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ヴェルメリオ編

23、君は僕が選んだ

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 影の中から現れたのは、浅黒い肌に赤い髪と瞳の悪魔族だった。コウモリのような翼があることから、上位悪魔だとわかる。
 完全にベリアルから分離した悪魔族は、開口一番に叫んだ。

「オレはレビヤタンだっ! お前との契約を解除する!!」

 契約のひとつに、悪魔族からの申告で契約解除できるという項目があった。レビヤタンは命令を無視して、この場から逃げるため契約解除を叫んだのだ。
 それと同時にレオンとレビヤタンの間に赤く光る契約書がポンと現れて、サラサラと灰になって消えていった。

「ハハハッ! これでお前の命令はオレには関係ないぞ!!」

「あぁ、そうだな。むしろ感謝するよ」

「何だと!? 強がるなっ!!」

「お前、ちゃんと契約書読んだのか?」

 クックックッと笑うレオンは、ベリアルにさっきと同じ赤い契約書を出してもらう。そして、一つの項目を指さした。

「ベリアル、ここ、読んでくれるか?」

「第十八項、大魔王ルシフェルは、契約している悪魔族の生命を奪えない」

「つまりは、お前は今俺と契約していないから、この項目も関係ない」


 レビヤタンは意味を理解して、一気に血の気が引いた。
 命令で、影から引きずり出されるのを避けるために、契約解除をしてしまった。
 契約が有効なら、レオンはレビヤタンをすることができなかったのだ。詳細まで読み込んでいなかったことを激しく後悔する。

 でも今更後悔しても遅い。自分の身を守れるのは、もう自分しかいないのだ。

「くそっ!」

(何でこんなことに! どこだ? どこで間違えたんだ!?)

 ヤケになって手近な陰に逃げ込んだ。レビヤタンの魔力は闇属性だが、操れるのは他人の影や心の闇だった。影と影がつながれば、別の者に移動できた。

 そうして移動を繰り返しては、心の闇を喰い尽くして、破滅へと導いていた。それがたまらなく楽しくて、ズルズルと落ちてくゆく様は、笑えて仕方なかった。
 そうしているうちに、悪魔族には警戒されて取り憑けなくなっていた。だから、わざわざヴェルメリオに攻め込む部隊に混ざって、祓魔師エクソシストに取り憑いたのだ。

 あの国で一人の弱そうな女を見つけた。取り憑いたのは良かったが、心の闇が食べ物に関することだけだった。失敗だと思ったが、一人すごくいい奴を見つけたんだ。

 しかも階級も高くて、大天使の加護を受けているらしい。どうやったらアイツに取り憑けるだろうか。オレは考えた。
 普通の状態じゃこっちの身が危ない。聖神力に満ちてる身体に取り憑いたら、オレが消されてしまう。

 弱った状態ならどうだろうか? 例えば怪我をして、意識を失った時なら?

 そして、まんまと怪我をさせて取り憑いたんだ。途中までは本当によかったよ。どんどん聖神力を削ってやって、アイツの弱い心にずっと囁きかけたんだ。

 そこまでは上手くいってたのに…………! くそっ! 何としても逃げ切ってやる!!



    ***



「いやああああ————!!」

 窓に張り付いていたグレシルが悲鳴を上げた。何事かあったのかと、ノエルは視線の先を追う。

 たしかに、僕はとんでもないものを見てしまった。
 グレシルにつられて視線を向けると、レオンとベリアルが抱き合ってキスしてたんだ。何となく目的はわかるけど、それってキスじゃなくてもいいよね?
 こっちはレオンのフォローで一歩も動けないってのにさ。

 しかもベルゼブブはもちろん、ルディたちも無言でしっかり見てるし。ベルゼブブなんてプルプル震えながら「なんてハレンチな……!」って真っ赤になってるし。あぁ、引きこもりだった子には刺激強そうだね。

「アスモデウスさま——! 寝てないで起きてくださいぃぃぃぃ! レオンさまとベリアルさまがぁぁ!!」

 グレシルが若干壊れてる。まぁ、あの子なら結構図太そうだから問題ないか。放置でいいや。

 あー、でも、なるほどね。それなら抑えるの無理かもね。僕もおなじ状況なら、一ミリも容赦できないな。
 でも、マジギレしたレオンなんて、僕でも止められないのに……あの悪魔族、詰んだね。

 さすがの僕も兄貴のキスシーンを見て、わずかに動揺していたのか、そんなことを考えていた。



「ベルゼブブさま! アスモデウスさまが、息してないです!!」

 悲鳴のような叫びに、ノエルの意識が一気に現実に戻る。レオンの大切にしている仲間が死にかけている。緊急事態だ————

 結界自体は完成してるが、もし戦闘になった場合、壊れた結界を即座に修正しなければ、城ごと壊滅してしまう。レオンの全力から、守り切れるかも紙一重なのに。

 ————ダメだ、今は手を離せない。

「ベルゼブブ! 地下牢からシュナイクを連れてきてくれ」

「何だと!? しかし彼奴あやつは……」

「アスモデウスを治療できる奴が、他にいるのか?」

 ベルゼブブもグレシルも黙り込む。ルディたちも首を横に振っていた。
 そもそも悪魔族に、他人の怪我などを回復する概念がないのだ。自分の魔力で治せるから問題ない。だけど、アスモデウスは今、それすら無理な状態だ。

