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御曹司(その1)
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御殿場インターを降りたのは午前11時22分。車の流れが順調だったので、予定より早く通過することができた。
「ええ、あと7分ほどで着きます。よろしくお願いしますね」
希美は臼井秘書に到着の予告をすると、スマートフォンをポケットに仕舞った。
「スムーズに来ましたね。間に合ってよかったです」
「そうね」
とりあえず遅刻は免れた。希美は壮二に頷くと、ラジオをAMに切り替えてボリュームを上げる。毎週日曜日に放送される、
《旬の食材で美味しいごはん――目指せ、家庭料理の巨匠!》
という番組が始まる時間だ。
「忘れるところだったわ。面白いのよねー、この番組」
「あ、僕も知ってます!」
営業成績はいまひとつでも、壮二は食品会社の社員である。新製品の情報番組として、チェックしているようだ。
「話題の調味料を使った、旬のレシピを紹介するのよ。聞いてるだけで、お腹が空いてきちゃう」
気に入ったメニューがあれば番組のサイトにアクセスし、掲載されたレシピを武子に見せている。たとえ加工品の味付けであっても、料理下手な希美が作るより、彼女が調理したほうが百倍美味しいのだ。
《全国の家庭料理人および食いしん坊の皆様、こんにちは! 今日ご紹介するのは、株式会社グラットンの新製品『南国ナンプラー』です。グラットンといえば、大ヒット商品『たちまちエスニックシリーズ』で有名ですが、今回の『南国ナンプラー』も品切れ店続出の大人気となっております。エスニックな風味がたまらない。タイ風料理をご家庭で味わうための、特別レシピをお送りいたします。素晴らしいゲスト様も登場しますよ~。お楽しみに!》
交差点に入るためか、壮二がふいに車のスピードを緩めた。信号が黄色に変わり、ゆっくりと停止する。林に囲まれた道路は車も少なく、エンジン音が聞こえてきそうに静かだ。
「グラットンか。食品業界トップの大企業よね」
「……ええ。『たちまちエスニックシリーズ』が大当たりして以来、右肩上がりの業績です」
グラットンは調味料、ノルテフーズは冷凍食品が主力商品なので、まともに競合する相手ではない。だが、業績の良い食品会社は意識している。
「タイ料理かあ。いいわよね、エスニック料理は好きだわ」
「はあ」
「最近、エスニック文化が見直されて、流行になってるし。これから夏に向けて、ナンプラーを使った料理は人気が出るかもね」
「そうですね」
気のない返事が続き、希美は抗議の目を向けた。しかし壮二は信号に集中しているようで、視線に気付かず、こちらを見ようともしない。
「壮二、聞いてる?」
「え? あ、はい」
信号が変わると、彼は左右を確認してから発進した。
「すみません、いやに長い信号だなと思って。ちょっと時間が気になったんです」
社長を待たせてはいけないと、心配しているのか。のんびりに見えて、やはり気が小さいところがあるのだ。
(情けないけど……仕方ないか)
夫となるなら、これくらいのスケールがちょうどいい。大きすぎる器は、かえって扱いづらいだろう。
ホテルが見えてくる頃、ラジオはCMを終え、アナウンサーの軽快なお喋りが流れ始めた。グラットンの『南国ナンプラー』は日本人好みに味が調えられている。夏向け料理のレシピを聞くうち、酸味と旨み、香ばしさが舌に伝わるようだった。
(あー、美味しそう。帰ったら、武子さんに作ってもらわなきゃ)
駐車場に入ると、壮二はホッとした笑顔で希美のほうを向いた。
「お疲れ様でした。それでは、行きましょうか」
一刻でも早く降りたそうにしている。
ここまで来て、なにを慌てることがあるのか。小心者の壮二に呆れつつシートベルトを外そうとすると、ラジオが早口でCM前のお知らせをした。
《次のゲストコーナーでは、なんとグラットンの代表取締役社長、南村壮太さんに登場していただきます。社長自ら……》
