秋色のおくりもの

藤谷 郁

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(もしかして、本気にしてないの?)

私はむきになり、もう一度、力をこめて言った。

『結婚して下さいっ』

『どうして?』

『え……』

透さんは、優しく問いかけた。

予期せぬことに私は言葉を詰まらせる。そんなの、訊くまでもないことなのに。

『ど、どうしてって』

『うん?』

なぜそんなことを訊くのかわからない。

でも、もう迷うことはなかった。

『好きだから』

ついに、11年目にして初めて告白できた。

ひとり感動する私だが、透さんは驚きもせず、微笑みのままそれを受け止める。そしてふいに、上着を広げて私の肩にかけたのだ。

『風邪引くよ』

ブラウス一枚の私を、彼の匂いのする上着が包んだ。暖かく、保護してくれた。

『桃子ちゃん』

『……はい』

自分を守る温もりと、落ち着き払った呼びかけに、私の勢いは急激にしぼんでいく。彼の態度は、まるで変わっていない。

私を、子ども扱いしている。残酷な笑顔に泣きそうになった。

『そうだな……』

彼はきょろきょろとして、足元に落ちている柿の実に目を留めると拾い上げ、私にぽんっと手渡した。

青くて硬いまま、木から落ちたものだった。

私はじっと見下ろし、首を傾げた。

『そんな簡単には、成熟しない。君はまだ、これくらいだ』

『えっ?』

(未熟って、いうこと?)

私はひと言もなく、赤面した。

こんなふうにいきなり想いをぶつけるなんて、大人のすることじゃない。

『桃栗三年柿八年。君は桃子だから、3年かかるかもしれないね』

『あ……』

涙ぐみそうになる私に背を向けると、透さんは立てかけておいた脚立をひょいとかつぐ。足は自宅の門へと向けていた。

『上着は預けておくから、好きな時に返してくれ』

短く言うと、すたすたと立ち去ってしまう。私は反射的に上着を脱ぎ、追いかけようとした。

『好きな時っていつですか? どうすればいいのか全然わかりません。はっきり聞かせてくださいっ』

だが彼は、そんな私を遮るように、振り向きもせず言ったのだ。

『失礼しまッス!』

閉じられた門の前で、私は立ち竦んだ。




あれから3年――

私は今、22歳。

収穫の秋、みのりの季節。いつものように透さんは柿畑で収穫作業をしている。腰を痛めたお父さんの代わりに、今年は一人で作業していると母から聞いた。

秋のはじめに彼は引っ越して来た。

京都の会社を辞めて、地元の企業に転職し、大曽根の家に戻ったのだ。

仕事を失敗してくびになったとか、こっちの企業がもともと本命だったとか、具合の悪い父親のために柿農家の後継者になると決めて、自ら退職したのだとか、近所じゅうでいろいろな噂が囁かれた。

私には、彼が戻って来たというその一点のみが、重要な事実だった。

そして、両親が次々に持ってくる見合話を彼の意思ですべて断っているということも。

私はあの告白以来、透さんと顔を合わせていない。彼が帰省したと聞くと、絶対に柿畑の前を通らないよう気をつけてきた。

未熟な青柿のまま、彼に会うわけにはいかない。ほとんど意地だった。

――失礼しまッス!

折に触れ彼の声が耳の奥にこだまして、そのたびに私は絶対に会わないと決意を固めるのだ。

そう、3年間は、絶対に会わないと。
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