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謙虚と自信
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希美はもう一度繰り返そうとしたが、壮二のはっきりした声に遮られる。
『分かりました。では、そのように準備して、お迎えに上がります』
「へ、いいの?」
『はいっ、お任せください』
頼もしすぎる返事に、希美のほうがまごついてしまう。社長と面会するというのに、ぱっとしない営業マンらしからぬ度胸だ。
「それなら、ええと……私のほうも書類を揃えなきゃだから、1時間後に来てくれる?」
『北城家前に10時10分ですね。はい、時間ピッタリに車を付けるようにします』
壮二の鼻息は荒く、ずいぶんと張り切っている。それに、どこかウキウキした気配が感じられるような?
本当に分かっているのかと、希美は不安になっきた。
「あのね、壮二。言っておくけど、静岡に行くのは仕事だし、社長に会うのも、面接のようなものなんだからね」
海千山千の社長のことだ。娘の連れてきた結婚相手を、はいそうですかと受け入れるわけがない。考えてみれば、これはまさに面接である。しかも、圧迫面接である可能性が高い。
『ああ、大丈夫です。僕、面接は得意ですから』
スマホ片手に、ずっこける。この男、やっぱりよく分かっていないのだ。
しかし、くどくど言って聞かせる時間はない。
「あなたもノルテの社員だから知ってるだろうけど、社長……父におべっかは通用しないわ。でも、努力は認める人だから。急なことで準備もままならないだろうけど、最大限の努力はして」
煌びやかなホテルロビーで、いつものスーツにベージュのコートを羽織り、ビジネスバッグを下げていた営業マン。決してスタイリッシュとは言えない、地味な姿が目に浮かんだ。
(せめて、スーツだけでもきちんとすれば、鎧になるんだけど)
気の利いた男なら、こんな時に役立つような、とっておきのスーツを用意してあるだろう。
だが、壮二のワードローブ……いや、洋服ダンスかハンガーラック? とにかく、そんな洒落たものが吊るしてあるとは思えない。
(もっと時間があれば、私が準備を手伝うのに。これもお父様の作戦かしらね)
だが、希美はふと気が付く。用件を伝えた後、壮二は「そのように準備して、お迎えに上がります」と言った。もしや、彼なりに作戦があるのでは?
「壮二。あなたさっき準備って言ったけど、なにか考えがあるの?」
期待を込めて聞いてみた。
『えっ? もちろん、心の準備ですけど』
返ってきた言葉に、希美は再度ずっこける。
ダメだ、やっぱりコイツは南村壮二だ。
「まあ、いいわ……とにかく遅刻だけはしないでね。待ってるから」
『お任せください!』
威勢のいい声は自信に満ちて、余計に不安を煽られる。こんな時こそ、謙虚になってほしいのに。
希美は通話を切ると、頭を押さえながらスマホを置いた。
自信があるのはいいけれど、根拠がなければただの虚勢だ。
「セックスみたいに、上手くいくといいけど」
無意識に出た言葉にハッとして、独りうろたえた。
「な、なに言ってんのよ私。だから、あれはビギナーズラックで……じゃなくって、早く資料を揃えてデータを送らなきゃ。どのファイルだったかしら」
熱くなる身体をごまかすように、書棚に向かって早足で歩く。ドレッサーの前を通り過ぎようとして、ぴたりと立ち止まった。
濡れた髪をタオルで巻いた女が、鏡に映っている。
急に仕事を命じられて、準備がままならないのは女も同じだ。昨日のように、ゆっくり化粧することもできない。
「もう、あのくそ親父!」
大事なのは、今やるべきことに集中し、どんな逆風にも負けない強さを身につけること。鎧なんていらないほどの強さを。
バスローブのまま、テーブルにノートパソコンを開いて作業を開始した。
そう、やるしかない。
壮二という夫を迎える、未来のために――
すぐそこにある未来を確実に掴みとるため、希美は最大限の努力をした。
『分かりました。では、そのように準備して、お迎えに上がります』
「へ、いいの?」
『はいっ、お任せください』
頼もしすぎる返事に、希美のほうがまごついてしまう。社長と面会するというのに、ぱっとしない営業マンらしからぬ度胸だ。
「それなら、ええと……私のほうも書類を揃えなきゃだから、1時間後に来てくれる?」
『北城家前に10時10分ですね。はい、時間ピッタリに車を付けるようにします』
壮二の鼻息は荒く、ずいぶんと張り切っている。それに、どこかウキウキした気配が感じられるような?
本当に分かっているのかと、希美は不安になっきた。
「あのね、壮二。言っておくけど、静岡に行くのは仕事だし、社長に会うのも、面接のようなものなんだからね」
海千山千の社長のことだ。娘の連れてきた結婚相手を、はいそうですかと受け入れるわけがない。考えてみれば、これはまさに面接である。しかも、圧迫面接である可能性が高い。
『ああ、大丈夫です。僕、面接は得意ですから』
スマホ片手に、ずっこける。この男、やっぱりよく分かっていないのだ。
しかし、くどくど言って聞かせる時間はない。
「あなたもノルテの社員だから知ってるだろうけど、社長……父におべっかは通用しないわ。でも、努力は認める人だから。急なことで準備もままならないだろうけど、最大限の努力はして」
煌びやかなホテルロビーで、いつものスーツにベージュのコートを羽織り、ビジネスバッグを下げていた営業マン。決してスタイリッシュとは言えない、地味な姿が目に浮かんだ。
(せめて、スーツだけでもきちんとすれば、鎧になるんだけど)
気の利いた男なら、こんな時に役立つような、とっておきのスーツを用意してあるだろう。
だが、壮二のワードローブ……いや、洋服ダンスかハンガーラック? とにかく、そんな洒落たものが吊るしてあるとは思えない。
(もっと時間があれば、私が準備を手伝うのに。これもお父様の作戦かしらね)
だが、希美はふと気が付く。用件を伝えた後、壮二は「そのように準備して、お迎えに上がります」と言った。もしや、彼なりに作戦があるのでは?
「壮二。あなたさっき準備って言ったけど、なにか考えがあるの?」
期待を込めて聞いてみた。
『えっ? もちろん、心の準備ですけど』
返ってきた言葉に、希美は再度ずっこける。
ダメだ、やっぱりコイツは南村壮二だ。
「まあ、いいわ……とにかく遅刻だけはしないでね。待ってるから」
『お任せください!』
威勢のいい声は自信に満ちて、余計に不安を煽られる。こんな時こそ、謙虚になってほしいのに。
希美は通話を切ると、頭を押さえながらスマホを置いた。
自信があるのはいいけれど、根拠がなければただの虚勢だ。
「セックスみたいに、上手くいくといいけど」
無意識に出た言葉にハッとして、独りうろたえた。
「な、なに言ってんのよ私。だから、あれはビギナーズラックで……じゃなくって、早く資料を揃えてデータを送らなきゃ。どのファイルだったかしら」
熱くなる身体をごまかすように、書棚に向かって早足で歩く。ドレッサーの前を通り過ぎようとして、ぴたりと立ち止まった。
濡れた髪をタオルで巻いた女が、鏡に映っている。
急に仕事を命じられて、準備がままならないのは女も同じだ。昨日のように、ゆっくり化粧することもできない。
「もう、あのくそ親父!」
大事なのは、今やるべきことに集中し、どんな逆風にも負けない強さを身につけること。鎧なんていらないほどの強さを。
バスローブのまま、テーブルにノートパソコンを開いて作業を開始した。
そう、やるしかない。
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