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寒稽古
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「彩子さんのお友達だったんですか、あの子」
席に戻ると、いきなり木村が詰め寄ってきた。
「おい、よせよみっともない」
平田が木村の上着を掴んで、椅子に引き戻す。
「可愛い子が働いてるって、まりのことだったのね」
彩子は木村の額に汗が光るのを見とめ、遊び半分ではない気持ちを感じた。
「ええ……本当に、偶然ッス」
木村という青年は、よく見ると顔立ちがいいし、性格も優しそうだ。
まりと気が合うのではと、彩子は直感する。
それに、まりの好きな年上である。実際は一つ上なだけだが、彼の背が高くて大柄なためか、3、4歳離れているように見える。
彩子の考えを察してか、平田が顔をしかめて忠告した。
「彩子さん、紹介するのはよして下さいよ。こいつ、振られるのがオチです」
「えっ、どうして」
「朴念仁ですから、飽きられます」
「酷いこと言うなよ、平田」
原田が横から口を出した。木村もむきになって反発する。
「そうだよ。朴念仁ってどういう意味だよ」
「無愛想で頑固ってことだ」
それを言うなら、平田にこそあてはまりそうだ。原田と木村は、呆れ顔になる。
「お待たせしました~」
まりがワゴンに料理をのせて運んできた。木村は気の毒なくらい真っ赤になっている。
「あらっ、そういえば、いつも来て下さるお客さんですよね。えっと、木村さん?」
まりに名前を呼ばれ、木村は打たれたように顔を上げる。
「はいっ。会社がこの近くにあるんで。日曜出勤の時はあの……たいていここに来ています」
汗をかきながら、木村がたどたどしく答える。
「わあ、ありがとうございます~。これからもぜひ、ご贔屓にお願いしますね」
まりは嬉しそうに言うと、会釈をして戻っていった。
木村は完全に恋に落ちた目をしている。
人が恋に落ちた瞬間を、彩子は初めて目の当たりにした。
そして、隣の原田をちらりと見やる。
(私にもきっと、その瞬間があった。はっきりとは、気付かなかったけど)
自らの心と重ね合わせ、木村の恋が成就することを願った。
「あっ、そうだ。ちょっと電話してきます」
食後のコーヒーを飲んでいると、原田が思いついたように席を立った。
「どうしたのかな、急に」
平田が原田の背中を見送り、怪訝な顔をする。
「仕事じゃないの。忙しい部署みたいだから」
木村の推測に、彩子も頷いた。
「しかし、原田さんっていいよな」
木村はカップを置くと、しみじみとつぶやく。
「ああ、大学の頃と変わらず、俺達と接してくれるよな」
平田も同意する。二人の嬉しそうな様子に、彩子は大学時代の原田について、尋ねてみようと思った。
「原田さんって、どんな先輩でしたか。空手は強いんですか」
平田と木村は顔を見合わせる。
「強いって言うか、怖いよ……な」
「そうそう」
「怖い?」
彩子には意外な答えだった。
「聞きたいッスか」
「もちろんです。あの原田さんが怖いって、どういうことですか?」
不思議そうな彩子に、木村はさもありなんと頷き、話し始める。
「俺達は二人とも、空手のスポーツ推薦で大学に入ったんです。高校時代は全国大会で優勝したり、結構腕に自信があったんですよ。バリバリの猛者で、ガタイも先輩達よりよかったし……要するに、調子こいてたわけです」
確かに木村は背が高いし、平田もがっしりしている。二人とも見かけだけでなく、実際に強いのだろう。
「で、稽古で組手をやるんスけど、毎日毎日先輩方を叩きのめして、最初から無敵状態。本当に天狗になってましたねえ」
平田はその頃を思い出してか、複雑な表情を浮かべる。
