秋色のおくりもの

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
5 / 8

5

しおりを挟む
そして私は、透さんの言った「好きな時」を今日に決めた。

3年前の今日、私を保護するように包んでくれた上着をぎゅっと抱きしめて、柿畑の前で彼を待つ。

やがて、夕焼けに染まる景色のなか、軽トラックが農道を走ってくるのが見えた。収穫した柿を選果場に運んで、帰ってきたのだ。

車が停まり、降りてきたのは32歳の透さん。スーツではなく、紺色の作業ズボンと、上は白のTシャツ姿。

でも、ますます素敵になったと思う。

父親の代わりに責任を負っているからだろうと、今の私にはわかる。大人とは、そういうことなのだ。

「就職は決まったね?」

私のそばに歩いてきながら、彼は質問する。私がここにいるのを知っていたかのような、自然な口ぶりだった。

「はい」

まだ内定ではあるけれど、地元の農業研究センターで、春から働くことになった。

透さんが目の前に立つ。

私は3年間預かった上着を、「ありがとうございました」と礼をしてから差し出した。

彼は黙って受け取り、そのままTシャツの上に羽織った。

今日の私は、きちんと自分のジャケットを身につけているので寒くない。

私達は、正面から互いを見合う。

「よく出来ました」

明るく言い、にこっと微笑む顔はいつものとおり。だけど、私を見つめる瞳は違っていた。夕陽を映し、紅く燃えているかのように感じる。

「桃子なのに、君は柿の実そっくりだね」

唐突な発言にぽかんとする。

「柿の実、そっくり?」

透さんは口ごもり、やがて思い切ったように告げた。

「僕はいつからか、素朴な君に惹かれていた。子どもの頃は、単にかわいい近所の子だと思ってたけど、あの時から、少しずつ意識し始めたのかもしれない」

今、何を言われたのかわからず、返事もできない。

惹かれてたって、意識し始めたって、あの時って……?

「中学生になると急に大人びるんだなあと、驚いてね。僕は君に近付くこともできず、上手く会話をつなげることもできず、ついには逃げられてしまった」

私が13歳だった、思春期真っ只中での遭遇。あの日のことを言っているのだ。

「嘘です、そんな!」

思わず叫んでいた。近付くことも、上手く会話をつなげることもできなかったのは私だ。私のほうが、怯えて逃げ出したのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...