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そして私は、透さんの言った「好きな時」を今日に決めた。
3年前の今日、私を保護するように包んでくれた上着をぎゅっと抱きしめて、柿畑の前で彼を待つ。
やがて、夕焼けに染まる景色のなか、軽トラックが農道を走ってくるのが見えた。収穫した柿を選果場に運んで、帰ってきたのだ。
車が停まり、降りてきたのは32歳の透さん。スーツではなく、紺色の作業ズボンと、上は白のTシャツ姿。
でも、ますます素敵になったと思う。
父親の代わりに責任を負っているからだろうと、今の私にはわかる。大人とは、そういうことなのだ。
「就職は決まったね?」
私のそばに歩いてきながら、彼は質問する。私がここにいるのを知っていたかのような、自然な口ぶりだった。
「はい」
まだ内定ではあるけれど、地元の農業研究センターで、春から働くことになった。
透さんが目の前に立つ。
私は3年間預かった上着を、「ありがとうございました」と礼をしてから差し出した。
彼は黙って受け取り、そのままTシャツの上に羽織った。
今日の私は、きちんと自分のジャケットを身につけているので寒くない。
私達は、正面から互いを見合う。
「よく出来ました」
明るく言い、にこっと微笑む顔はいつものとおり。だけど、私を見つめる瞳は違っていた。夕陽を映し、紅く燃えているかのように感じる。
「桃子なのに、君は柿の実そっくりだね」
唐突な発言にぽかんとする。
「柿の実、そっくり?」
透さんは口ごもり、やがて思い切ったように告げた。
「僕はいつからか、素朴な君に惹かれていた。子どもの頃は、単にかわいい近所の子だと思ってたけど、あの時から、少しずつ意識し始めたのかもしれない」
今、何を言われたのかわからず、返事もできない。
惹かれてたって、意識し始めたって、あの時って……?
「中学生になると急に大人びるんだなあと、驚いてね。僕は君に近付くこともできず、上手く会話をつなげることもできず、ついには逃げられてしまった」
私が13歳だった、思春期真っ只中での遭遇。あの日のことを言っているのだ。
「嘘です、そんな!」
思わず叫んでいた。近付くことも、上手く会話をつなげることもできなかったのは私だ。私のほうが、怯えて逃げ出したのだ。
3年前の今日、私を保護するように包んでくれた上着をぎゅっと抱きしめて、柿畑の前で彼を待つ。
やがて、夕焼けに染まる景色のなか、軽トラックが農道を走ってくるのが見えた。収穫した柿を選果場に運んで、帰ってきたのだ。
車が停まり、降りてきたのは32歳の透さん。スーツではなく、紺色の作業ズボンと、上は白のTシャツ姿。
でも、ますます素敵になったと思う。
父親の代わりに責任を負っているからだろうと、今の私にはわかる。大人とは、そういうことなのだ。
「就職は決まったね?」
私のそばに歩いてきながら、彼は質問する。私がここにいるのを知っていたかのような、自然な口ぶりだった。
「はい」
まだ内定ではあるけれど、地元の農業研究センターで、春から働くことになった。
透さんが目の前に立つ。
私は3年間預かった上着を、「ありがとうございました」と礼をしてから差し出した。
彼は黙って受け取り、そのままTシャツの上に羽織った。
今日の私は、きちんと自分のジャケットを身につけているので寒くない。
私達は、正面から互いを見合う。
「よく出来ました」
明るく言い、にこっと微笑む顔はいつものとおり。だけど、私を見つめる瞳は違っていた。夕陽を映し、紅く燃えているかのように感じる。
「桃子なのに、君は柿の実そっくりだね」
唐突な発言にぽかんとする。
「柿の実、そっくり?」
透さんは口ごもり、やがて思い切ったように告げた。
「僕はいつからか、素朴な君に惹かれていた。子どもの頃は、単にかわいい近所の子だと思ってたけど、あの時から、少しずつ意識し始めたのかもしれない」
今、何を言われたのかわからず、返事もできない。
惹かれてたって、意識し始めたって、あの時って……?
「中学生になると急に大人びるんだなあと、驚いてね。僕は君に近付くこともできず、上手く会話をつなげることもできず、ついには逃げられてしまった」
私が13歳だった、思春期真っ只中での遭遇。あの日のことを言っているのだ。
「嘘です、そんな!」
思わず叫んでいた。近付くことも、上手く会話をつなげることもできなかったのは私だ。私のほうが、怯えて逃げ出したのだ。
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