143 / 179
追い打ち
1
しおりを挟む
翌朝、壮二はいつものように出勤し、いつものように社長のデスクを拭いていた。
「おはようございます、希美さん」
「おはよう、壮二」
希美はパソコンの前に座り、彼の様子をそれとなく観察する。一見普段どおりだが、やはり、目に見えない壁のようなものを感じる。
昨夜は何の用があって先に帰ったのか、彼は口にしない。いつもなら、こちらが訊くまでもなく話してくれるのに。
(私も同じか。いつもなら、どうして先に帰ったのよって気軽に訊いてるし……)
「そうだ、希美さん」
「えっ?」
急に振り向くので、希美は慌てた。不自然な動きでパソコンの電源を入れたりする。
壮二が近づいてきて、ひょいと顔を覗き込んだ。久しぶりのドアップにドキドキしてしまう。
「ど、どうかしたの?」
「いえ、先ほど社長が『会社はバタバタしてるが、お前たちは気にせず結婚準備を進めろ』と言ってくださったんです」
「あ……ああ」
昨夜、車の中で利希と話した件だ。壮二も気にしていると思い、利希が声をかけたのだろう。
「そのことなんですが……」
「……」
希美は別の意味でドキドキする。
まさか、『こんな状況ですし、やはり延期しましょう』とか言うのでは……
「良かったです。実は、僕も心配していたので」
「壮二……」
表に出さないが、希美の心は爆発しそうになる。もちろん、喜びで。
壮二も結婚を心待ちにしている。
彼の気持ちは、何があろうと揺らぐことはなかったのだ。
「も、もちろん結納式も結婚式も、予定どおりよ。壮二と私は10月に夫婦になるの」
「はい、希美さん」
微笑む彼に抱き付いてキスしたい衝動に駆られるが、仕事中なので我慢する。
この喜びは、一人しみじみと味わおう。
壮二の様子がヘンだとか、壁を感じるとか、すべては疑心暗鬼だった。
(そうよ。昨夜のことも、たまには先に帰ったっていいじゃない。壮二には壮二の都合があるし、全部報告する義務はないわ)
考えてみれば、最近の自分は彼に干渉しまくりだ。好きすぎて依存していたのだと希美は反省する。
それに、南村社長の件についても、壮二の反応は当然といえば当然。
大企業の力にものを言わせたプロポーズ。一介の会社員には対抗できないやり方に驚き、無力感にとらわれたのだと希美は推測する。
だから、一時的に無感情になっただけ。
冷静に分析すれば、こうしてきちんと理解できるのだ。
「おっと、もうこんな時間だ。仕事の準備をします」
「ええ。今日も頑張りましょう」
希美はパソコンに向き直り、本日のスケジュールを確認する。仕事も結婚も、きっとうまくいく。
大丈夫、彼を信じればいい――
その後、ノルテフーズはブランドの信頼回復につとめた。部門再編や財務部の資金確保が効果を上げ、経理予測も上方修正された。
しかし……
他企業の資本など借りずとも、何とかなる。誰もがそう信じかけた時、予想外のニュースが飛び込んできた。
「社長。ミズハラ食品が倒産しました」
「何だって?」
財務部長の甲斐が突然社長室に現れ、その報告をした。
晩夏の街が見渡せる部屋には、利希と希美、壮二がいる。
「おはようございます、希美さん」
「おはよう、壮二」
希美はパソコンの前に座り、彼の様子をそれとなく観察する。一見普段どおりだが、やはり、目に見えない壁のようなものを感じる。
昨夜は何の用があって先に帰ったのか、彼は口にしない。いつもなら、こちらが訊くまでもなく話してくれるのに。
(私も同じか。いつもなら、どうして先に帰ったのよって気軽に訊いてるし……)
「そうだ、希美さん」
「えっ?」
急に振り向くので、希美は慌てた。不自然な動きでパソコンの電源を入れたりする。
壮二が近づいてきて、ひょいと顔を覗き込んだ。久しぶりのドアップにドキドキしてしまう。
「ど、どうかしたの?」
「いえ、先ほど社長が『会社はバタバタしてるが、お前たちは気にせず結婚準備を進めろ』と言ってくださったんです」
「あ……ああ」
昨夜、車の中で利希と話した件だ。壮二も気にしていると思い、利希が声をかけたのだろう。
「そのことなんですが……」
「……」
希美は別の意味でドキドキする。
まさか、『こんな状況ですし、やはり延期しましょう』とか言うのでは……
「良かったです。実は、僕も心配していたので」
「壮二……」
表に出さないが、希美の心は爆発しそうになる。もちろん、喜びで。
壮二も結婚を心待ちにしている。
彼の気持ちは、何があろうと揺らぐことはなかったのだ。
「も、もちろん結納式も結婚式も、予定どおりよ。壮二と私は10月に夫婦になるの」
「はい、希美さん」
微笑む彼に抱き付いてキスしたい衝動に駆られるが、仕事中なので我慢する。
この喜びは、一人しみじみと味わおう。
壮二の様子がヘンだとか、壁を感じるとか、すべては疑心暗鬼だった。
(そうよ。昨夜のことも、たまには先に帰ったっていいじゃない。壮二には壮二の都合があるし、全部報告する義務はないわ)
考えてみれば、最近の自分は彼に干渉しまくりだ。好きすぎて依存していたのだと希美は反省する。
それに、南村社長の件についても、壮二の反応は当然といえば当然。
大企業の力にものを言わせたプロポーズ。一介の会社員には対抗できないやり方に驚き、無力感にとらわれたのだと希美は推測する。
だから、一時的に無感情になっただけ。
冷静に分析すれば、こうしてきちんと理解できるのだ。
「おっと、もうこんな時間だ。仕事の準備をします」
「ええ。今日も頑張りましょう」
希美はパソコンに向き直り、本日のスケジュールを確認する。仕事も結婚も、きっとうまくいく。
大丈夫、彼を信じればいい――
その後、ノルテフーズはブランドの信頼回復につとめた。部門再編や財務部の資金確保が効果を上げ、経理予測も上方修正された。
しかし……
他企業の資本など借りずとも、何とかなる。誰もがそう信じかけた時、予想外のニュースが飛び込んできた。
「社長。ミズハラ食品が倒産しました」
「何だって?」
財務部長の甲斐が突然社長室に現れ、その報告をした。
晩夏の街が見渡せる部屋には、利希と希美、壮二がいる。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
極上エリートとお見合いしたら、激しい独占欲で娶られました 俺様上司と性癖が一致しています
如月 そら
恋愛
旧題:俺様上司とお見合いしました❤️
🍀書籍化・コミカライズしています✨
穂乃香は、榊原トラストという会社の受付嬢だ。
会社の顔に相応しい美麗な顔の持ち主で、その事にも誇りを持っていた。
そんなある日、異動が決定したと上司から告げられる。
異動先は会社の中でも過酷なことで有名な『営業部』!!
アシスタントとしてついた、桐生聡志はトップセールスで俺様な上司。
『仕事出来ないやつはクズ』ぐらいの人で、多分穂乃香のことは嫌い。
だったら、こんなお仕事、寿退社で辞めてやるっ!と応じたお見合いの席には……。
🍀2月にコミックス発売、3月に文庫本発売して頂きました。2024年3月25日~お礼のショートストーリーを連載中です。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる