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18話 サイコパス王太子の教育係①

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 ——サイコパス王太子。

 アマリリスの中でルシアンはそう定義づけられている。ただしアマリリスはあくまでも書物を読んで身につけた知識なので、医師のように正確な診断ができるほど経験を積んでいない。

 しかも相手は王太子ということもあり、簡単に相談できる内容でもないのだ。初日の態度を思い出す限り、国王陛下もルシアンがサイコパスだとは考えていないだろうとアマリリスは予想する。

 本で読んだ対処法としては、サイコパスが執着している人間に裏切られたと思ったら途端に冷酷で残忍な敵意を向けるので、適度な距離を保つのがベストということだ。

 それゆえ先日提案された、ルシアンの婚約者になる代わりに兄たちを探してもらうというのも素直に頷けない。ルシアンの婚約者になってしまったら、きっと戻ることはできないだろう。

 それでもいいと思うほどルシアンに気持ちがあればいいが、あいにくそこまでの感情もないし、アマリリスは王太子妃になりたいと思ってもいない。貴族にすら執着がないのだから、面倒ごとはむしろ避けたいのだ。

 だからアマリリスはルシアンのことを注意深く観察し続けた。王城に来てから一カ月が経つが、今のところ特にアマリリスからはルシアンに気のある素振りは見せていない。
 このままの距離感を保ちつつ、お役目を果たしてさっさと隣国へ逃げるのが一番ではとアマリリスは考えている。

「リリス先生、今日はどんなことを教えてくれるのかな?」
「本日は趣向を変えまして、相手の反応も含めてこう考えているという考察をお教えします」
「なるほど、僕の場合はそのように教えてもらえるとわかりやすいな。さすがリリス先生だね」

 朗らかな笑みを浮かべてルシアンはアマリリスを見つめる。紫水晶の瞳にはありありと恋情が浮かび、熱のこもった視線をアマリリスに向けていた。

(いつの間にか私のことを愛称呼びしているわ……着々と距離を詰められている気がするわね)

 クレバリー侯爵家の没落といい、ルシアン様の執着といい、アマリリスがのんびりしている暇はなさそうだ。
 しかもルシアンはとても魅力的な容姿で、いつも朗らかに笑顔を浮かべ、アマリリスにだけ強烈な愛情表現をしてくる。

 これを続けられたら、うっかり気持ちが傾いてしまうかもしれない。思えば婚約破棄された日の王命がアマリリスの人生で一番理不尽だったと、ここで気が付いた。

 アマリリスは冷静に受け止めるきっかけが欲しくて、まずは事の始まりを聞いてみる。

「ひとつ質問をしてもよろしいですか?」
「ふふ、僕に興味を持ってくれたの? 嬉しいなあ。なんでも聞いて」
「……どうして私なのですか? 他にも見目麗しく貞淑なご令嬢はたくさんおりましたでしょう?」

 きょとんとしたルシアンは、ふんわりと微笑んでアマリリスとの出会いを語り始めた。



     * * *



 アマリリスに出会ったのは十年前、ルシアンが十三歳の時だった。

 すでに立太子を済ませたルシアンは、どこへ行ってもご令嬢や貴族たちに囲まれていた。それでも教えてもらった通りの反応を返して、つまらない時間を淡々と過ごした。

 生まれてからルシアンがなにかを欲しいと思ったことがない。腹が減れば食事はするが、それだって満腹になるならなんでもよかった。

 幸いふたりの姉にもかわいがられ、自分がどう振る舞えば周りが喜ぶのか理解している。そうしておけばさらにかわいがられ、ルシアンのプラスになると計算していた。

 そんなルシアンがある日、従弟のダーレンの婚約者が決まったということでお茶会に呼ばれた。その日も群がる令嬢たちに笑みを返して、ルシアンにとっては無意な時間を過ごしていたのだ。

 そんなルシアンを巡って、ご令嬢たちが争いを始めた。どちらがルシアンにふさわしいだとか意味のわかないことを言っていて、ルシアンは面倒な気持ちでいっぱいだ。

 そこに現れたのが、真紅の髪をなびかせた少女だった。琥珀色の大きな瞳は午後の太陽の光を受けてキラキラと輝いている。射貫くような真っ直ぐな視線から目を逸らせなかった。

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