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北城家のターミネーター
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自室に戻って入浴の用意をしていると、ノックの音がした。
ドアを開けると、武子が太巻き寿司とお茶のポットを載せたトレイを手に立っている。
「ありがとう、武子さん。どうぞ」
「おじゃまいたします」
招き入れる希美に会釈して、彼女はのしのしと部屋に入ってきた。テーブルにトレイを置いてから、椅子に腰掛けて希美と向き合う。
「ふうっ、ようやく自由時間だわ」
気の抜けた顔をする希美に、武子はにこりと微笑んだ。
「今日も一日、お疲れ様でございます」
彼女は顔立ちも体格も男のようにごつく、近所では北城家のターミネーターと呼ばれている。しかし、そんな彼女の前でだけ、希美は心からリラックスできるのだ。
28年前、武子を家政婦として雇ったのは母だった。
当時、別の家政婦を置いていたのだが、父との仲が疑われたため解雇した。家政婦にまで手を出しかねない夫を警戒し、男のように逞しい彼女を探し出し、連れて来たのだという。
屈強な女は父の守備範囲外で、また武子のほうも自分より貧弱な男には興味がない。北城家にぴったりの人材というわけだ。
彼女は家政婦であると同時に希美の守り役、相談相手、用心棒まで兼ねている。
「それで、実際にお会いした南村さんはいかがでしたか?」
「そうねえ、理想どおりの男だったわ。なにもかも普通で、地味で、いい奥さんになってくれそうなタイプ」
希美は湯呑みにほうじ茶を注ぐと、寿司と並べて武子にすすめた。
「ありがとうございます。そうですか、それはようございました」
武子は寿司をあっという間にたいらげると、こちらをまっすぐに見てくる。両親には話せないことを聞いてくれるのだ。
「お食事の会場というのは、もちろんホテルでございますね?」
「そうよ」
希美が肉食系女子であるのを、武子は知っている。両親も薄々気付いてはいるだろうが、彼女ほど理解していない。
これまで希美が付き合ってきた男どもはガチマッチョ。その中には、武子が紹介した男も入っている。学生時代、彼女は優れたアスリートであり、スポーツ関係の人脈を広く持っていた。
「体格のほうは、どんな感じで?」
夫になる男の体格はこのさい妥協すると希美は言うが、本当に平気なのだろうかと心配な様子。
「うーん。思ったより背が高くて、肩幅も広かったわ。でも、堀田さんの横に立ってたせいか、棒っきれに見えた」
「棒っきれ……」
武子は顎を撫でると、しばし考え込む。
「なにか、スポーツ経験がおありだといいですねえ」
「そうねえ。運動神経は鈍そうだけど、せめてお遊びていどでもね」
「体重は、お調べになりましたか?」
「ううん。そんなのは見れば大体分かるし、期待もしてないから」
南村については、家族構成と最終学歴、友人関係、恋人の有無は調査した。見た目で分かりそうな情報は省いている。趣味嗜好なども、あまり興味がない。
武子は湯呑みを置くと、時計を確かめた。そろそろ彼女も就寝の時間である。
「ともかくも、週末は頑張ってください。今週は精のつくお夜食をご用意いたします」
「ありがとう、武子さん。でも大丈夫よ。南村なんて軽~く押し倒して、モノにしちゃうから」
「さすがお嬢様、頼もしい」
男同士のように、二人は笑い合った。
「ふふふ……でも、お嬢様。例外もございますよ」
「え?」
武子は湯呑みを片付けながら、独り言のように教えた。
「スポーツマンにも極端に着痩せする人間がいます。たとえば、着る物のデザインや色を工夫すれば、痩せたように見えます。それと、顔立ちがほっそりしていると、身体まで細いように錯覚することも」
「……へえ」
「それでは、おやすみなさいませ」
