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親公認の二人
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食事会の後、細野親子は東京へと帰っていった。
希美たちは彼らをにこやかに見送ったあとロビーに戻り、真顔で椅子に座る。何とも言えない空気が、三人の間に漂っていた。
「あのう、お父様」
口を切ったのは希美だった。壮二はその隣で、希美のビジネスバッグを膝に抱え、行儀よくしている。
「なんだ」
「先ほど仰ったこと、本気ですよね? 大事な取引先である海山商事の社長に、まさか嘘など言えませんものね」
「うっ」
利希は苦々しい顔になるが、否定はしない。希美は壮二と目を合わせ、にこりとする。
「嬉しいわ。壮二を私のフィアンセと認めてくださったのね」
「……まったく。どんな巡り合わせだ、これは」
利希がじろりと睨むが、希美も壮二も顔をほころばせ、ニコニコしている。完全に父親の負けだった。
「あれは、見合いの提案を蹴るための口実だ。あいつらと親類になぞなってたまるか。希美を嫁にして、会社ごと乗っとる気だぞ」
利希は苛立っている。取引先の人間に感情的になるなど、珍しいことだ。
「向こうは半信半疑だったがな。おい、南村」
「はいっ、社長」
壮二がシャキッと背を伸ばす。喜びながらも緊張していると、希美には分かった。
「お前を全面的に認めたわけじゃない。しかし、なりゆきとはいえ希美の婚約者として取引先に紹介したのだ。簡単に翻すことはできん」
利希の視線は厳しいが、壮二は怯んでいない。希美はハラハラしながらも、そんな彼を頼もしく感じた。
天然ゆえの鈍感――いや、違う。
壮二の姿は堂々として、何か、一皮剥けたような逞しさがあった。
「後継者の婿として、相応しい男になってもらうぞ。それには社長の仕事を知ることだ。お前、明日から俺の秘書になれ」
希美はもう驚かない。これまでの利希のやり方から、予想のつく話だった。壮二も動揺することなくその命令を受けた。
「秘書見習いと紹介したのも、冗談では済まなくなったからな。ったく、お前といい細野社長といい、何でこんなことに……」
利希はぶつぶつ言った。自分の思惑とまったく別の方向へ話が展開し、面白くないのだろう。
「大丈夫、壮二なら何とかなるって。私も付いてるし、一つ一つ、順番に覚えていけばいいわ」
「ええ、希美さん」
秘書の仕事は簡単ではないが、希美は全力で彼をサポートする。結婚のためなら労力を惜しまない。
「やるからには徹底的に努力してもらうぞ。ただで俺の息子になれると思ったら大間違いだからな」
(俺の息子って……)
ちょっと気が早いんじゃないのと、希美は可笑しくなるがここは黙っておく。せっかくいい流れがきてるのだから、逆らわずどんどん進めばいい。
「分かりました。しかし社長」
「あん? 文句は受け付けんぞ」
思いがけず壮二が口を挿んだ。一体何を言う気だろう。この流れを断ち切らないでと、希美は視線で忠告するけれど、彼は穏やかに言葉を続ける。
「明日と言うのは少し急ですね。担当の営業先に、引き継ぎの挨拶に伺いたいので、一週間ほど猶予をいただけませんか」
流れに乗るべきこの状況で、えらく冷静なことを。希美は思わず、利希と顔を見合わせる。
成績が振るわないとはいえ、壮二もノルテフーズの営業マン。仕事に責任を持ち、取り組んでいるのだ。
「ま、それもそうだな。ただし一週間だぞ。それ以上時間をかけるなと、俺から堀田課長に言っておく。あいつなら、さっさと段取りをつけてくれるだろう」
「ありがとうございます!」
希美たちは彼らをにこやかに見送ったあとロビーに戻り、真顔で椅子に座る。何とも言えない空気が、三人の間に漂っていた。
「あのう、お父様」
口を切ったのは希美だった。壮二はその隣で、希美のビジネスバッグを膝に抱え、行儀よくしている。
「なんだ」
「先ほど仰ったこと、本気ですよね? 大事な取引先である海山商事の社長に、まさか嘘など言えませんものね」
「うっ」
利希は苦々しい顔になるが、否定はしない。希美は壮二と目を合わせ、にこりとする。
「嬉しいわ。壮二を私のフィアンセと認めてくださったのね」
「……まったく。どんな巡り合わせだ、これは」
利希がじろりと睨むが、希美も壮二も顔をほころばせ、ニコニコしている。完全に父親の負けだった。
「あれは、見合いの提案を蹴るための口実だ。あいつらと親類になぞなってたまるか。希美を嫁にして、会社ごと乗っとる気だぞ」
利希は苛立っている。取引先の人間に感情的になるなど、珍しいことだ。
「向こうは半信半疑だったがな。おい、南村」
「はいっ、社長」
壮二がシャキッと背を伸ばす。喜びながらも緊張していると、希美には分かった。
「お前を全面的に認めたわけじゃない。しかし、なりゆきとはいえ希美の婚約者として取引先に紹介したのだ。簡単に翻すことはできん」
利希の視線は厳しいが、壮二は怯んでいない。希美はハラハラしながらも、そんな彼を頼もしく感じた。
天然ゆえの鈍感――いや、違う。
壮二の姿は堂々として、何か、一皮剥けたような逞しさがあった。
「後継者の婿として、相応しい男になってもらうぞ。それには社長の仕事を知ることだ。お前、明日から俺の秘書になれ」
希美はもう驚かない。これまでの利希のやり方から、予想のつく話だった。壮二も動揺することなくその命令を受けた。
「秘書見習いと紹介したのも、冗談では済まなくなったからな。ったく、お前といい細野社長といい、何でこんなことに……」
利希はぶつぶつ言った。自分の思惑とまったく別の方向へ話が展開し、面白くないのだろう。
「大丈夫、壮二なら何とかなるって。私も付いてるし、一つ一つ、順番に覚えていけばいいわ」
「ええ、希美さん」
秘書の仕事は簡単ではないが、希美は全力で彼をサポートする。結婚のためなら労力を惜しまない。
「やるからには徹底的に努力してもらうぞ。ただで俺の息子になれると思ったら大間違いだからな」
(俺の息子って……)
ちょっと気が早いんじゃないのと、希美は可笑しくなるがここは黙っておく。せっかくいい流れがきてるのだから、逆らわずどんどん進めばいい。
「分かりました。しかし社長」
「あん? 文句は受け付けんぞ」
思いがけず壮二が口を挿んだ。一体何を言う気だろう。この流れを断ち切らないでと、希美は視線で忠告するけれど、彼は穏やかに言葉を続ける。
「明日と言うのは少し急ですね。担当の営業先に、引き継ぎの挨拶に伺いたいので、一週間ほど猶予をいただけませんか」
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成績が振るわないとはいえ、壮二もノルテフーズの営業マン。仕事に責任を持ち、取り組んでいるのだ。
「ま、それもそうだな。ただし一週間だぞ。それ以上時間をかけるなと、俺から堀田課長に言っておく。あいつなら、さっさと段取りをつけてくれるだろう」
「ありがとうございます!」
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