「これでも僕、アルブスの総帥なんだ。任せてくれない?」

「……わかった。今連れてこよう」

「あ、それと、もし気絶してて目覚めなかったら、バケツ一杯の冷水も頼むね」

「う、うむ、バケツ一杯の冷水……? それも用意しよう」

 思い出すなぁ、アルブスの楽しい訓練。シュナイクも僕が鍛え上げたんだよね。ふふふ、これくらいなら余裕で起き上がってもらわないとね?
 黒い笑顔でシュナイクの到着を待つノエルだった。



 ドサリとシュナイクは、フカフカのカーペットの上に投げ捨てられた。仰向けに寝かされている。

「じゃぁ、グレシル、冷水を思いっきり顔からぶっかけて」

「ええ!? わ、私ですか!?」

「うん、君が適任。早く」

 命令し慣れてるノエルの指示には、逆らえない空気があった。そして、口では遠慮しつつも、まったく手加減しないグレシルはやはり適任だった。

「ごっ、ごめんなさいっっ!!」

 バシャーーッ!! っと冷水をぶっかけられ、シュナイクは本当に飛び起きて、一瞬で立ち上がる。

「ガハッ……ゴハッ……ゲフゥ……い、一番隊シュナイク・バーリエ! 準備できました!!」

 ビシッと直立不動で所属とフルネームを名乗った。
 うん、訓練のたまものだ。反射的に起きるようになるまで、特訓をつんだ甲斐があったよ。

「シュナイク」

「ゴホッ……ノ、ノエル様……?」

 今まで地下牢にいて気を失っていたのだ、まったく状況が理解できないシュナイクだった。それは仕方のないことだが、説明している時間はない。頼みたいことだけを簡潔に伝える。

「君はもう隊員ではないが、その腕を見込んで頼みたい。そこで死にかけてる悪魔族を、治療してほしい」

「……いや、私は……私にはできません……」

「君が変わってしまった元凶は完全に取り除いた。いまは問題なく聖神力がつかえるはずだ」

 言われてシュナイクは、自分の中にある聖神力に気がついた。以前は当たり前のように感じていた、あたたかく高潔な大天使サリエルの力だ。

「戻って……いる」

「そうだ! 君は副隊長だ! シュナイクならできる!!」

「っ!!」

「やるんだ! シュナイク!!」

「はっ……はい!!」

 シュナイクは初めて認められた気がした。ずっとずっと敬愛していた総帥に、こんな風に認めてもらいたかったのだ。

 いや、ノエル様は以前からこんな風に、認めてくれていたではないか。
 だけど、自分が嫉妬にかられて素直に受け取れていなかったのだ。こんなにも心に突き刺さるように入ってきたのは、初めてだった。

(ここまで言われて、できなかったなどと言えるわけがない。何がなんでもやり遂げる!!)

 シュナイクは、倒れている悪魔族の状態を確認する。全身の六割を火傷していて、生命力が極端に弱くなっているようだった。
 決して治癒魔術が得意ではないが、副隊長なら一通りの魔術はつかえるように訓練していた。

 両手をアスモデウスにかざして、サリエルの聖神力を治癒魔術に変換していく。

治癒の翼 アーラ・クラル

 シュナイクの背中から、純白の翼が広がり、優しい暖かい聖神力が降りそそぐ。火傷はどんどん治癒されていった。
 大天使サリエルの力を使えるようになったシュナイクは、その事実をかみしめる。

 ただれていた傷は、ほんのり赤みが残る程度まで回復している。程度の軽いものなら、跡すら残っていなかった。
 アスモデウスの呼吸は、すでに安定している。あとはゆっくり休んで魔力を回復させれば完治するはずだ。


「どうやら、大丈夫みたいだね」

「総帥殿、本当に感謝してもしきれない」

 ほっとベルゼブブは安堵のため息をこぼした。シュナイクにアスモデウスを私室まで運んでもらい、ベッドに寝かせてもらう。いつのまにか、大切な存在が増えてしまったと思うのだった。


「あ、ありがとうございますぅぅ」

 グレシルは安堵からか、泣きながらシュナイクにも礼をつたえていた。ノエルはシュナイクに視線をむけて、天使のような笑顔をうかべ、素直な気持ちをつたえる。

「さすがだね、シュナイク」

 ノエルのその言葉に、シュナイクは堪えきれなくなった涙を流した。
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