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33話 王太子の婚約者②

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「できれば、復興支援の予算担当が希望です。困っている民のために直接的に関わる部門にやりがいを感じます」

 瞬きが三回連続し、いまだにエドガーの視線はルシアンから外れない。口角は上がっているものの目は笑っておらず作り笑いを浮かべている。

(……これは嘘ね。エドガー様は別に復興支援の予算担当になりたいわけではない。後半は本音みたいだけど、なぜここで嘘の希望を伝える必要があるのかしら?)

 ルシアンとエドガーの会話が途切れるのを待って、アマリリスは口を開いた。

「エドガー様。困っている民に直接関わるなら、他にも孤児院に寄付を担当する部門や治療院に関する部門もありますが、どうして復興支援を選ばれたのですか?」

 アマリリスの質問に一瞬だけエドガーは真顔に戻る。本当に驚いたようで、想定外の問いかけだったようで、すぐに笑みを浮かべた。

 しかし、わずかに瞳が左右に揺れて、唇を隠すように口を結んでいることから、この後の答えには自信がないようだ。

「それは、つい先日もブリジット領で災害が起きた時に、緊急時に困っている民の力になりたいと強く思ったのです」
「そうですか。ブリジット伯爵とは親しいのですか?」
「いえ、王城でお見かけしたりすれ違うことはありましたが、深くかかわることはありません」

 エドガーは膝の上で握った拳を開いて閉じた。わずかに手が震えているように見え、焦り、緊張、ストレスの反応が読み取れる。

 アマリリスは嘘をついているとわかっても、そこにどんな嘘が隠れているのかわからないため、より深く探るため追求の手を緩めない。

 このやり取りでルシアンの事務官決定がされるのだから、より厳しく問い詰めた。

「そうですか……おかしいですね。フロスト領とブリジット領は隣接していて、フロスト子爵が運営する商会へブリジット伯爵領でとれた魔鉱石を卸しているため友好関係にある。つい先日、妃教育でそう教わったのですが、教師が間違っていたのでしょうか?」
「……それはあくまで父と兄のことなのです。次男の私は縁がございません」
「そうですか、失礼いたしました」

 アマリリスが追求の手を止めると、エドガーはホッとするようにため息を吐いた。

(理由はおいおいルシアン様に調べてもらうとして、エドガー様の異動は見送りね。怪しすぎるわ)

 ルシアンの視線を感じたアマリリスは、にっこりと微笑む。これが面談を終えていいという、アマリリスのサインにしていた。

「エドガー、面談はここまでだ。結果は後日通達するから、下がっていいよ」
「はい。それでは失礼いたします」

 エドガーが退席すると、ルシアンは隣に座るアマリリスに身体を向けて頬杖をつく。

「リリスはなにか読み取ったみたいだね」
「はい。まずエドガー様の希望は、復興支援の部門ではありません。それにブリジット伯爵にかかわりがないというのは嘘の可能性が高いです。異動は見送った方がよろしいかと」
「あれだけの会話でそこまで読み取るなんて、さすがリリスだね」

 ルシアンはうっとりとした眼差しで見つめてくるから、アマリリスは居心地が悪くなった。こういう甘い雰囲気は全く縁がなかったので、どうしていいのかわからない。

「それは簡単です。人が嘘をつくときは必ずマイクロサインを出すので、それを見逃さないように注意深く見ているだけなのです」
「うん、それがそもそも難しいと思うよ。僕は特にリリス以外に興味ないから、読み取れる気がしないなあ」
「それでも、経験を積めばなんとなくわかるようになります」
「じゃあ、それまではじっくり教えてもらおうか」

 ルシアン様の紫水晶の瞳がギラリと光る。なぜか頷いてはいけない気がして、曖昧に微笑んだ。

「それとフロスト子爵とエドガー様、ブリジット伯爵も以前嘘をついて支援金の申請をしていたので、調査された方がよいと思います」
「わかった。それは僕が手配するよ」
「では、次の面談に進みましょう」

 そんな調子でルシアンとアマリリスは害をなす人事を避け、敵意を持つ貴族たちを炙り出していった。


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