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オレ色に染めてやる
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武子には住まいをともにするパートナーがいる。二つ年上の男性で、ハリウッドのアクションスターのような美丈夫だ。
北城家のターミネーターと呼ばれる武子だが、若い頃はゴージャスな美人だったらしい。
彼女曰く、自由に恋愛を楽むため独身主義を貫いていたのだが、あまりにしつこく言い寄ってくるので30半ばで同居を決意したとのこと。彼が自分より大柄で、腕の立つ男であったのが決め手だそうだ。
彼女らしいパートナーの選び方である。
「そうなんだ。引越しのお仕事も、今の時期は大変ね」
『ええ、やりがいはあるそうですが……ところで、緊急事態とは穏やかではありませんね』
武子のあらたまった声に、希美はこくりと頷く。
「思ってもみない事実が浮上して、困ってるの。今、レストランで食事を終えて、私は化粧室にいるんだけどね」
『と言うことは、これからのことでございますね』
さすが武子、話が早い。
希美は南村とのやり取りを手短に、しかし余すところなく彼女に語った。
『なるほど、それはそれは……サプライズでございますねえ』
武子は真面目に聞いてくれたが、返ってきたのは希美の予想と違う反応だった。言葉のチョイスも軽く、声には楽しそうな響きすらある。
「武子さん、私は真剣なんだけど?」
『そうでございましょうとも』
希美の困惑を分かってはいるようだ。だったら、なおのこと彼女の口ぶりは解せない。
「とにかく、南村壮二は女を知らない。てことは、私が手とり足とり教えて、リードしなきゃいけないって話よね?」
考えただけで、めんどくさい。
男だったら、四の五の言わずにかかってきなさいよ!
と、あいつに命令してやりたい。
『ふふ……ふふふふ……』
耳もとに武子の不気味な笑いが漏れ聞こえ、希美は眉根を寄せた。一体何が可笑しいのか?
「ちょっと、武子さん」
『ふふ、失礼いたしました。つい、いろいろと思い出してしまって』
「はい?」
希美が咎めると、彼女はもとのように真面目な調子になり、話を本筋に戻した。
『さて、よろしいですかお嬢様。私は、私が過去に得た経験をもとにお答えいたします』
「え、ええ……」
さっきの思い出し笑いは、過去の記憶からこみ上げたものだろうか。どんな経験なのかと少し不安になるが、希美はとりあえず耳を傾ける。
『私も、そういったシチュエーションに遭遇したことがございます』
「うんうん、それで?」
『童貞は、よろしゅうございますよ』
「……」
どういうこと?
希美は訊こうとしたが、その時化粧室に人が入ってきて口にするのを止めた。
(あら……)
鏡越しに目が合ったのは、レストランで遭遇したカップルの女である。イケメンエリートとのディナーは終了したらしい。
女がぷいと横を向いたので、希美も無視した。まったく、何度も何度も不愉快な女である。
『お嬢様、どうかされましたか』
「ううん、なんでもない。それより、それってどういうこと?」
童貞がよろしいだなんて、意味が分からない。隣で化粧直しを始めた女に聞こえないよう、ひそひそ声で訊ねる。
『それはですね……』
武子はもったいつけるように間を置くと、一気に言い放った。
『一から十まで、自分のいいように育てることができますよ。理想の身体に仕込んで差し上げればよいのです。特に南村さんは初心なタイプのようですから、お嬢様の言いなりになんでもすることでしょう』
「……はあ」
育てる? 理想の身体に仕込む? 言いなり?
処女好きの男じゃあるまいし……と希美は思いながら、隣の女をちらりと覗き見た。
すべすべの若い素肌に、ピンクの頬紅。唇はぽってりとして、グロスが光っている。不器用かつ丁寧に化粧直しする横顔は処女のものだ。あのイケメンエリートに、これから仕込まれるのだろうか。
(あなたの色に染まります……とか言って?)
淫靡な絵が浮かび、ぶるぶると顔を振った。
北城家のターミネーターと呼ばれる武子だが、若い頃はゴージャスな美人だったらしい。
彼女曰く、自由に恋愛を楽むため独身主義を貫いていたのだが、あまりにしつこく言い寄ってくるので30半ばで同居を決意したとのこと。彼が自分より大柄で、腕の立つ男であったのが決め手だそうだ。
彼女らしいパートナーの選び方である。
「そうなんだ。引越しのお仕事も、今の時期は大変ね」
『ええ、やりがいはあるそうですが……ところで、緊急事態とは穏やかではありませんね』
武子のあらたまった声に、希美はこくりと頷く。
「思ってもみない事実が浮上して、困ってるの。今、レストランで食事を終えて、私は化粧室にいるんだけどね」
『と言うことは、これからのことでございますね』
さすが武子、話が早い。
希美は南村とのやり取りを手短に、しかし余すところなく彼女に語った。
『なるほど、それはそれは……サプライズでございますねえ』
武子は真面目に聞いてくれたが、返ってきたのは希美の予想と違う反応だった。言葉のチョイスも軽く、声には楽しそうな響きすらある。
「武子さん、私は真剣なんだけど?」
『そうでございましょうとも』
希美の困惑を分かってはいるようだ。だったら、なおのこと彼女の口ぶりは解せない。
「とにかく、南村壮二は女を知らない。てことは、私が手とり足とり教えて、リードしなきゃいけないって話よね?」
考えただけで、めんどくさい。
男だったら、四の五の言わずにかかってきなさいよ!
と、あいつに命令してやりたい。
『ふふ……ふふふふ……』
耳もとに武子の不気味な笑いが漏れ聞こえ、希美は眉根を寄せた。一体何が可笑しいのか?
「ちょっと、武子さん」
『ふふ、失礼いたしました。つい、いろいろと思い出してしまって』
「はい?」
希美が咎めると、彼女はもとのように真面目な調子になり、話を本筋に戻した。
『さて、よろしいですかお嬢様。私は、私が過去に得た経験をもとにお答えいたします』
「え、ええ……」
さっきの思い出し笑いは、過去の記憶からこみ上げたものだろうか。どんな経験なのかと少し不安になるが、希美はとりあえず耳を傾ける。
『私も、そういったシチュエーションに遭遇したことがございます』
「うんうん、それで?」
『童貞は、よろしゅうございますよ』
「……」
どういうこと?
希美は訊こうとしたが、その時化粧室に人が入ってきて口にするのを止めた。
(あら……)
鏡越しに目が合ったのは、レストランで遭遇したカップルの女である。イケメンエリートとのディナーは終了したらしい。
女がぷいと横を向いたので、希美も無視した。まったく、何度も何度も不愉快な女である。
『お嬢様、どうかされましたか』
「ううん、なんでもない。それより、それってどういうこと?」
童貞がよろしいだなんて、意味が分からない。隣で化粧直しを始めた女に聞こえないよう、ひそひそ声で訊ねる。
『それはですね……』
武子はもったいつけるように間を置くと、一気に言い放った。
『一から十まで、自分のいいように育てることができますよ。理想の身体に仕込んで差し上げればよいのです。特に南村さんは初心なタイプのようですから、お嬢様の言いなりになんでもすることでしょう』
「……はあ」
育てる? 理想の身体に仕込む? 言いなり?
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すべすべの若い素肌に、ピンクの頬紅。唇はぽってりとして、グロスが光っている。不器用かつ丁寧に化粧直しする横顔は処女のものだ。あのイケメンエリートに、これから仕込まれるのだろうか。
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