32 / 60
32話 王太子の婚約者①
しおりを挟む
王太子ルシアンの婚約者が決まったと周知されたのは、夏の暑さも過ぎ去り秋へと季節が変わる頃だった。アマリリスが春に王城へやってきてから四カ月ほど経っている。
アマリリスが婚約者となり、妃教育も始まった。それでも本を読み漁ったおかげで教養は十分あるとみなされ、主に貴族関係や礼儀作法について学んでいる。
午前中に妃教育、お昼からルシアンと合流し腹黒教育をこなす忙しい毎日だ。
公式にアマリリスが婚約者だと発表されてから、ルシアンは場所を問わずこれでもかと愛情表現をしてくるようになった。今も執務室で休憩の時間なのだが、侍従がいるにもかかわらずアマリリスを膝の上にのせて抱きしめている。
「はあ、リリスに癒されるなあ」
「……ルシアン様、授業を再開しますのでいいかげん下ろしてください」
腕を解こうとしてもビクともしないので、アマリリスは無我の境地に至っていた。
しかし、そろそろアマリリスが精神的に限界で、少し早めに昼休憩を切り上げて腹黒教育に戻りたい。
「まだ休憩時間でしょう? ちゃんと休まないと効率が悪くなってしまうよ」
ルシアンは幸せそうに微笑んでもっともらしいことを言うが、アマリリスはこの甘さに辟易している。
(いつでもどこでもくっついてくるのは、いい加減にやめてほしいわ……! 社交界にも見事に広まって、面倒しかないのに!)
アマリリスがルシアンの寵愛を受けていることは、すでに周知の事実となっており国王も王妃も温かく見守っていた。貴族令嬢からは今でも刺々しい視線を向けられたり、こっそり嫌味を言われるがそんなことはたいした問題ではない。
本当に面倒なのは、ルシアンの懐に入りたいと擦り寄ってくる貴族たちだった。ルシアンやバックマン公爵夫人のいないタイミングを狙って、アマリリスに近づいてくる。
当然、相手はアマリリスよりも立場が上な気難しい貴族ばかりなので、角が立たないように流すのが神経を使うのだ。
「ルシアン様、休憩は終わりです。今日はこの後、面談があるので、これ以上は私のパフォーマンスが落ちます」
「それはいけないね。では続きはまた後で」
ルシアンは名残惜しそうにアマリリスの真紅の髪へキスを落とし、ようやくその腕から解放された。
(今日はこの後、ルシアン様と貴族たちの予算に関する面談があるのよね……)
アマリリスはルシアンに兄の行方を真剣に探してもらうためにも、役目をしっかり果たそうと考えている。まずはさまざまな貴族と接触して、ルシアンやフレデルト王国にとって害となる貴族たちを教えることにした。
そのことは国王をはじめルシアンにも伝えてあるので、アマリリスが判定できるだけの機会を積極的に設けてくれるのだ。
そうして午後から五人の貴族たちの面談にアマリリスも同席した。
今はすでに婚約者だと周知されているので、以前ほど明確に拒絶の態度は見られない。ただ、なぜアマリリスが面談に同席するのかと警戒している様子だ。
ひとり目はフロスト子爵家の次男、エドガー。文官として王城で勤務しており、今日は王太子の事務官へ部署異動の申請をされたので、面談することになったのだ。
「では、名前を」
「エドガー・フロストと申します。本日は面談のお時間をいただき誠にありがとうございます」
ルシアンの問いかけにエドガーは澱みなく答える。アマリリスはエドガーの挙動をジッと見つめた。
挨拶の後に唇を舐めて、膝の上で拳を作っていることからしても緊張しているのが見て取れる。瞬きが多いが、ここまでよく見られる反応だ。
「今回は僕の事務官へ異動希望を出しているけれど、理由を聞いてもいいかな?」
「はい。私は今まで財務部に在籍して経験を積んでまいりました。そこで、ルシアン殿下は事務官にも場合によっては決裁権を与えていると伺い、自分の力量を試したくなったのです」
「そう、随分やる気があるようだね」
ここでルシアンがチラリをアマリリスへ視線を向ける。
今のところ特に気になるところはないが、緊張しているという情報以外読み取れない。アマリリスはなにも反応しないでいると、ルシアンは次の質問へ移った。
「もし異動になったら、どの部門の担当をしてみたいか教えてくれ」
「は、はい」
エドガーは真っ直ぐにルシアンを見つめたまま、はっきりと希望を伝える。
アマリリスが婚約者となり、妃教育も始まった。それでも本を読み漁ったおかげで教養は十分あるとみなされ、主に貴族関係や礼儀作法について学んでいる。
午前中に妃教育、お昼からルシアンと合流し腹黒教育をこなす忙しい毎日だ。
公式にアマリリスが婚約者だと発表されてから、ルシアンは場所を問わずこれでもかと愛情表現をしてくるようになった。今も執務室で休憩の時間なのだが、侍従がいるにもかかわらずアマリリスを膝の上にのせて抱きしめている。
「はあ、リリスに癒されるなあ」
「……ルシアン様、授業を再開しますのでいいかげん下ろしてください」
腕を解こうとしてもビクともしないので、アマリリスは無我の境地に至っていた。
しかし、そろそろアマリリスが精神的に限界で、少し早めに昼休憩を切り上げて腹黒教育に戻りたい。
「まだ休憩時間でしょう? ちゃんと休まないと効率が悪くなってしまうよ」
ルシアンは幸せそうに微笑んでもっともらしいことを言うが、アマリリスはこの甘さに辟易している。
(いつでもどこでもくっついてくるのは、いい加減にやめてほしいわ……! 社交界にも見事に広まって、面倒しかないのに!)
