつもりだったから」

「……え」


顔を上げた彩子に、文治は苦笑する。


「そうしたら原田君に、『それじゃ俺からのプレゼントになりません』と言われてしまった」

「……」


原田らしい言葉に彩子は確信する。文治の言うことに間違いはない。


「文治先生と原田さん、知り合いだったの? へえ~っ、びっくりだな」

「そういえば、原田さんはコレーのこと知ってたんだよね。ほんと、偶然!」


エリと雪村は興奮し、声を上げた。

皆が盛り上がるその後ろで、美那子だけが横を向いている。彩子から目を逸らして……


美那子は独り、体の奥底からどす黒い感情が湧いてくるのを、必死に抑えようとしていた。
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