武子が出て行くと、希美はバスルームに移動してシャワーを浴びた。
湯気の中に、南村壮二の痩せた頬が浮かび上がった。
ドアを開けると、武子が太巻き寿司とお茶のポットを載せたトレイを手に立っている。
「ありがとう、武子さん。どうぞ」
「おじゃまいたします」
招き入れる希美に会釈して、彼女はのしのしと部屋に入ってきた。テーブルにトレイを置いてから、椅子に腰掛けて希美と向き合う。
「ふうっ、ようやく自由時間だわ」
気の抜けた顔をする希美に、武子はにこりと微笑んだ。
「今日も一日、お疲れ様でございます」
彼女は顔立ちも体格も男のようにごつく、近所では北城家のターミネーターと呼ばれている。しかし、そんな彼女の前でだけ、希美は心からリラックスできるのだ。
28年前、武子を家政婦として雇ったのは母だった。
当時、別の家政婦を置いていたのだが、父との仲が疑われたため解雇した。家政婦にまで手を出しかねない夫を警戒し、男のように逞しい彼女を探し出し、連れて来たのだという。
屈強な女は父の守備範囲外で、また武子のほうも自分より貧弱な男には興味がない。北城家にぴったりの人材というわけだ。
彼女は家政婦であると同時に希美の守り役、相談相手、用心棒まで兼ねている。
「それで、実際にお会いした南村さんはいかがでしたか?」
「そうねえ、理想どおりの男だったわ。なにもかも普通で、地味で、いい奥さんになってくれそうなタイプ」
希美は湯呑みにほうじ茶を注ぐと、寿司と並べて武子にすすめた。
「ありがとうございます。そうですか、それはようございました」
武子は寿司をあっという間にたいらげると、こちらをまっすぐに見てくる。両親には話せないことを聞いてくれるのだ。
「お食事の会場というのは、もちろんホテルでございますね?」
「そうよ」
希美が肉食系女子であるのを、武子は知っている。両親も薄々気付いてはいるだろうが、彼女ほど理解していない。
これまで希美が付き合ってきた男どもはガチマッチョ。その中には、武子が紹介した男も入っている。学生時代、彼女は優れたアスリートであり、スポーツ関係の人脈を広く持っていた。
「体格のほうは、どんな感じで?」
夫になる男の体格はこのさい妥協すると希美は言うが、本当に平気なのだろうかと心配な様子。
「うーん。思ったより背が高くて、肩幅も広かったわ。でも、堀田さんの横に立ってたせいか、棒っきれに見えた」
「棒っきれ……」
武子は顎を撫でると、しばし考え込む。
「なにか、スポーツ経験がおありだといいですねえ」
「そうねえ。運動神経は鈍そうだけど、せめてお遊びていどでもね」
「体重は、お調べになりましたか?」
「ううん。そんなのは見れば大体分かるし、期待もしてないから」
南村については、家族構成と最終学歴、友人関係、恋人の有無は調査した。見た目で分かりそうな情報は省いている。趣味嗜好なども、あまり興味がない。
武子は湯呑みを置くと、時計を確かめた。そろそろ彼女も就寝の時間である。
「ともかくも、週末は頑張ってください。今週は精のつくお夜食をご用意いたします」
「ありがとう、武子さん。でも大丈夫よ。南村なんて軽~く押し倒して、モノにしちゃうから」
「さすがお嬢様、頼もしい」
男同士のように、二人は笑い合った。
「ふふふ……でも、お嬢様。例外もございますよ」
「え?」
武子は湯呑みを片付けながら、独り言のように教えた。
「スポーツマンにも極端に着痩せする人間がいます。たとえば、着る物のデザインや色を工夫すれば、痩せたように見えます。それと、顔立ちがほっそりしていると、身体まで細いように錯覚することも」
「……へえ」
「それでは、おやすみなさいませ」
武子が出て行くと、希美はバスルームに移動してシャワーを浴びた。
湯気の中に、南村壮二の痩せた頬が浮かび上がった。
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