「そんな俺達だから、怖いものなし。そこで、1年の夏合宿ですよ。俺と平田は稽古を抜け出しては遊びまくった。全国に出るには俺達が絶対に必要だから、お咎め無しだとたかをくくってね」
木村は鼻の横を掻きながら、ばつが悪そうにする。
「あっ、遊びと言っても変なことしてたわけじゃないですよ」
「大丈夫、わかっていますよ」
木村の純情な態度に、彩子はついクスクスと笑った。
「ところが、合宿の最終日に特練をやるって言われたんです」
今度は平田が続けた。
「とくれん?」
「特別練習です。つまり制裁のようなもんだと思いました」
「制裁!」
不穏な言葉を聞き、彩子は少し緊張する。
「でも俺達はビビらなかった。めいっぱい暴れてやるって、かえって燃えたもんですよ」
平田は拳を作ると、片方の手でバシッと打った。
その仕草に、当時の負けん気が表れている。
「ところが道場に行ってみると、3年の原田先輩が一人だけです。ぽかんとする俺達に、『よお、来たな』とか言って、水を汲んだバケツを足元に置いてる」
彩子はその様子が目に浮かんだ。原田はきっと、穏やかに微笑んでいただろう。
「はっきり言って、舐められたと思いました。だって、先輩は今より体が細かったし、非力に見えましたもん」
木村が言うと、平田もうんうんと頷いてみせる。
「後輩を怒鳴ったり張ったりするのも見たことがないし、目立たん人だったから」
「では、原田さんは実際、あまり強くなかったんですか」
すると、彼らはいきなり厳しい目つきになり、
「騙されました、俺達。あの人、組手の時に全然攻撃してこないんです。全部受けてばっかりで。だから、防御するのが精一杯の人だと、油断したんです」
彩子は固唾を呑んだ。
「俺達の攻撃パターン、技のキレ、軌道を読んでたんです。捌さばこうと思えば捌けるものを、わざわざ身体で受けてですよ」
平田の鼻息が荒くなり、目も血走ってきた。
「それで、どうなったんですか」
彩子は展開が気になり、続きを促す。
席に戻ると、いきなり木村が詰め寄ってきた。
「おい、よせよみっともない」
平田が木村の上着を掴んで、椅子に引き戻す。
「可愛い子が働いてるって、まりのことだったのね」
彩子は木村の額に汗が光るのを見とめ、遊び半分ではない気持ちを感じた。
「ええ……本当に、偶然ッス」
木村という青年は、よく見ると顔立ちがいいし、性格も優しそうだ。
まりと気が合うのではと、彩子は直感する。
それに、まりの好きな年上である。実際は一つ上なだけだが、彼の背が高くて大柄なためか、3、4歳離れているように見える。
彩子の考えを察してか、平田が顔をしかめて忠告した。
「彩子さん、紹介するのはよして下さいよ。こいつ、振られるのがオチです」
「えっ、どうして」
「朴念仁ですから、飽きられます」
「酷いこと言うなよ、平田」
原田が横から口を出した。木村もむきになって反発する。
「そうだよ。朴念仁ってどういう意味だよ」
「無愛想で頑固ってことだ」
それを言うなら、平田にこそあてはまりそうだ。原田と木村は、呆れ顔になる。
「お待たせしました~」
まりがワゴンに料理をのせて運んできた。木村は気の毒なくらい真っ赤になっている。
「あらっ、そういえば、いつも来て下さるお客さんですよね。えっと、木村さん?」
まりに名前を呼ばれ、木村は打たれたように顔を上げる。
「はいっ。会社がこの近くにあるんで。日曜出勤の時はあの……たいていここに来ています」
汗をかきながら、木村がたどたどしく答える。
「わあ、ありがとうございます~。これからもぜひ、ご贔屓にお願いしますね」
まりは嬉しそうに言うと、会釈をして戻っていった。
木村は完全に恋に落ちた目をしている。
人が恋に落ちた瞬間を、彩子は初めて目の当たりにした。
そして、隣の原田をちらりと見やる。
