Destiny

藤谷 郁

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犬山観光

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翌朝。

まだ暗いうちに目が覚めた。

暖房をつけて部屋を温め、テレビで天気予報を見ながら朝食をとる。今日は気温が低く、夜には雪が降る予報だった。


「犬山って、国宝の犬山城があるところだよね。早めに行って観光しようかしら……」


イベントが行われる『楓屋』犬山店のオープンは午前10時なのだが、今すぐにでも出かけたくてソワソワしている。ちょうどいい時間になるまで待つなんて無理だ。

かといって、開店前に現場待機するのも前のめりすぎてやばい。掛井さんへの気持ちがバレてしまう。


「よし。開店2時間後くらいに、なにげなく覗いてみよう。それまでお城見物したり、その辺を散策したりして時間を潰す」


そうと決まれば即、行動開始。朝食の後片付けをして、出かける準備に取り掛かった。




名古屋駅から電車に乗って約30分後、私は『犬山遊園』という駅に降り立った。

一つ手前の犬山駅で降りるつもりだったが、犬山城まで川沿いの道を歩くことができるとネットで知り、変更したのだ。

駅前に広い通りがあり、歩道を右に歩いていくと橋がかかっていた。


「わっ、すごい」


橋の上から景色を眺め、思わず声を上げた。広い空のもと木曽川が悠々と流れ、その上流に城が浮かんでいる。

いや、実際は山の上に建っているのだが、なぜかそんな風に見えた。あまりの清々しさに感動し、しばし見惚れてしまう。


「あの城が犬山城……あっ、そうだ。写真、写真」


スマホで何枚か撮影した。一番よく撮れたものをメールアプリで父親に送る。


「お父さんは城好きだから、喜ぶでしょ」


橋を引き返し、川沿いの道をブラブラと歩いた。桜の木が並ぶのを見て、春はさぞかし美しいだろうと想像する。

地図によると、川の向こうは岐阜県の各務原市という街だ。先ほどの犬山線を各務原線に乗り継いでいけば、岐阜駅に着く。

美樹が言うには、自然豊かな岐阜は、アウトドアレジャーが楽しいとか。彼女は地元出身の彼氏と一緒に、キャンプや温泉によく出かけるらしい。


「ドライブするのも楽しそう」


電車で出かけるのもいいが、やはり、車での行楽が私の夢だ。車を買うにはまだ貯金が足りないが、節約すれば来年の冬ぐらいにはなんとかなる。ドライブデビューは岐阜がいいかもしれない。


(もちろん、ドライブデートなんていうのも、素敵だけど)


願望のままにあれこれ想像し、ワクワクしながら道を進んだ。



歩くにつれ、犬山城がだんだん近づいてくる。このまま直進するのかと思いきや、途中で左方向に進み、小川沿いの道に入った。

10分ほど歩いたところで坂道に当たり、それを上がると一気に視界が開けた。


「わあ、広々としてる」


城山の麓に到着したようだ。

右手に鳥居が二つ並び、左手にはカフェや土産屋の建物が見える。

時計を確かめると、午前9時ちょうど。朝早い時間だが、観光客の姿が多い。観光バスが数台、通り過ぎていく。


「楓屋さんの開店までまだ余裕があるし、まずは観光しよう」


早めに来て正解だったと、嬉しくなる。だけど、写真を撮り合うカップルの横を通り過ぎる時、少しだけしゅんとなった。

私は今日、イベントに誘われたのであり、掛井さんとデートするわけではない。それなのに、こんなに早く出かけてきた。それだけでなく、服装や髪型にいつもの何倍も気を使い、メイクにも気合を入れてしまった。

掛井さんに会えても彼は仕事中だし、私はただお客さんの一人として、和菓子を買って帰るだけなのに。


「……それでもいいや。だって、掛井さんが私にチケットをくれたこと自体、すごいことだもん。たまたまだとしても、嬉しい」


気を取り直し、赤い鳥居をくぐった。ネットの観光情報によると、この神社は三光さんこう稲荷神社いなりじんじゃと言うらしい。


「カワイイ!」


隣を歩く外国人女性が、歓声を上げた。見ると、目の前に絵馬所があり、ハートの絵馬がずらりと並んでいる。


「ほんとだ、可愛い!」


三光稲荷神社は、縁結びの御利益があるそうだ。私は迷わずお参りして、絵馬も奉納した。願い事はもちろん、恋愛成就である。

絵馬所の前で記念の自撮りをして、そそくさとその場を離れた。一人で盛り上がってる自分が、なんだか恥ずかしかった。



神社を通り抜けて坂を上っていくと城の入り口が見えてきた。入場券を買って中に入ると、犬山城が目の前に現れる。


「おお、素晴らしい……」


日本最古の天守には、歴史を重ねた建物ならではの風格が漂う。

写真を何枚も撮って、父親に送った。城内を見学して天守からの眺めもメールすると、返信がきた。


《楽しそうでなにより。お父さんたちも昔、犬山までドライブしたよ。懐かしいなあ》


「え……そうなの?」


私が生まれる前だ。たぶん、両親が付き合っていた頃の話だろう。


「なんだ、そうだったんだ。さすが、城オタク」


母親はそれほど城に興味がないので、きっと、父親が企画した旅行だ。でも、犬山をドライブしたり、城下町を散策する二人を想像すると羨ましかった。

私も頑張らなくては。

どう頑張ればいいのか分からないけど、とりあえず掛井さんに会いに行くのだ。そろそろお店がオープンする時間である。

いざとなったら緊張してきた。ぎこちない足取りで出口へと向かった。
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