フローライト

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
7 / 82
イブのお見合い

2

しおりを挟む
「じゃあ、早速、相手の方に電話してみるわね」


伯母はいそいそとスマートフォンを取り出し、相手方の番号を押した。


「えっ、もう?」


せっかちな母も驚く、早い展開である。


「でも、相手の方に彩子の写真や釣書をまだ渡していないわよ」


そういえばそうだと、彩子も気が付く。

しかし伯母は、スマートフォンを耳にあてつつ、大丈夫というジェスチャーをした。


「今時のお見合いはね、タイミングなの。だから、形式ばったことをしないで……あっ、もしもし?」


彩子は伯母が話すのを横目にコーヒーを飲むが、味がわからなかった。


「ねえねえ、お相手の方が明後日から5日間の出張なんですって。できれば明日の夜に会いたいそうだけど……」


伯母が少々困惑した顔で言う。


「まあそう……明日の夜? まあ、いいわよね彩子?」


母は戸惑いながらも、やはり進めたがっている。


「ああ……うん、いいけど」


彩子は急な展開に頭が付いていかず、よく考えないまま返事をした。


「じゃあ、そういうことで」


話はまとまったようである。


「まとまったのはいいけど、写真も釣書もなしなんて。相手の方はそれでいいのかしらね」


母が今更ながら不安になったようだ。


「こだわりがないのよ、きっと」


伯母はケーキの残りをフォークで刺しつつ、明るく笑う。


(こだわらないって……誰でもいいってこと?)


彩子は多少の落胆を覚えた。


「まあ、お見合いと言うより、私の紹介で二人で会ってみるって感じね」


伯母は気楽そうだが、当の本人は気になるので訊いてみる。


「じゃあ、着物を着たりしなくていいの?」

「もちろんよ! 普通の格好で、普通の感覚で行けばいいのよ。場所もホテルとか高級な場所じゃなくて、N駅ビルの10階にある……ええと、『アベンチュリン』っていうレストランを、午後7時に予約するようにしたわ」

「アベンチュリン?」


そのレストランなら、以前、新井主任とランチに出かけたことがある。

料理の味付けが好みで、とても美味しかった。エキゾチックな雰囲気の素敵なお店に、また行きたいと思っていたのだ。


「私は何を着ればいいのかね?」


母が言うと、伯母はかぶりを振る。


「だから、二人で会うのよ、二人で」

「ええ~っ」


彩子は母と一緒に、驚きの声を上げた。


「いくらなんでも気軽すぎじゃない? その人、安全な方なんでしょうね」


訊きにくいことを平気で口にする母が、今は頼もしい。


「失礼ね。私の信頼できる人しか紹介しないわよ。会うのは街の真ん中だし、彩子ちゃんも子どもじゃないんだから大丈夫よ。ねえ」

「う、うん」


とりあえず、子どもでないのは確かだ。


「ふうん、そうなの。時代は変わったのねえ」


話はついたようで、母と伯母はさっさと買い物に出かけてしまった。



「明日か……水曜日は仕事も忙しくないから早く帰れるし。あっ」


カレンダーを見ながら、彩子はハッとする。


「クリスマスイブだ」


ドラマなんかだと、イブに運命の人と出会ったり、プロポーズされたり、恋のイベントが起きるのだが、現実はどうなんだろう。


「わっ、どうしよう。何を着ていこうか」


期待と不安に包まれ、浮足立ってしまう。

彩子はオロオロしながら、お見合いの準備に取り掛かった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...