夫のつとめ

藤谷 郁

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招かれざる客

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「ん? 何だあの車は」

 利希が背伸びして、壮二の背後に視線を向けた。
 見ると、門扉を塞ぐように一台の車が止まった。派手なデザインの外国車である。

「誰だか知らんが、屋敷の正面につけるとは非常識なやつだ。見覚えのない車種だが……」
「私が見て参ります」

 後ろに控えていた武子が、門扉に向かってずんずん歩いていく。

「こんな時間に、どなたかしら」
「突然訪問するなど、ろくなやつじゃない。それにしても趣味の悪い車だ」

 希美は壮二と目を合わせた。なんとなく、嫌な予感がする。

 武子が門扉に着く前に、車のドアが開いた。門灯が照らすその人物が誰なのか分かると、麗子以外の三人が「あっ」と声を上げる。

「どうしたの? 会社関係の方?」

 麗子が尋ねるが、利希は答えず顔をしかめた。希美は予感が当たったことにがっかりしながら、代わりに返事する。

「海山商事の細野ほその専務です」
「えっ? 海山商事の細野……って、もしや」
「ええ。お母様の大学時代のご友人、細野友光さんのご子息よ」

 希美は友人という言葉を強調した。
 丸い目を見開く母を、利希がじろっと睨むのが分かったから。

(何であの人が家に来るわけ? しかも今、この時に)

 せっかくの家族団欒に、水を差された気分。
 唇を噛む希美だが、指先を包む温もりに気づいて、ハッと顔を上げる。
 壮二の穏やかな眼差しが、希美を守っている。いつの間にか、寄り添ってくれていたのだ。

「大丈夫ですよ、希美さん」
「う、うん。ありがと」

 僕がついています――
 触れ合う手のひらから熱が伝わり、希美の指先はたちまち温かくなる。

「まあ、友光君のご子息? でも、一体何の用事で……お仕事のことかしらね」
「そりゃそうだろ。他に何の用があるというんだ」

 つっけんどんな言い方に、麗子が眉根を寄せる。不穏な空気が流れるが、希美は口出しせずにおいた。下手に取りなすと、もっとややこしいことになりそうだから。壮二との結婚に、悪影響を及ぼしかねない。

 招かれざる客に、武子が門扉越しに対応した。彼女が振り向くと利希が合図を送り、仕方なく中へ通す。さすがの父も、門前払いはできないようだ。

 細野幸一は武子にご苦労というように片手を上げてから、すたすたと歩いてくる。運転手を使わず、一人で来たらしい。
 なるほど、だからあんな横柄な駐車なのだと一同納得した。

「まあ驚いた。洋風のお顔も、ひょろっとした体格も、服装のセンスまで友光君にそっくりだわ」

 幸一は今日も一流ブランドのスーツに身を包んでいる。サラサラの髪をかき上げる仕草はナルシストそのもの。腕に抱えた真っ赤な薔薇は、希美に渡すつもりだろうか。

(ということは、もしかして私に用事が……? ああ、ヤダヤダ!)

 寒気がして、壮二の手を強く握りしめた。この温もりだけが頼りである。

「ふん。父親に似て尊大な態度だ」

 利希はぶつくさ言うが、幸一が近くまで来るとちゃっかり笑顔を作る。取引先の令息に失礼があってはならないと、その辺りはそつがない。
 父親の狸っぷりに希美は呆れつつも、見習うことにした。

(しっかりしなくちゃ)

 壮二の手をそっと離す。
 心もとないけれど、温もりをもらったから大丈夫。
 幸一の顔をしっかりと見据えた。
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