上 下
12 / 59
ヴェルメリオ編

12、そこ、俺のベッドなんですけど?

しおりを挟む


「こんにちは。貴方がレオン?」



 多分、今まで生きてきた中で、一番の衝撃的な瞬間だった。目の前の光景が理解できず、頭が真っ白になる。思考も身体も固まったままだ。


 何故かって、昼食を食べて部屋に戻ったら、俺の部屋のベッドで見知らぬ悪魔族がくつろいでいたのだ。


 待っている間は退屈だったのか、本まで持ち込んでいる。
 アイスブルーの艶髪をゆるく三つ編みにして、左肩から前に下ろしていた。見た目は二五歳くらいに見える。ゆったりとした黒のローブのようなものを着ていた。少し濃いめの空色の瞳はジッと俺を見つめている。

 今までの悪魔族と違っていきなり襲ってこない、怒ってない、困ってない————が、目的がまったくわからない。


「……お前は誰だ?」


 俺の張っている結界は敵意を持っていれば、必ず感知するはずだ。ということは敵ではないのか? でも、わざわざ部屋で待ってるなんて、普通じゃない。警戒を解くことはできない。

「私? 私はアスモデウス。そうねぇ……悪魔族の中ではかなり知られてるんじゃないかな?」

 つまりは、悪魔族の有名人が訪ねてきたわけだ。いや、全然知らないし、嬉しくも何ともないんだけど。

「ふふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。悪さはしないから。ただね、ちょっとお願いがあるの」

「お願い?」

「うん、ちょっと私の実験に付き合ってもらえない?」

 そういい終わると同時に、アスモデウスから黒に近い緑色の霧が拡散された。

 これは————毒霧か!?

 前に毒霧を使う悪魔族を倒したことがあった。あの時は毒を思いっきり喰らって、フィルレスに治療してもらったのだ。そういえば、周りの悪魔族も巻き添え食っていた。

 この部屋だけに結界を張らないと、ベリアルとグレシルが毒霧を喰らってしまう……!
 瞬時に聖神力を解放して一ミリも毒霧を漏らさないように、部屋の中に強めの結界を張った。

 何だコイツ! 危なすぎるわ!! いきなり毒霧ぶちかます奴と、お近づきになりたくないんだけど!?

「はぁ……いいわねぇ、黒髪にアメジストの瞳が光って美しいなぁ。しかも結界張るまでの時間がほんの一瞬なんて、やるじゃない」
 
 うっとりしながら訳のわからんことを言うな! こっちはすっっごい迷惑だ!! ……コイツ頭のネジが五、六本ぶっ飛んでるんじゃないか?

「で、この毒霧で俺を殺す気か?」

「だから言ったでしょう? 実験よ。殲滅せんめつ祓魔師エクソシストに毒霧がどれくらい効果的なのか知りたいの。だって貴方に効けば、他の人族にも効果覿面こうかてきめんでしょう?」

「ろくでもない実験だな」

「うふふ、それにね、私、貴方に興味があるの」

 いや、本当にお願いだから、興味なんて持たずにそっとしておいて欲しいんだけど……! てか、コイツいつまで人のベッドで寝っ転がってんだ!!

「俺は興味ない」

 一言だけで返して、アスモデウスをベッドから避けるべく、刀を素早く突きだした。

「あぁ、そんな冷たい態度もステキね。ベリアルとグレシルの気持ちが少しだけわかるなぁ」

 俺の突きを軽々よけて、ベッドの後ろにふわりと降り立つ。
 コイツ、今までの悪魔族より断然強い。格が違う。こんな奴がいたのか……今後のためにも灰にしておくか。
 強烈な殺気を放ち、黒い刀に紫雷をまとわせる。

「……っ! すごい殺気ね。ちょっとゾクゾクしちゃうなぁ。でも、いつまでかな?」

 部屋の中は毒霧で充満している。延々と放出されているから、かなりの濃度だ。息を止めない限り、毒も一緒に吸い込んでしまう。

「ちなみに、この毒は肌からも浸透するタイプだから。ふふふ、そろそろ効果出てきたんじゃない?」

 アスモデウスは嬉しそうに瞳を輝かせ、俺の様子をうかがってくる。だんだんと苦しくなってきて、カーペットに膝をついてしまった。



「レオン様? レオン様! 何かあったの? ちょ、この結界なんなの!? ねぇ、私じゃこれ破れないから! 開けて!!」

 その時、扉をドンドンと叩きながら、焦った様子のベリアルの声が聞こえてくる。
 クソっ、なるべく遠ざけていたかったんだけどな……殺気を感知してきたのか。

「っ! ベリアル来るな! 毒霧だ、下がってろ!!」

「毒……霧? まさ、か」

「グレシルも連れて城から出ろ! それが、今の俺の『願い』だ!!」

 扉の向こうで小さく「わかった」と呟き、ベリアルの気配が消えた。これで少しは無茶しても、あの二人に被害は及ばないはずだ。

「さすが殲滅せんめつ祓魔師エクソシストは紳士ねぇ。でも、そろそろ意識が混濁してくる頃かしら?」

 アスモデウスはニタリと笑いながら、優雅な足取りで膝をついている俺の目の前にやってくる。

 クソッ! 毒霧吸い込まないようにしてたのに、大声出したから思いっきり、肺まで入ってきた! うあぁぁ、やっちまった……!!