(私にもきっと、その瞬間があった。はっきりとは、気付かなかったけど)
自らの心と重ね合わせ、木村の恋が成就することを願った。
「あっ、そうだ。ちょっと電話してきます」
食後のコーヒーを飲んでいると、原田が思いついたように席を立った。
「どうしたのかな、急に」
平田が原田の背中を見送り、怪訝な顔をする。
「仕事じゃないの。忙しい部署みたいだから」
木村の推測に、彩子も頷いた。
「しかし、原田さんっていいよな」
木村はカップを置くと、しみじみとつぶやく。
「ああ、大学の頃と変わらず、俺達と接してくれるよな」
平田も同意する。二人の嬉しそうな様子に、彩子は大学時代の原田について、尋ねてみようと思った。
「原田さんって、どんな先輩でしたか。空手は強いんですか」
平田と木村は顔を見合わせる。
「強いって言うか、怖いよ……な」
「そうそう」
「怖い?」
彩子には意外な答えだった。
「聞きたいッスか」
「もちろんです。あの原田さんが怖いって、どういうことですか?」
不思議そうな彩子に、木村はさもありなんと頷き、話し始める。
「俺達は二人とも、空手のスポーツ推薦で大学に入ったんです。高校時代は全国大会で優勝したり、結構腕に自信があったんですよ。バリバリの猛者で、ガタイも先輩達よりよかったし……要するに、調子こいてたわけです」
確かに木村は背が高いし、平田もがっしりしている。二人とも見かけだけでなく、実際に強いのだろう。
「で、稽古で組手をやるんスけど、毎日毎日先輩方を叩きのめして、最初から無敵状態。本当に天狗になってましたねえ」
平田はその頃を思い出してか、複雑な表情を浮かべる。
「そんな俺達だから、怖いものなし。そこで、1年の夏合宿ですよ。俺と平田は稽古を抜け出しては遊びまくった。全国に出るには俺達が絶対に必要だから、お咎め無しだとたかをくくってね」
木村は鼻の横を掻きながら、ばつが悪そうにする。
「あっ、遊びと言っても変なことしてたわけじゃないですよ」
「大丈夫、わかっていますよ」
木村の純情な態度に、彩子はついクスクスと笑った。
「ところが、合宿の最終日に特練をやるって言われたんです」
今度は平田が続けた。
「とくれん?」
「特別練習です。つまり制裁のようなもんだと思いました」
「制裁!」
不穏な言葉を聞き、彩子は少し緊張する。
「でも俺達はビビらなかった。めいっぱい暴れてやるって、かえって燃えたもんですよ」
平田は拳を作ると、片方の手でバシッと打った。
その仕草に、当時の負けん気が表れている。
「ところが道場に行ってみると、3年の原田先輩が一人だけです。ぽかんとする俺達に、『よお、来たな』とか言って、水を汲んだバケツを足元に置いてる」
彩子はその様子が目に浮かんだ。原田はきっと、穏やかに微笑んでいただろう。
「はっきり言って、舐められたと思いました。だって、先輩は今より体が細かったし、非力に見えましたもん」
木村が言うと、平田もうんうんと頷いてみせる。
「後輩を怒鳴ったり張ったりするのも見たことがないし、目立たん人だったから」
「では、原田さんは実際、あまり強くなかったんですか」
すると、彼らはいきなり厳しい目つきになり、
「騙されました、俺達。あの人、組手の時に全然攻撃してこないんです。全部受けてばっかりで。だから、防御するのが精一杯の人だと、油断したんです」
彩子は固唾を呑んだ。
「俺達の攻撃パターン、技のキレ、軌道を読んでたんです。捌さばこうと思えば捌けるものを、わざわざ身体で受けてですよ」
平田の鼻息が荒くなり、目も血走ってきた。
「それで、どうなったんですか」
彩子は展開が気になり、続きを促す。
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