夫のつとめ

藤谷 郁

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あふれる光

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「何か仕掛けてくると覚悟していましたが、まさか、政略結婚を申し入れるとは想定外です。僕は頭が真っ白になり、何も考えられなかった」

 だからあの時、壮二が無感情に見えたのだ。彼の態度を冷たく感じたのは、抜け殻状態だったから。

「一体、どういうつもりなんだ。僕はいてもたってもいられず、すぐ壮太さんに確かめに行きました。久しぶりに再会した僕に、あの人は容赦なくぶつかってきた」

 ――北城のお嬢さんと俺が結婚するのがいやなら、お前がグラットン社長になればいい。政略結婚の相手は"グラットンの社長"だ。現社長とは言ってないだろう。次期社長でもいいんだからな。

 南村壮太が、好条件をつけてまでノルテフーズを買収しようとしたのは希美が目的ではない。彼が執着したのは壮二だった。
 何というしつこさ、何という策略。それほどまでに、壮二のことが欲しいのだ。

「だけど、僕は逆らいました。絶対にグラットンの社長になどならない。年下で平凡で、地味な男として希美さんと結婚すると決めていたから」

 壮二の頑固さに、壮太はますます執念を燃やしたことだろう。希美も負けず嫌いなので、彼の気持ちが手に取るようにわかる。

「僕は、希美さんが思い描いたとおりの、理想の夫になるんだ。その気持ちは揺るぎなかったですが、グラットンの誘いに対し、ノルテフーズの経営陣がどう対応するのか気がかりでした。だから北城社長が、会社の状況は気にせず結婚準備をしろと言ってくださった時は、ホッとしたんです。何より希美さんが結納式も結婚式も予定どおりだと言ってくれたのが、嬉しかった」

 壮二が希美に何も言わず先に帰った時があった。あの夜、南村社長と会っていたのだ。そんなこととは露知らず、悶々と悩んでいた自分が情けない。

「壮二……私」
「聞いてください」

 壮二は希美を抱き寄せ、手を握りしめる。熱い手のひらだった。

「しかしその後、ミズハラ食品が倒産してノルテフーズはさらなるピンチに陥った。今のノルテフーズをまるごと救えるのはグラットンだけ。しかし、そこには政略結婚という条件がついている。北城社長は経営者として、希美さんは会社後継者として苦しむだろう。僕は意地を捨てて、グラットンの社長になると決めたのです」

 壮二は興奮してきたのか、顔が上気している。息を整えると、言葉を継いだ。

「壮太さんは大喜びで、僕の決意を歓迎しました。複雑な気分ですが、後悔はなかったです。理想の夫像からは外れてしまいますが……」

 燃えるような眼差しが、希美を包み込む。

「どんな形であれ、あなたと結婚できるのだから」

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