「……えっ?」
壮二がエンジンを切り、アナウンサーの声は途切れた。だけど、社長の名前ははっきりと聞き取れた。
「ええ、あと7分ほどで着きます。よろしくお願いしますね」
希美は臼井秘書に到着の予告をすると、スマートフォンをポケットに仕舞った。
「スムーズに来ましたね。間に合ってよかったです」
「そうね」
とりあえず遅刻は免れた。希美は壮二に頷くと、ラジオをAMに切り替えてボリュームを上げる。毎週日曜日に放送される、
《旬の食材で美味しいごはん――目指せ、家庭料理の巨匠!》
という番組が始まる時間だ。
「忘れるところだったわ。面白いのよねー、この番組」
「あ、僕も知ってます!」
営業成績はいまひとつでも、壮二は食品会社の社員である。新製品の情報番組として、チェックしているようだ。
「話題の調味料を使った、旬のレシピを紹介するのよ。聞いてるだけで、お腹が空いてきちゃう」
気に入ったメニューがあれば番組のサイトにアクセスし、掲載されたレシピを武子に見せている。たとえ加工品の味付けであっても、料理下手な希美が作るより、彼女が調理したほうが百倍美味しいのだ。
《全国の家庭料理人および食いしん坊の皆様、こんにちは! 今日ご紹介するのは、株式会社グラットンの新製品『南国ナンプラー』です。グラットンといえば、大ヒット商品『たちまちエスニックシリーズ』で有名ですが、今回の『南国ナンプラー』も品切れ店続出の大人気となっております。エスニックな風味がたまらない。タイ風料理をご家庭で味わうための、特別レシピをお送りいたします。素晴らしいゲスト様も登場しますよ~。お楽しみに!》
交差点に入るためか、壮二がふいに車のスピードを緩めた。信号が黄色に変わり、ゆっくりと停止する。林に囲まれた道路は車も少なく、エンジン音が聞こえてきそうに静かだ。
「グラットンか。食品業界トップの大企業よね」
「……ええ。『たちまちエスニックシリーズ』が大当たりして以来、右肩上がりの業績です」
グラットンは調味料、ノルテフーズは冷凍食品が主力商品なので、まともに競合する相手ではない。だが、業績の良い食品会社は意識している。
「タイ料理かあ。いいわよね、エスニック料理は好きだわ」
「はあ」
「最近、エスニック文化が見直されて、流行になってるし。これから夏に向けて、ナンプラーを使った料理は人気が出るかもね」
「そうですね」
気のない返事が続き、希美は抗議の目を向けた。しかし壮二は信号に集中しているようで、視線に気付かず、こちらを見ようともしない。
「壮二、聞いてる?」
「え? あ、はい」
信号が変わると、彼は左右を確認してから発進した。
「すみません、いやに長い信号だなと思って。ちょっと時間が気になったんです」
社長を待たせてはいけないと、心配しているのか。のんびりに見えて、やはり気が小さいところがあるのだ。
(情けないけど……仕方ないか)
夫となるなら、これくらいのスケールがちょうどいい。大きすぎる器は、かえって扱いづらいだろう。
ホテルが見えてくる頃、ラジオはCMを終え、アナウンサーの軽快なお喋りが流れ始めた。グラットンの『南国ナンプラー』は日本人好みに味が調えられている。夏向け料理のレシピを聞くうち、酸味と旨み、香ばしさが舌に伝わるようだった。
(あー、美味しそう。帰ったら、武子さんに作ってもらわなきゃ)
駐車場に入ると、壮二はホッとした笑顔で希美のほうを向いた。
「お疲れ様でした。それでは、行きましょうか」
一刻でも早く降りたそうにしている。
ここまで来て、なにを慌てることがあるのか。小心者の壮二に呆れつつシートベルトを外そうとすると、ラジオが早口でCM前のお知らせをした。
《次のゲストコーナーでは、なんとグラットンの代表取締役社長、南村壮太さんに登場していただきます。社長自ら……》
「……えっ?」
壮二がエンジンを切り、アナウンサーの声は途切れた。だけど、社長の名前ははっきりと聞き取れた。
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