夫のつとめ

藤谷 郁

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顔合わせ

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 さほど新しくないホテルだが、館内は掃除が行き届いている。従業員の立ち居振る舞いも丁寧で感じが良い。
 変に高級感を演出しないところが好ましかった。

 上階の和食レストランを予約したのは南村家だ。予約時間より早く着いたため、北城家の三人は待合いに通された。
 5分ほどすると、店員が顔を出して南村家の到着を告げる。希美は緊張し、ぎこちない動きで椅子を立った。

 店員に案内されて個室に入ると、両家は挨拶を交わした。

「はじめまして。私は壮二の父親で南村仙一と申します。このたびは私どもの地元までお運びいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、会場のご準備などお世話をおかけしました」

 希美と壮二はそれぞれ、親の後ろに控えている。目が合うと、彼はいつものように笑みを浮かべた。希美は急激に緊張が解けていくのを感じた。

(やっぱり壮二ってすごいわ。顔を見ただけで、かなりリラックスしちゃった)

 両家は席に着くと、あらたまった顔で向き合う。
 広すぎず、狭すぎることもない個室は和の趣だった。障子を開いた窓には、雲ひとつない青空が広がる。

 しばらくは気候についてなど、当たり障りのない話題で場を持たせたが、飲み物と料理が運ばれてくると、やや打ち解けた雰囲気になる。

 希美はリラックスしたためか、お腹が空いてきた。箸の動きがつい速くなるのを、麗子にこっそりたしなめられたりする。



 壮二の両親は人当たりが良く、言葉遣いや態度には苦労人らしい謙虚さがあった。
 希美は自分の親が傲慢に見えるのではないかと心配するが、意外にも利希と麗子は腰を低くして彼らに接した。それも好意的に。

 いつもなら初対面の人間には油断しない二人なのに、壮二の父母というだけで、最初から警戒心を解いているようだ。

 希美も、初めて会う人たちなのになぜか親しみを感じた。
 親子だけあって、彼らはどことなく壮二に似ている。特に母親は、地味ながらも目鼻のバランスが整い、壮二にそっくり。人好きのする笑顔も、彼女から受け継がれたものだ。

「実は私、昔からノルテフーズさんのファンでして。よその商品とは、どこか一味違うんですね。特に『ノルテの椀麺ワンメン』シリーズは、何杯食べたか分からないほどで……」

 コース料理の終わりがけに、壮二の父仙一が遠慮がちに打ち明けた。照れくさそうな口調と話の内容から、ノルテの商品への愛着が感じられる。その場限りのお世辞ではなさそうだ。

「それはそれは、ありがとうございます。南村さんにそう言っていただけると、実に嬉しいですな」

 正面からほめられ、利希もまんざらではない様子で、仙一と笑みを交わした。
 
「そのノルテフーズさんとご縁が持てるとは、夢にも思いませんでした。一介の社員である壮二を希美さんに選んでいただき、とても光栄で、もったいない気持ちでいます」

 希美は感激する。
 こちらこそ、感謝の気持ちでいっぱいだ。壮二のような理想の男を育ててくれた南村の両親は、希美にとって恩人である。

 店員がデザート皿を下げ、コーヒーをテーブルに並べた。香りの向こうから、壮二が愛しそうに見つめてくる。希美も愛情を込めて彼を見つめ返した。

「いやいや、壮二君は優秀な社員ですよ。彼が秘書課に配属されて、誰が一番喜んでいるかといえば、それは私です。彼の細やかな気遣いと、機敏な行動力は素晴らしい。壮二君ならやってくれる! 私は最初から彼の実力を見抜いて、秘書課に来てもらったというわけです」
「おお、そうなんですか。息子がお役に立っているなら、親としては安心です」

 調子のいい父に希美は呆れるが、口は出さずにおく。壮二が秘書として優秀なのは事実だし、彼のご両親に喜んでほしかった。

 その後、南村家の家業についても話した。『みなみかぜ』の経営は順調で、今も販路を広げているという。それはすごいと利希も麗子も感心した。
 ただ一つ北城家が心配したのは、壮二を婿に出すと彼らの家業を継ぐ者がいなくなることだ。
 しかしそれを言われると仙一は、

「どちらにしろ、壮二は独立独歩の男ですから。いつか自立するだろうと、覚悟しております」

 息子を見やり、妻と顔を合わせて笑った。
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