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後継者として
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グラットンから連絡が来たのは、ミズハラ食品が倒産して間もなくのこと。
緊急会議が開かれる直前、財務部長が一通の手紙を携え社長室に飛び込んできた。
「南村社長からです」
デスクに置かれた白い封筒は、利希にとって危険物と同じだった。
手に取ろうとしない社長に、甲斐が催促する。
「ご覧になってください、社長」
「わかっとる。しかし……」
これは最期通告だ。突き返せば、それですべてが終わる。
希美と壮二は脇に控え、社長の逡巡を見守るほかない。
(壮二……)
今、どんな顔をして隣にいるのだろう。希美はすぐにでも確かめたかった。
だけど、なぜか見ることができない。この前と同じように、感情のない瞳をしているのではないか。無力感にとらわれた彼を目の当たりにするのはつらい。
でも、弱気は禁物だとわかっている。希美は社長の娘であり、ノルテフーズの後継者なのだ。
「私が代わりに読みます」
希美は意を決すると、つかつかと社長のデスクに歩み寄り、手紙を取り上げた。
「よろしいですね、社長」
「希美……」
利希と甲斐が止める間もなく、ペーパーナイフで開封した。
壮二は何も言わず、その場から動こうともしない。巨大すぎるライバルを前に、足がすくんでいるのか……
希美は便箋を取り出し、ためらわず開いた。予想どおり手紙には、買収についての約束事と、その条件が書かれている。
政略結婚についても。
つまり、以前と同じ内容だが、最後に追記があった。希美が抑揚のない声で読み上げると、利希と甲斐が複雑な表情になる。
南村社長は、希美がグラットンの社長夫人となった後も、仕事を続けて構わないと追記していた。むしろ彼は、希美がいずれノルテフーズの社長となり、経営トップに立つのを望んでいるようだ。
「つまり、グラットンの人間を新社長として送り込むつもりはないのだな」
本格的に乗っ取るのとは少し違う。利希は首を傾げた。
なぜそこまで約束するのだろう。南村社長は、それほどまでに希美を求めているのか――
「なにか、とてつもない執念を感じますね。南村社長は、本当に本気なのでは?」
甲斐の言葉を聞き、希美はそら恐ろしい気持ちになる。
(あの人が、本気で私を……?)
スキンヘッドのコワモテ社長を思い浮かべ、鳥肌が立った。
嫌だ。あの男の妻になるなんて、絶対にごめんだ。冗談じゃない!
だが、逃げることはできないのだ。グラットンの後継者として。
「手紙の返事について、先方は何と言ってる」
「1週間だけ待つとのことです」
「1週間……」
利希が考え込む。
以前より状況が悪化した今、個人的感情で突っ返すわけにいかないからだ。
(お父様……)
希美は胸が痛くなった。
だけど、すぐに決断することができない。
会社の経営状態、従業員のこと、壮二との未来、異物混入、スキンヘッド、子会社の倒産――ありとあらゆる問題と感情が渦巻き、頭が混乱している。
(どうすればいいの。どうすれば……)
「社長」
その時、思いもよらぬほどはっきりとした声が耳元で聞こえた。
壮二がいつの間にか、そばに寄り添っていた。
「壮二……」
希美はドキッとする。
無感情でもなく、無気力でもない。それどころか、熱をたたえた瞳がそこにあった。
緊急会議が開かれる直前、財務部長が一通の手紙を携え社長室に飛び込んできた。
「南村社長からです」
デスクに置かれた白い封筒は、利希にとって危険物と同じだった。
手に取ろうとしない社長に、甲斐が催促する。
「ご覧になってください、社長」
「わかっとる。しかし……」
これは最期通告だ。突き返せば、それですべてが終わる。
希美と壮二は脇に控え、社長の逡巡を見守るほかない。
(壮二……)
今、どんな顔をして隣にいるのだろう。希美はすぐにでも確かめたかった。
だけど、なぜか見ることができない。この前と同じように、感情のない瞳をしているのではないか。無力感にとらわれた彼を目の当たりにするのはつらい。
でも、弱気は禁物だとわかっている。希美は社長の娘であり、ノルテフーズの後継者なのだ。
「私が代わりに読みます」
希美は意を決すると、つかつかと社長のデスクに歩み寄り、手紙を取り上げた。
「よろしいですね、社長」
「希美……」
利希と甲斐が止める間もなく、ペーパーナイフで開封した。
壮二は何も言わず、その場から動こうともしない。巨大すぎるライバルを前に、足がすくんでいるのか……
希美は便箋を取り出し、ためらわず開いた。予想どおり手紙には、買収についての約束事と、その条件が書かれている。
政略結婚についても。
つまり、以前と同じ内容だが、最後に追記があった。希美が抑揚のない声で読み上げると、利希と甲斐が複雑な表情になる。
南村社長は、希美がグラットンの社長夫人となった後も、仕事を続けて構わないと追記していた。むしろ彼は、希美がいずれノルテフーズの社長となり、経営トップに立つのを望んでいるようだ。
「つまり、グラットンの人間を新社長として送り込むつもりはないのだな」
本格的に乗っ取るのとは少し違う。利希は首を傾げた。
なぜそこまで約束するのだろう。南村社長は、それほどまでに希美を求めているのか――
「なにか、とてつもない執念を感じますね。南村社長は、本当に本気なのでは?」
甲斐の言葉を聞き、希美はそら恐ろしい気持ちになる。
(あの人が、本気で私を……?)
スキンヘッドのコワモテ社長を思い浮かべ、鳥肌が立った。
嫌だ。あの男の妻になるなんて、絶対にごめんだ。冗談じゃない!
だが、逃げることはできないのだ。グラットンの後継者として。
「手紙の返事について、先方は何と言ってる」
「1週間だけ待つとのことです」
「1週間……」
利希が考え込む。
以前より状況が悪化した今、個人的感情で突っ返すわけにいかないからだ。
(お父様……)
希美は胸が痛くなった。
だけど、すぐに決断することができない。
会社の経営状態、従業員のこと、壮二との未来、異物混入、スキンヘッド、子会社の倒産――ありとあらゆる問題と感情が渦巻き、頭が混乱している。
(どうすればいいの。どうすれば……)
「社長」
その時、思いもよらぬほどはっきりとした声が耳元で聞こえた。
壮二がいつの間にか、そばに寄り添っていた。
「壮二……」
希美はドキッとする。
無感情でもなく、無気力でもない。それどころか、熱をたたえた瞳がそこにあった。
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