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39話 翻弄される悪女②

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 渋い顔をして俯いたテオドールは数秒だけ目を閉じた。その様子からルシアンの申し出が嬉しくない内容なのだと、アマリリスは理解する。

 義理堅く、曲がったことが嫌いなテオドールにとって、それほどモンタス辺境伯は大きな存在なのだろう。アマリリスは重くなってしまった空気を変えるためにも、テオドールへ問いかけた。

「テオ兄様、聞いてもいいかしら?」
「うん、なんだ?」
「モンタス辺境伯の騎士団に入団するまでは、どう過ごしていたの?」

 アマリリスはずっと気になっていたことをテオドールに尋ねた。

「ああ、手紙にも書いていたな。実は養子に出されたというか、身ひとつで追い出されたんだ」
「えっ!」

 もしかしたら大変な状況かもしれないと思っていたが、そんなことになっているとは思わなかった。十四歳の少年をひとりで国外へ放り出すなんて、そこまでクレバリー侯爵は私たちが疎ましかったのかと愕然とする。

 そうなると、ユアンも同じような状況だったのではとアマリリスは簡単に推測できた。

「確かに養子になると聞いていたんだが、いざリオーネ王国に着いて養子先を訪ねたらそんな話は初耳だと言われてな。仕方ないから冒険者になった」
「テオ兄様が冒険者!?」
「なかなか性に合っていたが、剣の腕を見込まれてモンタス辺境伯にスカウトされたんだ」
「そうだったのですか……苦労をされていたのですね……」

 アマリリスはあの屋敷で生き抜くことだけを考えていた。もっとできることがなかったのかと、今更になって激しく後悔する。
 せめて家令のケヴィンに相談していたら、なにか情報が貰えていたかもしれない。災難が降りかかってきたら、ただ待つだけではダメだったのだ。

「何度もリリスに手紙を書いたんだけど返事がなかったから、きっと握りつぶされているのだと思っていたよ。それにフレデルト王国に入国することもできなくて、どうにもできなかったんだ」

 十四歳の少年がたったひとりで生きていくだけでも過酷だというのに、テオドールはアマリリスのことをずっと気にかけていた。冒険者という危険な仕事をこなしながら、なんとか日々を過ごして辺境伯の騎士団長まで上り詰めるなど並大抵のことではない。

「心細い思いをさせて悪かった」
「テオ兄様はなにひとつ悪くありません。でも、クレバリー侯爵家を守れなくてごめんなさい。私の力不足で、もうどうにもならなくて……」

 それでもテオドールはアマリリスを慮って、自分が悪いというのだ。
 ルシアンの心配りと兄からの優しい言葉で、鋼鉄のように固かったアマリリスの心が、真綿のように柔らかくふわふわと解きほぐされていく。

「いいんだ。リリスがこうして綺麗なドレスを着て、笑顔でいれば侯爵家なんて必要ない」
「テオ兄様……」

 アマリリスはここで、どうしてこんなに華美なドレスを着せられたのかようやく理解した。サプライズを計画していたルシアンが、兄を安心させるために手配したのだ。

(ルシアン様は本当にサイコパスなのかしら? 私の見立てが間違っていたのかもしれないわ……)

 幸せな気持ちに包まれて、アマリリスは八年ぶりに心からの笑顔になった。


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