アマリリスがルシアンの寵愛を受けていることは、すでに周知の事実となっており国王も王妃も温かく見守っていた。貴族令嬢からは今でも刺々しい視線を向けられたり、こっそり嫌味を言われるがそんなことはたいした問題ではない。
本当に面倒なのは、ルシアンの懐に入りたいと擦り寄ってくる貴族たちだった。ルシアンやバックマン公爵夫人のいないタイミングを狙って、アマリリスに近づいてくる。
当然、相手はアマリリスよりも立場が上な気難しい貴族ばかりなので、角が立たないように流すのが神経を使うのだ。
「ルシアン様、休憩は終わりです。今日はこの後、面談があるので、これ以上は私のパフォーマンスが落ちます」
「それはいけないね。では続きはまた後で」
ルシアンは名残惜しそうにアマリリスの真紅の髪へキスを落とし、ようやくその腕から解放された。
(今日はこの後、ルシアン様と貴族たちの予算に関する面談があるのよね……)
アマリリスはルシアンに兄の行方を真剣に探してもらうためにも、役目をしっかり果たそうと考えている。まずはさまざまな貴族と接触して、ルシアンやフレデルト王国にとって害となる貴族たちを教えることにした。
そのことは国王をはじめルシアンにも伝えてあるので、アマリリスが判定できるだけの機会を積極的に設けてくれるのだ。
そうして午後から五人の貴族たちの面談にアマリリスも同席した。
今はすでに婚約者だと周知されているので、以前ほど明確に拒絶の態度は見られない。ただ、なぜアマリリスが面談に同席するのかと警戒している様子だ。
ひとり目はフロスト子爵家の次男、エドガー。文官として王城で勤務しており、今日は王太子の事務官へ部署異動の申請をされたので、面談することになったのだ。
「では、名前を」
「エドガー・フロストと申します。本日は面談のお時間をいただき誠にありがとうございます」
ルシアンの問いかけにエドガーは澱みなく答える。アマリリスはエドガーの挙動をジッと見つめた。
挨拶の後に唇を舐めて、膝の上で拳を作っていることからしても緊張しているのが見て取れる。瞬きが多いが、ここまでよく見られる反応だ。
「今回は僕の事務官へ異動希望を出しているけれど、理由を聞いてもいいかな?」
「はい。私は今まで財務部に在籍して経験を積んでまいりました。そこで、ルシアン殿下は事務官にも場合によっては決裁権を与えていると伺い、自分の力量を試したくなったのです」
「そう、随分やる気があるようだね」
ここでルシアンがチラリをアマリリスへ視線を向ける。
今のところ特に気になるところはないが、緊張しているという情報以外読み取れない。アマリリスはなにも反応しないでいると、ルシアンは次の質問へ移った。
「もし異動になったら、どの部門の担当をしてみたいか教えてくれ」
「は、はい」
エドガーは真っ直ぐにルシアンを見つめたまま、はっきりと希望を伝える。
33
お気に入りに追加
3,508
あなたにおすすめの小説
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
政略結婚のハズが門前払いをされまして
紫月 由良
恋愛
伯爵令嬢のキャスリンは政略結婚のために隣国であるガスティエン王国に赴いた。しかしお相手の家に到着すると使用人から門前払いを食らわされた。母国であるレイエ王国は小国で、大人と子供くらい国力の差があるとはいえ、ガスティエン王国から請われて着たのにあんまりではないかと思う。
同行した外交官であるダルトリー侯爵は「この国で1年間だけ我慢してくれ」と言われるが……。
※小説家になろうでも公開しています。
悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている
当麻月菜
恋愛
『昔のことは許してあげる。だから、どうぞ気軽に参加してね』
そんなことが書かれたお茶会の招待状を受け取ってしまった男爵令嬢のルシータのテンションは地の底に落ちていた。
実はルシータは、不本意ながら学園生活中に悪役令嬢というレッテルを貼られてしまい、卒業後も社交界に馴染むことができず、引きこもりの生活を送っている。
ちなみに率先してルシータを悪役令嬢呼ばわりしていたのは、招待状の送り主───アスティリアだったりもする。
もちろん不参加一択と心に決めるルシータだったけれど、婚約者のレオナードは今回に限ってやたらと参加を強く勧めてきて……。
※他のサイトにも重複投稿しています。でも、こちらが先行投稿です。
※たくさんのコメントありがとうございます!でも返信が遅くなって申し訳ありません(><)全て目を通しております。ゆっくり返信していきますので、気長に待ってもらえたら嬉しかったりします。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!
榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。
理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。
そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ?
まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~
瑠美るみ子
恋愛
サリクスは王妃になるため幼少期から虐待紛いな教育をされ、過剰な躾に心を殺された少女だった。
だが彼女が十八歳になったとき、婚約者である第一王子から婚約解消を言い渡されてしまう。サリクスの代わりに妹のヘレナが結婚すると告げられた上、両親から「これからは自由に生きて欲しい」と勝手なことを言われる始末。
今までの人生はなんだったのかとサリクスは思わず自殺してしまうが、精霊達が精霊王に頼んだせいで生き返ってしまう。
好きに死ぬこともできないなんてと嘆くサリクスに、流石の精霊王も酷なことをしたと反省し、「弟子であるユーカリの様子を見にいってほしい」と彼女に仕事を与えた。
王国で有数の魔法使いであるユーカリの下で働いているうちに、サリクスは殺してきた己の心を取り戻していく。
一方で、サリクスが突然いなくなった公爵家では、両親が悲しみに暮れ、何としてでも見つけ出すとサリクスを探し始め……
*小説家になろう様にても掲載しています。*タイトル少し変えました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる