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父と娘と、婚約者
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見習い秘書としての生活に、壮二は驚くほどスムーズに馴染んだ。
存在感のなさは相変わらずだが、穏やかで謙虚な性格は周囲の好感度を上げた。それに、仕事の覚えが早く、とても間に合うのだ。
どうやら彼は、営業より秘書の仕事に向いているらしい。
翌週の水曜日。
希美は壮二と夕食をともにしている。壮二おすすめの中華料理屋は隠れた名店ということで、なかなかの味だった。
「このチャーシュー、とろっとろで最高。スープもこってりとして美味しい!」
「希美さん、本当にラーメンが好きなんですね」
「あはは。最近は家系にはまってるのよ。ていうか、ラーメンはインスタントから本格中華まで、全部好きだけどね」
もちもちした太麺を味わいながら、希美はふと思い出す。壮二の両親が開発したという、中華そば用の液体調味料についてだ。
仕事に追われて、すっかり忘れていた。
「ねえ、壮二」
「はい?」
希美は少しあらたまった感じで、壮二と向き合う。調味料の話をするなら、身上調査の件も言わねばならない。
「そうだったんですか。奥様が僕について、興信所に依頼を……」
「ええ。勝手なことをしてごめんなさい。でも、母は調査結果に満足してたし、あなたのことも気に入ったみたいよ」
「それは光栄です」
身上調査などされたら気分が悪いだろう。
しかし壮二はあるていど予測済みのようで、不快な顔もせず、かえって明るい反応だった。
「それでね、ちょっと訊きたいんだけど」
希美はテーブルに身を乗り出し、調味料について質問した。
「ああ、中華スープですか」
「そうそう。どんな味がするの?」
壮二は顎に手をあて、思い出す仕草をする。
「そうですねえ。調味料の主な材料は鶏ガラ、ニンニク、ごま油、昆布にカツオ、醤油など……あと、ナンプラーを合わせています」
「へえ、いろいろ入ってるんだ」
材料を聞くだけで美味しそう。ワクワクしていると、壮二の注文した水餃子が運ばれてくる。
「魚介の味が濃い、いわゆるだし入り調味料ですね。香ばしくというか、食欲をそそるよう工夫しましたから」
「……えっ?」
つるつるした水餃子を器用に食べる壮二に、希美が疑問を向ける。
「工夫した……って、壮二が?」
「えっ? いえいえ、まさか。僕じゃありません、親父です」
なんだ、聞き間違いか。一瞬焦ったように見えたが、希美はさして気に留めず、運ばれて来た大盛りチャーハンに意識を移す。
「これも美味しそう~。ほら、壮二も食べて」
チャーハンを取り分けると、壮二は少し恥ずかしそうに受け取った。
「僕も早く、奥様にご挨拶に伺いたいです。希美さんのことも、実家の両親に紹介させてください」
「ありがとう。その辺り、どんどん詰めていきましょうね」
壮二の実家を訪れたら、香ばしい調味料で作った"中華そば"をぜひ食べてみたい。でも、そんなことをしたら大食いがばれちゃうわね……と、希美は冗談めかした。
「大丈夫です。父も母も喜びますよ。それに、希美さんはたくさん食べる女性だと、もう話してありますし」
「……へっ?」
希美は驚き、にこにこと笑う壮二を見返す。
「私のこと、ご両親に話してあるの!?」
「はい」
「ええっ、ど、どんなふうに?」
おしとやかとはいえないアプローチを、まさか、ありのまま話したのでは――
しかし壮二は、照れた感じで答えた。
「希美さんは僕の憧れ。そして、大好きな女性だと伝えました。そして、僕に負けないくらいたくさん食べる人。それだけでもう両親は喜んで、すべて分かってくれたみたいです」
存在感のなさは相変わらずだが、穏やかで謙虚な性格は周囲の好感度を上げた。それに、仕事の覚えが早く、とても間に合うのだ。
どうやら彼は、営業より秘書の仕事に向いているらしい。
翌週の水曜日。
希美は壮二と夕食をともにしている。壮二おすすめの中華料理屋は隠れた名店ということで、なかなかの味だった。
「このチャーシュー、とろっとろで最高。スープもこってりとして美味しい!」
「希美さん、本当にラーメンが好きなんですね」
「あはは。最近は家系にはまってるのよ。ていうか、ラーメンはインスタントから本格中華まで、全部好きだけどね」
もちもちした太麺を味わいながら、希美はふと思い出す。壮二の両親が開発したという、中華そば用の液体調味料についてだ。
仕事に追われて、すっかり忘れていた。
「ねえ、壮二」
「はい?」
希美は少しあらたまった感じで、壮二と向き合う。調味料の話をするなら、身上調査の件も言わねばならない。
「そうだったんですか。奥様が僕について、興信所に依頼を……」
「ええ。勝手なことをしてごめんなさい。でも、母は調査結果に満足してたし、あなたのことも気に入ったみたいよ」
「それは光栄です」
身上調査などされたら気分が悪いだろう。
しかし壮二はあるていど予測済みのようで、不快な顔もせず、かえって明るい反応だった。
「それでね、ちょっと訊きたいんだけど」
希美はテーブルに身を乗り出し、調味料について質問した。
「ああ、中華スープですか」
「そうそう。どんな味がするの?」
壮二は顎に手をあて、思い出す仕草をする。
「そうですねえ。調味料の主な材料は鶏ガラ、ニンニク、ごま油、昆布にカツオ、醤油など……あと、ナンプラーを合わせています」
「へえ、いろいろ入ってるんだ」
材料を聞くだけで美味しそう。ワクワクしていると、壮二の注文した水餃子が運ばれてくる。
「魚介の味が濃い、いわゆるだし入り調味料ですね。香ばしくというか、食欲をそそるよう工夫しましたから」
「……えっ?」
つるつるした水餃子を器用に食べる壮二に、希美が疑問を向ける。
「工夫した……って、壮二が?」
「えっ? いえいえ、まさか。僕じゃありません、親父です」
なんだ、聞き間違いか。一瞬焦ったように見えたが、希美はさして気に留めず、運ばれて来た大盛りチャーハンに意識を移す。
「これも美味しそう~。ほら、壮二も食べて」
チャーハンを取り分けると、壮二は少し恥ずかしそうに受け取った。
「僕も早く、奥様にご挨拶に伺いたいです。希美さんのことも、実家の両親に紹介させてください」
「ありがとう。その辺り、どんどん詰めていきましょうね」
壮二の実家を訪れたら、香ばしい調味料で作った"中華そば"をぜひ食べてみたい。でも、そんなことをしたら大食いがばれちゃうわね……と、希美は冗談めかした。
「大丈夫です。父も母も喜びますよ。それに、希美さんはたくさん食べる女性だと、もう話してありますし」
「……へっ?」
希美は驚き、にこにこと笑う壮二を見返す。
「私のこと、ご両親に話してあるの!?」
「はい」
「ええっ、ど、どんなふうに?」
おしとやかとはいえないアプローチを、まさか、ありのまま話したのでは――
しかし壮二は、照れた感じで答えた。
「希美さんは僕の憧れ。そして、大好きな女性だと伝えました。そして、僕に負けないくらいたくさん食べる人。それだけでもう両親は喜んで、すべて分かってくれたみたいです」
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