「ふーん、貴方すごいわねぇ。私の毒を喰らっても身体が腐らないんだ……ちょっと調べたいから腕一本いただくわ」

 そうしてゆっくりと手を伸ばしてくる。
 俺はその腕をガツッと掴んだ。そしてギリギリと力を込める。ベリアルとグレシルの気配も遠くまで行ったし、もう大丈夫だな。

「えっ……! なに!? いっ、痛っ!! きゃぁぁ!!」

 アスモデウスの腕を離し、俺は聖神力を全方向に解放する。バリンッと結界が破れたのと同時に、紫雷が四方八方に走っていった。壁や扉、窓は吹っ飛び、部屋にこもっていた毒霧はきれいに霧散してゆく。

 至近距離で聖神力を喰らったアスモデウスは、肩で息をしながら掴まれていた腕に手を添えていた。加減しなかったから、もしかしたら折れているかもしれない。
 でも、それよりも、何よりも————
 

 もう限界だ、今すぐ空気を入れ替えたい! 新鮮でキレイな空気を俺にくださいっっ!!



「————っは! ぷはぁぁぁっ! は——、ようやく息できる!!」

「なっ、なに? 毒……え? 効いて……ない?」

「お前な! 他の奴がいるのに毒霧使ったらダメだろ!!」

 アスモデウスは空色の瞳を大きく見開いて、ワナワナと唇をふるわせている。どうも俺の言葉は届いていないようだ。
 本当にコイツは迷惑すぎるうえに、人の話も聞かないのか!?

「ウソだわっ! なぜ毒霧が効いてないの!?」

「あぁ、俺に毒は効かないんだよ。前に毒喰らったからオート回復するように聖神力使ってんの」

 それ以外にも麻痺や暗闇なんかの、ひとりで戦う際に危険なデバフにもオート回復するようにしてるけど……そこまでは言わなくていいよな?

「そん、な……こと人族ができるわけ……ない」

「いやいや、他のやつは知らないけど、実際に俺ができてるから」

「たけどっ! 少しは効いているのでしょう!? さっきは膝をついていたじゃない!!」

「あれは! なるべく毒霧を吸わないように、息を止めつつ動いてたから、ちょっと酸素足りなくてクラッとしたんだよ! だってさ、毒全般キライなんだ!! あんな後味の悪いもん吸い込みたくなくて、息止めてたんだよ!!!!」

「後味!? 息……止め……?」

 毒は喰らっても即回復するのでダメージは受けないけど、後味がめちゃくちゃ悪いんだ。ビリビリするし、苦くてエグ味があって、しばらくは飯もまずくなる。

「さて、ベリアルもグレシルも避難したから、まだやる気があるなら付き合うぞ?」

 バサリと六枚の黒い翼をはためかせる。まだ口の中がおかしい……今日の晩飯までに回復するだろうか?

「後味…なんて、初めて言われた……考えたこともなかったなぁ。……ふふ」

「一回味見してみた方がいいぞ。マジでヤバいから」

「ふふっ……味見って! 毒を味見? あはははっ! あっはっはっは!! 貴方、面白いこと言うわねぇ!」

 アスモデウスは腹を抱えて笑ったあと、涙目になりながら穏やかな笑顔を向けてきた。

「…………こんなに笑ったのはいつ以来かしら。そうね、よくわかったわ。ねぇ、ひとつ提案なんだけれど」

「提案ってなんだよ?」

「私とを結んでもらえない?」

「仮契約……? そんなのあるのか?」

 アスモデウスはポンッと青白く光る仮契約書を出してきた。よく読むと契約期間が短く、悪魔族からも契約解除できる内容だった。
 仲間に毒攻撃をしないという項目を追加して、危険な項目は削除させる。あとは問題なさそうなので、仮だしサクッと契約する。


「で、対価はどうする?」

「ふふふ……レオンが私の研究に協力することでどう?」

「…………一応、なんの研究か聞いていいか?」

 ものすごく聞くのイヤだけど、聞かない方がもっと恐ろしい気がする。


「後味のいい毒の研究よ。レオンにしか頼めないしねぇ?」


 ですよね——、やっぱりそうですよね——。結局のところ、俺で実験するんじゃねぇか……せめて、飯の前だけは避けてもらおう。
 まぁ、仮だしなと自分を納得させるレオンだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

無能テイマーと追放されたが、無生物をテイムしたら擬人化した世界最強のヒロインたちに愛されてるので幸せです

青空あかな
ファンタジー
テイマーのアイトは、ある日突然パーティーを追放されてしまう。 その理由は、スライム一匹テイムできないから。 しかしリーダーたちはアイトをボコボコにした後、雇った本当の理由を告げた。 それは、単なるストレス解消のため。 置き去りにされたアイトは襲いくるモンスターを倒そうと、拾った石に渾身の魔力を込めた。 そのとき、アイトの真の力が明らかとなる。 アイトのテイム対象は、【無生物】だった。 さらに、アイトがテイムした物は女の子になることも判明する。 小石は石でできた美少女。 Sランクダンジョンはヤンデレ黒髪美少女。 伝説の聖剣はクーデレ銀髪長身美人。 アイトの周りには最強の美女たちが集まり、愛され幸せ生活が始まってしまう。 やがてアイトは、ギルドの危機を救ったり、捕らわれの冒険者たちを助けたりと、救世主や英雄と呼ばれるまでになる。 これは無能テイマーだったアイトが真の力に目覚め、最強の冒険者へと成り上がる物語である。 ※HOTランキング6位

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...