上 下
8 / 60

8話 王太子の教育係になりました①

しおりを挟む
「これは王命である」

 そのひと言で、アマリリスはノーと言えなくなってしまった。

 侯爵家と縁が切れたと思ったら、今度はよりによって王族に捕まってしまうなど、なぜこんな展開になっているのか意味がわからない。

 アマリリスが絶句していると納得したと受け止めたのか、ルシアンがニコニコと朗らかな笑顔で口を開いた。

「それで教育を受けるにあたって、どうしても行動を共にする時間が増えると思うんだ。そこでいちいち呼び出していては時間の無駄になるだろうから、こちらで部屋を用意させてもらったよ」

 おそらく王城勤務者が暮らす宿舎に、部屋を用意してくれたのだとアマリリスは察した。住むところを探す手間が省けてありがたいが、国内にいると大きな問題が発生してしまう。

「ありがたい申し出ですが、伯父に断りなく出てきておりますので、一度帰らせていただきたいのですが」
「それはこちらで対処しよう。これは王命だとクレバリー侯爵にも伝えれば問題あるまい」

 王国最強のトップダウンなら、伯父とて反論できない。王太子の教育係ならエミリオも手を出すのは難しいだろう。アマリリスはようやく、この状況を受け入れる覚悟を決めた。

「……かしこまりました」
「それでは、明日になるが書類を用意するからサインを頼む。教育のスケジュールはルシアンの様子を見て決めてほしい」
「承知いたしました」

 国王はそう言うと席を立ち、部屋を後にした。わずか十分程度の謁見だったが、この後も政務が詰まっているため足早に去っていく。

「では僕が部屋まで案内します。その他にも教育係になっていただくにあたってお話がありますので」
「よろしくお願いいたします」

 ルシアンが宿舎まで来るのは気が引けたけれど、他にも話があると言われたら断れない。アマリリスは仕方なく案内をお願いすることにした。

 ふたり並んで通路を歩き、アマリリスのボストンバッグはルシアンが持っている。
 完璧なレディファーストに感心しつつ、ルシアンの高貴さと貧相なボストンバッグのギャップが申し訳なくなって、アマリリスはつい目を逸らしてしまった。

「アマリリス嬢、いや、これからはアマリリス先生かな?」
「先生はやめてください。アマリリスと呼び捨てで結構です。ルシアン殿下がこのような教育を受けられていると、周囲に悟られるのもよくありませんでしょう?」

 ルシアンはわずかに瞠目して、アマリリスの思慮深さに満面の笑みを浮かべる。

「ふふっ、わかったよ。でもやっぱり敬意を払いたいから、ふたりきりのときは先生と呼んでもいいかな?」
「それならば……よろしいと思います」

 ルシアンとのやり取りはアマリリスにとっても心地よい。使用人以外から、蔑みも嘲笑もない真っ直ぐな視線を向けられたのは、いつ以来だろうか。

(なんて素直で、王族なのに腰が低いのかしら。うっかり先生呼びを許してしまったわ……! ルシアン殿下なら、これはこれでありだと思うのだけど)

 そうこうしているうちに案内された部屋は、明らかに王城内でどうも王城勤務者の宿舎とは違うようだ。そもそも目にするのは護衛の騎士ばかりで、他の王城勤務者に会っていない。

「……ルシアン殿下、こちらは本当に私の部屋でしょうか?」
「そうだよ? もし場所がわからなくなったら騎士に聞けば案内してくれるから安心して。内装も気に入らなければ好きに変えていいよ」

 部屋に入ってみると、明らかに煌びやかな装飾の家具が並び、寝室が別にある。バスルームも完備しており、生活には困らないが部屋の様子が豪華すぎた。しかも専属のメイドまで用意されている。

「これはどういうことでしょうか? てっきり王城勤務者の宿舎を用意してくださったとばかり……」
「そうだね、それも含めて話をしようと思っていたんだ。このまま説明してもいいかな?」
「お願いします」

 ルシアンに促され、ふたり並んでソファーに腰を下ろす。ボストンバッグをメイドに預けたルシアンは、おもむろに話しはじめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

