夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
77 / 179
みなみかぜ

2

しおりを挟む
(中華そばに使う液体調味料か……どんな味なんだろ)

 口コミで評判になるくらいだから、美味しいに違いない。ラーメンは希美の大好物。味を想像して、よだれが出そうになる。
 それにしても、食品を扱う商売なのだから『みなみかぜ』はノルテフーズと同業者。いや、それよりも……と、希美は他の企業を思い浮かべた。

 株式会社グラットン――

 エスニック調味料を中心に売上を伸ばす会社だ。どちらかといえば『みなみかぜ』は『グラットン』に業種が近い。

(何だか不思議。社長の名前といい、壮二とグラットンは縁があるのかしら)

 両親の店は現在も営業を続けている。もちろん借金は完済し、壮二の奨学金も一括返済したと報告書はまとめている。

「壮二さんは、とにかく真面目な人ね。友人関係も調べてもらったけど特に問題ないし、何より女性関係が真っ白なのが素敵。大学時代は遊んでる暇なんてなかったんでしょうね。誰かと違って」

 麗子は皮肉っぽく言うが、その『誰か』はここにいない。夫の利希は朝からゴルフの練習場に出かけて留守だった。

「私、壮二さんを気に入ったわ。こうなったら一日でも早く会いたいわねえ。それに、彼のご両親にも、ぜひご挨拶がしたいわ」
「そ、そうね、お母様」

 正直、ここまで母が気に入るとは思わなかった。真面目で、しかも浮気しそうにない男は、それだけで好感度抜群なのだ。

「でもお母様、期待しすぎないでね。壮二は本当に平凡な男だから。外見もスペックも普通だし、実際に会ってがっかりなんてことにならないように……」
「あら、そんなこと分かってるわよ」

 麗子はホホホと笑う。

「普通だからいいのよ。あと、この間ちらっと見たけど、それなりにいいお顔してるわよ、壮二さん。服装をきちんとすれば雰囲気が変わるタイプね。優しそうで、可愛くて、理想的な息子だわ」

(か、可愛いって……というか、もう息子扱いしてる!?)

 もしかしたら母は、娘婿ではなく息子として壮二を観察したのかも。どちらにしろ、これは相当気に入っている。希美は安心して、報告書を封筒に戻した。

「ねえ、希美。結婚のお話、早く進めましょうよ。お父さんも今のところ賛成してるみたいだし、気が変わらないうちに、ね?」
「ん、分かった。その辺りは壮二と相談しておく」

 秘書課に異動したての彼をせっつきたくないが、確かに早く進めるべきだ。利希の気の変わりやすさを、希美もよく分かっている。

 話を終えたところで、ノックの音がした。

「お嬢様。そろそろお出かけのお時間です」

 ドアを開けたのは家政婦の武子。希美の予定は彼女に知らせてあった。

「ああ、もうこんな時間。お母様、エステに行ってきますね」
「ええ、どうぞごゆっくり。壮二さんのために、もっともっと、きれいにおなりなさい」

 ご機嫌な母親を見て、武子が嬉しそうに微笑む。
 彼女は希美を玄関まで送ってくれた。



「お母様ったら、壮二を気に入ったみたい」
「それは素晴らしい。奥様も旦那様も、南村さんとのご結婚に賛成ということでございますね」

 空は明るく、庭の新緑がきらきらと輝いている。世界は希美の味方だった。今ならどんな願いでも叶えられそうな気がする。

「今日は陽射しが強いですよ。お車にされては?」
「大丈夫、日傘があるもの。それに、私は運転下手だし、電車のほうが早いから」
「さようでございますか。では、気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ありがとう、武子さん」

 
 希美はバス停へと歩きながら、先ほどの報告書を反芻した。予想どおりの内容だが、壮二の両親と商売に関しては興味を引かれた。

「『みなみかぜ』……か。それにしても、評判の中華スープが気になるわね。どんな味なのか、壮二に会ったら聞いてみようっと」

 壮二の顔を思い浮かべ、楽しい気分になる。鼻歌を歌いながら、明るい未来へと進んだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

処理中です...