夫のつとめ

藤谷 郁

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奮い立つ女

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 時間ぎりぎりに現れた南村壮二が、肩で息をしながら周囲を見回している。
 普段どおり紺のスーツにベージュのコートを羽織り、ビジネスバッグを下げた姿は営業マンそのもの。煌びやかなホテルロビーでは多少浮いた感じはするが、やはり目立ちはしない。
 希美を見つけると、速足で近寄ってきた。

「北城さん、すみません。お待たせしました」
「こんばんは、南村さん。よく来てくれたわね」

 駅から走って来たのだろうか、額にうっすらと汗が光っている。希美はバッグからハンカチを取り出すと、腕を伸ばした。

「そ、そんな。汚れてしまいます」
「いいのよ」

 遠慮する南村に構わず、濡れた部分に軽く押し当てる。男に対してこんな世話をするのは珍しいが、相手が年下のせいかさほど抵抗がない。
 それに、計算も働いていた。

「あなたの汗、嫌いじゃないわ」
「は、はあ」

 首の後ろに手をやり、頬を赤くさせる。
 今の台詞をどういった意味で受け取ったのか一目瞭然。素直で分かりやすい反応に、希美は手応えを感じた。

 南村は息を整えると、眩そうな眼差しでこちらを見てくる。落ち着いたところで、希美の着飾った姿に気付いたらしい。

 秘書として社長に付き添う場合、グレイか黒のスーツに身を包み、長い髪はまとめるか束ねるかしている。それでも華やかな美貌と抜群のスタイルで人の目を引いてしまう。そんな彼女が本気で、しかも南村とのデートのためにお洒落をしたのだ。

 希美は今日、仕事を終えると一旦自宅に戻り、シャワーを浴びて、鏡の前で素材の魅力を引き出す努力をした。ドレープの美しいロイヤルブルーのドレスがさり気ない色香を醸し、ほどよいボリュームで肩に揺れる髪は女らしさを演出する。アクセサリーは控えめに、化粧は華やかでも品よく。
 すべて、南村壮二のために――

(でも、この人には刺激が強すぎたかしら)

 本気モードの希美を前に、彼はそわそわし始めた。
 豊かな胸や細い腰を見てはいけないもののように、それでも目に映しては瞬きを繰り返す。眩しすぎて、いたたまれないのかもしれない。

 希美はなんだか可笑しくなるが、ここで逃げられては元も子もないので、噴き出すのを我慢した。

「仕事が忙しそうね。それとも、堀田さんに止められたとか?」

 時間ぎりぎりに現れた理由を、責めるでもなく訊ねた。南村は頷きかけるがすぐに首を振る。

「外回りから戻るのが遅くなってしまって。課長からは特に……なにも言われてません」
「ふうん」

 この人は今夜のことを誰にも話していない。と、希美は直感した。

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