昇降口のショート・ロマンス

堀尾さよ
青春
エブリスタにも掲載中。 「言いたかった」「言えなかった」淡い淡い片思い。

あなたは愛さなくていい

cyaru
恋愛
全てを奪われた女、ファティーナ。 冤罪で裁かれ、国外追放された日から13年。 幾つかの思惑が重なり、第1王子暗殺未遂事件の主犯として裁かれたファティーナ。 ファティーナの言葉を聞き入れてくれる者は誰もいなかった。 ファティーナを嵌めたのは婚約者のアロンツォ、そして従妹のマリア。その2人とは別枠でマリアの父、アロンツォの両親も明確な意図をもってファティーナを嵌めた。 全てをつまびらかにするには証拠が足らず、第1王子はファティーナの極刑だけは回避できたが当時は力もなく出来るのはそこまでだった。 稀有な力を持つ魔導士でもあるファティーナは追放された先で誰かを妬み、恨み、憎む気持ちも13年の時間をかけて鎮め、森の中にある小さな家で魔力を込めた薬を作り倹しく生きていた。 そんなファティーナを探して1人の青年シルヴェリオが森にやって来た。 運命は静かに暮らす事は許してくれないらしい。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月2日投稿開始、完結は8月4日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

【完結】ぐうたら姫は、ただいま獣の陛下と婚約中

和島逆
恋愛
「いいからお前はとっとと嫁に行け!」 体力なし、やる気なし、根性なし。 小国の姫君リリアーナは、自他ともに認める怠け者。人呼んでお昼寝大好きな『ぐうたら姫』。 毎日怠惰に過ごしたいのに、兄王から縁談を命じられて国を出ることに。 海を越えて向かうは獣人の国ランダール。 初めて対面した婚約者は、なんと立派なたてがみと鋭い牙を持つ獅子の王だった。 他の獣人達が人族と変わらぬ見た目を持つ中で、なぜか彼だけは頑なに獣の姿を貫いていて――? 美形なのに変わり者揃いな獣人達と交流したり、伝承の存在である精霊と出会ったり。 前向き怠惰なぐうたら姫と、生真面目で恥ずかしがり屋な獣の陛下。 賑やかな仲間達に見守られ、正反対な二人が織りなす一年間の物語。

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ヒロインたちと悪役令嬢と転生王子~

陸奥 霧風
ファンタジー
仕事に疲れたサラリーマンがバスの事故で大人気乙女ゲーム『プリンセス ストーリー』の世界へ転生してしまった。しかも攻略不可能と噂されるラスボス的存在『アレク・ガルラ・フラスター王子』だった。 アレク王子はヒロインたちの前に立ちはだかることが出来るのか?

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

記憶が戻った伯爵令嬢はまだ恋を知らない(完結) レジュール・レジェンディア王国譚 承

詩海猫
恋愛
王立魔法学園の入学式を終え、春の花が舞う敷地に一歩入った途端、 「あれ……?」 目にした景色に妙な既視感を感じ目を擦ったところでぱきん、と頭の中で何かが弾け、私はその場に倒れた。 記憶が戻った伯爵令嬢セイラはヒロインのライバル認定を回避すべく、まずは殿下の婚約者候補辞退を申し出るが「なら、既成事実が先か正式な婚約が先か選べ」と迫られ押し倒されてしまうーーから始まる「乙女ゲームへの参加は避けたいけど、せっかく憧れの魔法学園に入学したんだから学園生活だって楽しみたい」悪役令嬢の物語、2022/11/3完結。 *こちらの延長線上の未来世界話にあたる「ヒロインはゲームの開始を回避したい」が一迅社より書籍化済み(続編カクヨムにて連載中)です。キオ恋の方が先に発表されてるので派生作品にはあたりません* ♛本編完結に伴い、表紙をセイラからアリスティアにヒロイン、バトンタッチの図に変更致しました。 アリスティアのキャラ・ラフはムーンライトノベルスの詩海猫活動報告のページで見られますので、良かったら見てみてください。 *アルファポリスオンリーの別作品「心の鍵は開かない」第一章完結/第二章準備中、同シリーズ「心の鍵は壊せない(R18)」完結・こちら同様、よろしくお願いします*

逆ざまぁされ要員な僕でもいつか平穏に暮らせますか?

左側
BL
陽の光を浴びて桃色に輝く柔らかな髪。鮮やかな青色の瞳で、ちょっと童顔。 それが僕。 この世界が乙女ゲームやBLゲームだったら、きっと主人公だよね。 だけど、ここは……ざまぁ系のノベルゲーム世界。それも、逆ざまぁ。 僕は断罪される側だ。 まるで物語の主人公のように振る舞って、王子を始めとした大勢の男性をたぶらかして好き放題した挙句に、最後は大逆転される……いわゆる、逆ざまぁをされる側。 途中の役割や展開は違っても、最終的に僕が立つサイドはいつも同じ。 神様、どうやったら、僕は平穏に過ごせますか?   ※  ※  ※  ※  ※  ※ ちょっと不憫系の主人公が、抵抗したり挫けたりを繰り返しながら、いつかは平穏に暮らせることを目指す物語です。 男性妊娠の描写があります。 誤字脱字等があればお知らせください。 必要なタグがあれば付け足して行きます。 総文字数が多くなったので短編→長編に変更しました。

処理中です...